戸蔦別〜1967峰〜伏美(戸蔦別川)

出かける時は忘れずに!

   

 両脇に茂った草木が視界を遮る。走り慣れた戸蔦別林道も、エサオマントッタベツ川を過ぎると途端に心細くなる。土砂崩れで路面はボロボロ、一度入ったら出られないかもしれない。六ノ沢付近で、なんとか転回できる路肩に車を止め、戸蔦別川に入る。

 急林道の藪をかき分けていくと、やや広い八ノ沢出合だ。995三股までは、基本的に広い河原歩きだ。夏の空が眩しい。地下足袋のみのSさんは、岩が滑って難儀している。

 三股は特に広い訳ではなく、幕営に適した場所も見当たらない。仕方なく、流れから1mも離れていない岩の上にテントを張る。噂どおり、増水したら逃げ場がない。幸い、星空である。夜も鳥の声がする。

 目覚めると、少し雲は出ているが晴れのようだ。三股の真中の沢を遡る。滝が連続して現れるが、辛うじて巻ける。草のいい香りがするオヤジの糞が次々に現れる。ご本尊は、どこからこっちをうかがっているのか。叫び声をあげながら進む。

 斜面はいつしかかなり急になっている。途中まで見掛けたテープも踏み跡もない。カールらしくもない。手前の沢を右に入ったのが失敗だったか。正面の沢はほぼ枯れているが、ガレガレなので直登は危険だ。潅木が生えている右手斜面なら、なんとかなるかもしれない。

 藪漕ぎ専門のSさんを先導に、突っ込む。ナナカマドはまだしも、ハイマツ帯の中では、溺れかけのカナヅチよろしく手足をひたすら振り回すのみ。進んでいるのかも疑問だ。そのうち、ハイマツ帯の中に刈り分けを見つけ、一息入れる。左手に稜線が見える。と言う事は、ピークに直接突き上げる沢を取ったことになる。ここからの藪漕ぎは5分程度で、残りは時期の過ぎたお花畑を登る。アオノツガザクラが出迎えてくれる。足だけで進めるのが、どんなに楽なことか。

 5時間弱かかって、戸蔦別ピークへ。空は薄曇りで、時折ガスの切れ間から七つ沼と幌尻が姿を見せるが、神威・エサオマン方面は見えず。一息入れて、1967向けて稜線漫歩だ。

 1881から北戸蔦へは、カール上縁を辿る。アキノキリンソウ・エゾウサギギクが夏の終わりを彩っている。北戸蔦の登りで、相当足に来ていることを自覚する。その先の踏み跡は明瞭で、ハイマツもうるさくない。残念ながらガスで展望がなくなってしまう。

 風のない1856で大の字になって昼寝。ここでの幕営も考えるが、やはり1967までは行っておきたい。渋々立ち上がる。1904までは、日高の稜線には珍しく平坦で、巨岩の上を伝って歩く。1967のすぐ手前にテントを張る。天気は下り坂、山岳展望しながらの贅沢な昼寝は実現しなかった。夕方の空は鉛色だ。

 夜半から、風雨が強まる。停滞の選択肢もあるが、尾根伝いでもあるし、戸蔦別川に置いた車も心配だ。思い切って撤収し、伏見を目指す。

 1967から尾根は90度東に折れるが、ガスのため初め真っ直ぐ北(1857)へ向かう不明瞭な踏み跡に迷い込みそうになる。視界不良時には注意が必要だ。1793への下りの右手には、風雨に揺れるお花畑。そんな感傷にひたる余裕も、ピパイロ分岐への登りでは吹き飛ぶ。横殴りの雨で、顔が痛い。突風が容赦なく吹き付けるが、バランスは崩せない。こんな天気だが、進むべき稜線は見える。ルートが尾根からわずかでも南に逸れると、途端に呼吸が楽になる。

 分岐がどこだったのかわからないまま。ピパイロの頂きに立つ。体が冷える前に、と早々に歩き出す。伏美への道は明瞭そのものだ。樹林帯の中なので風の恐怖は去る。淡々と白い世界を上り下りし、東西に広い伏美岳に到着。後は、小屋への尾根を下るだけだ。

 が、これでは終わらない。登山口の鐘を喜んで衝いている私に、Sさんが「ちょっと待てよ?」と一声。なんと、戸蔦別川の車中に、目の前にある車のキーを置いてきたのだ!伏美小屋からの林道は歩く定めなのか、これで二回目だ。最終人家まで歩くこと3時間以上、最終的に二台の車を回収し終えたのは8時間後のことだった。 ('00/8/24〜26)

写真上:一級国道(1856・1967を望む) 下:不機嫌な幌尻(奥)

  • コースタイム: 
    六ノ沢14:00−17:00995三股
    995三股5:30−9:45戸蔦別岳10:20−11:30北戸蔦別11:50−12:35185612:50−14:051967峰
    1967峰5:50−7:10ピパイロ7:20−9:45伏美岳10:00−11:55伏美登山口

  • 印象: 
    戸蔦別川はやや暗いか。
    この区間の縦走は、日高にしては歩きやすい。
    但し、ピパイロ・北戸蔦間はしっかり読図ができないと迷う可能性あり。    

  • トイレ: 戸蔦別ヒュッテが最終だが、かなり手前。伏美側は伏美避難小屋にあり。