『魂の鏡 〜A Bit of Hope〜』 キリクは一目で、何が起きたかを知った。 鮮血にまみれ、倒れ伏すマキシの姿。だが、その命を奪おうとしているのは、負傷ではない。 白い火花。マキシの体表を覆うように、駆け巡っては音を立てて弾ける、それは具現化した邪気だ。 周囲にある瓦礫(がれき)の山は、濃厚な邪気が、物理的な力となって荒れ狂った跡か。その邪気の中に、傷ついた体で今まで、マキシは居たのだ・・・ 「マキシ!」 先に悲鳴を上げたのは、後ろにいたシャンファの方。 邪剣の本性・インフェルノを、キリクと彼女は、激闘の末に倒してきた。果てしなく続くかと思われた戦いの中、奇跡のようにふっと、インフェルノの放つ気が弱まった瞬間があったのだ。 そう、まるで、どこかへ吸い取られて失せたかのように・・・その瞬間に、滅法棍と、覚醒した聖剣ソウルキャリバーとが、インフェルノを貫いた。 だが、勝利をもたらしたその一瞬は、決して「奇跡」などではなかったと、二人は思い知る。弱まった分の邪気は、消えたのではなく、ここに有ったのだ。そう、ここに、マキシの元に。その生命を蝕む、死の呪いと化して。 駆け寄ったキリクたちの前で、マキシは微かに笑った。 「へっ・・・遅かった、じゃ、ねえか・・・」 正気は保たれている。しかしそれは、希望ではない。イヴィルスパームの性質は一定ではないと、キリクは老師に聞かされたことがあった。狂気を与える力が強い場合、破壊力が勝る場合・・・後者を弱った体に浴びれば、ひとたまりもない。 臨勝寺の惨劇の際も、狂う間もなく肉体を蝕まれ、命を落とした者たちがいた。 マキシにも、同じ運命が待つだろう。絶望と共に、キリクはそう思う。多少の質の違いはあっても、イヴィルスパームの本質はすなわち、邪剣ソウルエッジの本質でもある。「器」と成りうる者の他は、容赦なく喰らわれ、命を奪われる。 何もできないのか、こんな時になって。胸を裂かれる思いで、キリクはマキシの苦悶を見守る。もう、長くは保たないはずだ。 その時・・・彼はふと、あることに思い当たった。 (そんな! いや・・・俺には、それだけしか・・・無理だというなら、今まで何のために戦ってきたんだ!) 迷うことができる時間さえ、わずかしか無い。長くも短くも感じられる数秒が、廃墟に流れる。・・・顔を上げ、振り向いた時、キリクはすでに決断していた。 「シャンファ、少し離れててくれ。・・・きっと、その剣が守ってくれる。危険が及ぶようなら、迷わず俺を斬れ。いいな?」 「キリク・・・? 何を言っているの?」 問い返してくる、その不安げな声に、彼は答えない。もう、一刻の猶予もなかった。 キリクは、末法鏡の留め金に手をかける。 こうするしか、ない。 自分はもう、この手段しか選べない。無駄だとしても、命と引き替えになっても、見捨てたことを生涯悔いるよりはましだ・・・! 外した末法鏡を素早く、マキシを抱き起こすようにしながら、その体に回した。キリクの手が、マキシの背中で、かちりと音を立てて留め金を合わせる。 末法鏡はすぐ、美しい、しかしどこか悲鳴じみた共鳴音を立て始めた。マキシの浴びた邪気に触れて。だが、その力は確実に、体表に弾ける火花を打ち消してゆく。 ・・・最後の力を、振り絞るようにして。 シャンファが、悲鳴の漏れかけた口を押さえながら後ずさりする。最悪の事態を覚悟しながら。 「キリク・・・?」 正気づいたかのような、マキシの声。明らかに、苦痛は薄れている。その目がようやく、自分にかけられた末法鏡に気づき、はっと見開かれた。 「馬鹿っ! 何てことを!」 彼が、呻くようにそう叫んだのと、ピシッ、と小さな音がしたのと同時だった。それは数度、断続して響き、そして・・・二人の体の間から、ばらばらになった末法鏡が滑り落ちる。 同時に、マキシの中から、邪気の呪いは消滅した。 新たな恐怖の始まりと共に。そのはずだった。 ・・・だが。マキシはそのまま、キリクの瞳を見つめる。正気を保ち、澄んだ心根を映すその瞳を。 「お前・・・!」 キリクは、間に合ったのだ。末法鏡に頼らずとも、内なる邪気を封じる力を、すでに得ていたのだ。 呆然としているマキシと、涙を浮かべて駆け寄ったシャンファに向かい、静かにうなずいてキリクは言う。 「今まで、助けられてばかりだったろ? シャンレンに、キャンに、そしてマキシとシャンファにも・・・みんながくれた、勇気と優しさを、今度は俺が返しただけだよ」 しばしの、沈黙。 それを破ったのは、ほとんど怒鳴るようなマキシの声だった。 「バッカ野郎、人をおどかすのも大概にしやがれ! 大体な、理屈こねてる暇があったら、さっさと医者にでも連れてけよ! お涙頂戴で怪我が治る訳じゃねえんだ!」 照れているんだ、この人は。苦笑と共に、キリクは思う。気障なようでいて、こういう場面にはやけに弱いマキシ。だからキリクは、礼のひとつも無いことを気にはしない。そんな言葉など、必要ないほどに通う想いがあるから。 そうして、傷ついた友を支え立ち上がる彼には、旅を始めた時の頼りなさはもう無い。 彼らの頭上では、分厚い黒雲が、風に吹き払われ始めていた。地面に散らばる末法鏡が、まばゆい日差しを受け、きらきらと光る。希望とはきっと、こんな色をしているのだと思わせるような、小さな、しかし優しいきらめきだった。 そのきらめきの中に立ち、シャンファが涙をぬぐって微笑む。 「信じていいのね。この世界にはまだ、奇跡が起こるんだってことを・・・」 99年冬コミにて、チラシ本に掲載. (少し加筆修正しました) 執筆中に、JCO職員・大内久さんの訃報が入りました。
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