愛と偏見の忍者龍剣伝

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 忍者龍剣伝が一般にどの程度の評価と知名度を経ているのか、筆者は実はよく知らない。 だが、アクションゲームの名作として語り継がれていない事だけは、確かなように思う。ならばそれは、 この傑作ゲームにとっても、同時代を生きた我々ゲームプレイヤーにとっても、不幸な事だと思うのだ。であるからここでは、徹底的に『忍者龍剣伝』について語り尽くそうと思う。
この名作が、再評価されん事を期待して。



◎アクションとストーリーの融合

 『忍者龍剣伝』発表当時、ゲームジャンルにおけるアクションやシューティングというものには、まだ ストーリー性が必要ではなかった。これらのゲームの中にあるストーリーといえば、説明書の最初の1Pに 記された、数行の文章のみだったのである。

 その状況に新風を吹き込んだ作品こそが、忍者龍剣伝だった。

 それまでのアクションゲームにおいて、ステージとボスがただ“乗り越えていくだけのもの”であった のに対し、ステージ→ボス→ストーリーモード→次ステージ、という形式を用いる事によって、面をクリア する事とストーリーを進めていく事を、同義にしたのである。

 ボスを倒すのは、ただ単にゲームを先に進める事でなく、物語を進める事だ、という事を表現してみせた のだった。タイトル画面後に語られる、オープニングストーリー。ステージクリアごとに展開するビジュアルシーン による物語。そして、最終ボスを倒した後のエンディング。

 織りなされる胸躍るストーリーがプレイヤーを引きつけ、クリアを目指す意欲を増進させる。
 今では物語性のないアクションゲームなどほとんど存在しないが、その先鞭をつけた物こそが、この 『忍者龍剣伝』であるといっても、おそらく過言ではないだろう。




◎ハイレベルのアクション

 アクションゲームにとって必要な要素とは何だろう?

 それはおそらく、プレイヤーと画面上の自キャラクターとの一体感・テンポ・そして、適度なバランスの 障害、だと思われる。

 『忍者龍剣伝』はこの三つの要素を全て満たしている。必要以上の要素を持たせない事によって成立している抜群の操作感、小気味よくスピード感のあるアクション、そして、繰り返しプレイしていく事でクリアへの糸口を見いだせる障害。アクションとストーリー性を融合させた時、『忍者龍剣伝』は間違いを犯さなかった。

 ストーリーをなぞるだけではゲームではない。

 アクションステージという障害を乗り越えて“ストーリーを自分の手で進めていく事”にこそ、達成感が あるのだという事を、見逃さなかった。

 『忍者龍剣伝』は、はっきりいって、かなり難しい。

 だが、それは嫌らしい難しさ、反射神経をクリアの前提として要求する難しさ、ではない。繰り返し挑戦し、考える事によって解答を得る事の出来る難しさである。

 ストーリーの先は興味津々だが、先に行けば行くほど面クリアは難しい。しかし、それをクリアしなくて はストーリーは進まない。その狭間で揺れる悶絶こそが、『忍者龍剣伝』の醍醐味の一つであり、そうである からこそ、物語はよりドラマチックになるのだ。




◎華麗なるサウンド

 『忍者龍剣伝』を語る上で、音楽は外せない。

 とにかく、格好良い。

 こればかりは聞いていただくしかないのだが、アクションゲームにおいて、口ずさみならプレイできる 音楽というのは、とても貴重だと思う。そのノリの良さと格好良さがまた、ゲーム全体のテンポを引き締めているのだから。




◎そしてグラフィック

 物語を彩るのは、音楽ばかりではない。

 近年の32ビットゲーム機の画像に慣れた我々の目から見れば確かにちゃちだが、当時のファミコンゲームのレベルを考えれば、『忍者龍剣伝』のグラフィックは驚異的に美しい。描き込まれたキャラ、しっかりとした演出。場面ごとにきちっと造られた音楽がそこへ絡み、物語を否応なく盛り上げていく。

 何よりも、ストーリーモードのビジュアルシーンばかりではない。アクションシーンのグラフィックも しっかりと描き込まれている事が、最大の評価の対象だろう。

 どこにも手抜きを感じさせないゲームの姿が、そこにある。


 練り込まれたゲームという物がある。

 “そこにある全て”が、一つのコンセプトのもとに統一されているもの。

 音楽が、映像が、ゲームジャンルが、一つの枠にぴたりとはまったもの。

 ありそうでいて、数少ないもの。

 その、希有な存在が、実体化した時、それは『名作』と呼ばれるのだと思う。
 だから『忍者龍剣伝』は名作であるのだと、胸を張って言いたい。
 そこには、完成された作品だけが持つ、統一感があるから。

 ……この文章を読んで、もし一人でも『忍者龍剣伝』に興味を持って下さる方
   がいたら、それはとても幸せな 事です。

少しだけ、それを期待して。


1999年11月10日 GMS