尾室、本当に裏切ってるし

 なんだかこうなると、G3は誰でも着れそうな気がしてきます。それともあれ……マイルド? もうG3の デザインなんて忘れてしまったんで、区別つきません……。
 にしても、翔一くんが変身解いた瞬間に弾丸撃ちまくれば簡単に殺せた気が(笑)
 ……て、ああ成る程、現行法上では、アギトは人間なので警察が殺すと犯罪になってしまうわけ ですね。なんだか妙にシビアなお話だ。
 さて、前項でも少し触れましたが、一応最後に来て、小沢さんvs北條さんを、単純に“いい人・悪い人” にせずにあくまでも「信念の違い」としてまとめたのは評価したいです。一時期、北條さんが本当に単なる 悪くて間抜けな人になりかけていた頃があったので、良かったなぁ……と。
 論旨としてはやっぱり、「アギトは人間の可能性」と言い切れてしまう小沢 さんの方がおかしいんですが、北條さんも北條さんで「人類全体の意志を代表」 と言ってしまう辺り、やはりどっちもどっちと言った所でしょうか。
 結局、似たもの同士、を描きたかったのかなぁ……。
  「可能性」「恐れ」の同居、というのは何に でも言える事ではあるのですが、異形のヒーローである“仮面ライダー”というモチーフ を使ったからこそより鮮烈に浮かび出てくるテーマではあります。
 つまりここが、『アギト』が仮面ライダーであった理由かな、と。
 んでもってこの辺りは、後述する翔一くんのパートでまとめられるわけですが……井上敏樹らしいテーマ にきちんと収まった感じで。まあ良いかな、と。
 尾室にすら思わず自分の正当性を力説してしまう北條さん、の図は良かったですね。微妙に追いつめられ 気味で。そうなると、白河さんの悟りっぷりがちょっと異常に見えたりもします が(笑) 北條さん、どうせ「悟る」なら、あれぐらい悟らないと駄目という事で。


 さて、今回は最終回間近という事で、最近のキャラクター的流れを見つつ、メインキャラ3人を中心にした 書き方にしたいと思います。

★寂しんぼ葦原涼の場合
 ここでは重ねて指摘してきましたが、ある時点で、テーマ的に見切れてしまった感のある涼。……まあ、 前半から中盤を引っ張ったキャラクターが後半で目立たなくなるというのは流れといえば流れなのですが、 構成的には結局問題を生んでしまったかもしれません。
 “アギトになってしまった男”という煩悶から、翔一くんとの対話・木野さんとの接触の中でするりと 抜け出してしまった後に、何となくからっぽになってしまったというか。まあその“空っぽ”感は本編でも 何となく描かれてはいるんですが……いっけん三極で描かれているようなこの最終局面においても、実際は 翔一くんと比べると完全におまけ扱いですし……最終回で、“戦う理由”を取り戻す事が出来るのか?  不安と共に注目であります。
 そんな葦原涼に迫る、黒い影(おぃ)
 いや、男として、スコーピオンさんは怖い、本当に怖いです。押し掛けられるようなご身分か、と言われれ ばそれまでですが、勝手に「これから恋人になる」宣言されても、困ります
 ああしかし、そんな彼女も思わず受け入れてしまう、葦原涼@寂しがり。
 全国の葦原ファンの女性の皆さん、涼は押し掛け女房攻撃 オトせそうですよ(おぃ)
 にしても、彼のばらまく不幸は留まる所を知りませんね。ほとんどが偶発的 とはいえ、恐ろしい男です、涼。
 来週あの状態からどうやって復活するんでしょうねぇ……やっぱり、川端の化学工場から 垂れ流されていた工業用廃水を全身に浴び、ギルス細胞が超活性化。異常増殖した触手が近隣住民のエネルギー を吸い取り、遂に恐怖の大怪獣とな(以下略)
 ……まあ、最後ぐらい、エクシードに活躍してほしい所なんですが、無理かなぁ……

★リストラ氷川主任の場合
 “人でありながら背くもの”として謎の青年のキレる原因を造ってしまった氷川くん。そんな事とはつゆ 知らず、オカルト捜査に精を出す毎日。ああしかし、遂に、
 リストラ

 やられ役→キーパーソン、への転身は計画通りだと思うんですが、あくまでも“戦闘能力のパワーアップ” としてではなく、アギトならざるものの立場から物語に一撃加えて最終盤へ向けて加速させた、と いう意味で最後まで上手い使われ方だったと思います。
 ちょっと格好良かったし。
 わざわざ翔一くんに挨拶しに来る辺り、けっこう律儀ですが、
 「僕達の間も色々ありましたが、いつまでも津上さんは 津上さんのままで居てほしい。今ではそう思っています」
 という発言を聞く限り、かなり腹に一物抱えていた模様。
 「アギトとして生きていくのが辛くなるかも……」と思わせぶりに口にしておいて、詳しい事は話せない と言うあたりも、なんだか復讐の香りすら感じさせます。

 しかし、飛行機で帰るあたり、いい身分ですね〜。
 香川県なら橋も繋がってるんですし、電車で帰るもんだとばっかり思っていたんですが。それなら、電車 乗り間違えて東京に戻ってくる事も可能ですし(笑) 飛行機だと、ちょっと無理そうです。乗り遅れ、は あるかもしれませんが。
 見送りは小沢さん一人。
 ああそうか、貴方も結局、寂しんぼ、だったんですね。
 というか、見送りにも来ないで北條さんと優雅にランチしている辺り、尾室に賞状 を送りたい気分でいっぱいです。

 そうそう、木野さんリタイアしたんで、補欠から一軍昇格、良かったね(笑)

★シスコン翔一くんの場合
 “アギトの力”とは何なのか?
 それがヒトに災いをもたらす物でしかないのでは、という葛藤を乗り越え、今を、そして明日を生きる事 を決意した主人公。真魚ちゃんほっぽって、すっかり可奈さんといい雰囲気になっていますが、ほのぼの していても殺伐としていても、いつでも「翔一くんは翔一くん」な所が彼の素晴らしい所であり、やはり 真の主役たるゆえんでしょうか。
 結局、主要なテーマは翔一くんパートに集約されたようで……まあ、形式は3人主人公でも、メインは 翔一くんなのは明白であり、他の二人&木野さんは、究極的には津上翔一(沢木哲也)でありアギトである もの、をより色濃く描き出す為の存在だったわけですが。

 ビルの屋上で可奈さんの手を掴まえて引き上げようとするシーンは良かったですね〜。今回正直、映像的 にはいまいちだったんですが、ここはさすがにシナリオとシーンの力が画像うんぬんを言わせない出来に なっておりました。
 過去における雪菜さんの自殺と、シチュエーション的なシンクロはあっても、まさか映像的にまでシンクロ させると思わなかったというのもありますが。
 翔一くんの妄想力に乾杯

 「俺はアギトでも、楽しい事がいっぱいあった」
 というのは、結局、最終的な物語のテーマであったとは思います。というかこれは、別の形で井上敏樹は 『超光戦士シャンゼリオン』でもっと明確にやっていたりはするんですが。
 過去の作品を引き合いに出してテーマを語るのもどうかとは思うのですが、どうも脚本家 としての井上敏樹の基本的テーマを感じさせるので敢えてそうさせていただきますが……かつて 『鳥人戦隊ジェットマン』での、戦士として戦いながら恋の鞘当て(女の奪い合い)、『超光戦士シャンゼリオン』 での、ヒーローになろうと敵が次々に襲ってこようと人生楽しまなければ損でしょうが、そして本作『アギト』 における、どんな姿になろうとも人は自分として(楽しく)生きていける筈、という状況設定に見えるのは、
 ヒーローだって人間なんだ
 ではなく、
 ヒーローである前に人間で、ヒーローであるという事はその延長線上の事象にすぎない
 という事だと思われます。

 前の方の設定ってのはよくあるんですが、それを後ろの方までテーゼの読み替えをしてしまう作品という のは滅多にありません。それは当然、ヒーローを語っているようで実はアンチヒーローだから、なのですが。
 井上敏樹&白倉伸一郎(プロデューサー)がかつて『シャンゼリオン』制作の裏で言っていたのは、「ヒーロー の定義付けの再考をしなければならない」という事でした。その、ヒーローという存在を作中でしっかりと 定義しなおす、という意味では、『アギト』はしっかりとそれを為し得ていたと思われます。
 そして同時にそれは、アギトという存在、があくまでもヒトの延長線上に過ぎない、という意味づけでも あります。ヒトと別の存在ではなく、ヒトの可能性、ヒトと同一であるもの。であるからこそ、共に未来を 語る事が出来るし、逆説的にいえば作品そのものが人類の可能性に関する応援歌、という形を取る事が 出来るわけです(すいません、この辺は、最終回を見てから書きました)。
 なんだか感想通り越して解読モード入ってしまいましたが……で、ここで最後に、翔一くん一人では 迷いが生じて、沢木さんが来る、ってのもいいですね。ベタではあるんですが……なんというか、翔一くん 一人で乗り越えてしまってはいけないと思うので、良かったなぁと。
 ここで翔一くんが乗り越えてしまうと、『アギト』が重要視してきた“人間としての悩み”って所が 吹き飛ばされてしまうので。その辺はやっぱり、純粋にヒトである(微妙にでもないですが)沢木さんと 手を取り合う事に意味があったんじゃないかな、と。
 後ここで、「おまえの手は人を守る為にある!」という台詞で、やっぱり真魚ちゃんパパは、雪菜 さんが殺したというのが裏書きされているのかなぁ……と。この台詞、「雪菜の手は人を殺してしまったが」 と受け止められるような気がするのですよ。
 そうすると、沢木さんの無念と後悔、てのが色濃く感じられる気がして仕方ありません。
 でも結局そうするんなら(私はまだ疑ってました)、“絵”として殺害シーンはちゃんと描いて構わ なかった気もするのですが……時間の問題だったのかなぁ。やはり映像として描いておく事って物によって は必要だと思うので、そこは少し残念でした。

 そしてラスト、今回もっとも重要だったのは……
 「俺の為に、アギトの為に、人間の為に!」
 という、変身時の台詞であると思うのです。
 次回予告でこの最初の部分が切れていたのは実に上手い、と思ったのですが……ここに、“人の延長線上 に居るヒーロー”としてのアギトへのこだわりが感じられます。
 “他の誰かの為”という正義もご立派だが、それ以上にまず“自分”という物があって、 自分が守りたい世界、自分が生きていて楽しい世界、その為に他の誰かを……みんなの居場所を守りたい という。
 よくよく考えるとけっこう危うい考え方なんですが、同時に非常に普通の考え方でもあって、正義とは結局 エゴというわけで。
 ……それを描くべきであるかどうかはまあ、おいといて、私は好きな物の捉え方です。
 個を捨てない事というのもアギトのテーマですしね。

 以下、冗談半分のちょっと穿った見方です。
 さて、こうやって考えてくると、やっぱり初期の電波の強かった頃 のアギトというのは、何はなくともアギトという種の保存の為に戦っていたのだなーという事が考えられる わけです。問答無用で「きゅぴーん」で飛んでいったり、アギトでないG3の氷川くんに襲いかかったり。 「みんなの居場所」というのはつまりアギトの居場所であって、人間は比較的どうでも良かったの だなぁと。
 電波が薄れるに従って、「みんなの居場所を守る為」って台詞が無くなったりしてるんですよねぇ(笑)
 これはつまり、種の保存の為にはアギトばかりではなくヒトも守る必要があると理解したのか、或いは、 翔一くんが電波状態から抜け出した事によってアギトの生存本能にヒトとしての理性が打ち勝ったのか。
 どっちにしろ、色々と危ない解釈が出きそうです。
 でもまあ、アギトもヒトも同一線上である、というのは作品の最終的な定義付けだと思うので……とすると、 姉さんの残留思念か(おぃ)

★ヒロイン(だった筈の)真魚ちゃんの場合
 あれ? 今週居ました?



 最後に映像に関してですが、ううっ、今週は全然面白くなかったなぁ……シナリオ的には、もっと面白く 撮れたと思うわけなのですが。最終回に向けてエネルギーを溜めたのだと信じたい……。

(2002年1月29日)

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