『相性の善し悪し』 停泊中のGM号が、とある能力者に襲撃された。 ナミが甲板に飛び出した時には、ウソップがへたり込んで泣いている所だった。怪しい男の立ちはだかる目の前で。 「母ちゃん・・・死んじゃやだよぉ・・・父ちゃんが、父ちゃんの海賊船が、帰ってくるんだよぉ・・・」 「何してるのよ! 相手はたった一人じゃない!」 ウソップを叱咤し、ナミはその男に向かって、棍を構える。 が、次の瞬間見えたものに、彼女の身体は凍りついた。 「ベルメール・・・さん?!」 巨大な魚人に、銃を突きつけられて立つ女。懐かしいその面影が、振り向いて笑みを浮かべ、そして・・・ (ノジコ、ナミ・・・大好き) 銃声と、飛び散る血。忘れられない悲劇の瞬間。 「いっ、嫌あぁぁぁぁぁっ!」 自分でも気づかぬうちに、ナミは絶叫していた。ルフィが駆けつけたのも目に入らない。もっともルフィも、その男と目が合ったとたん、悲鳴を上げてくずおれた。 「シャンクス! 腕が、腕が・・・うわあぁーっ!!」 能力的な相性が悪すぎる。催眠系の力に、彼は人一倍弱い。 敵のはずの姿が、大切な存在に見えてしまう。幼い日の、かけがえのない思い出。それが無惨に砕け散った時の、悲しみと衝撃とが、彼らの中で生々しく再現される。 「ハーッハッハッハ! この『カコカコの実』の力は無敵! どんな強者だろうと無力となる! 幼い日に愛していた存在や、忘れられぬ心の傷の前ではな!」 高笑いしつつ、男は新手の敵を、その力で捕らえる。異変に気づき、息を切らして船に戻ってきたゾロとサンジを。 「く、くいな・・・?」 「クソジジイ・・・てめえ、足を・・・何で、そんな・・・!」 案の定、彼らも、身構えたまま動けなくなってしまった。この船に、強烈なトラウマを持たない仲間は、一人もいないのだ。襲撃者は圧勝を確信し、嫌らしい笑みを浮かべる。が、その時・・・ 「くいなァ! 勝負だぁっ!」 「チビナスって呼ぶな、クソジジイっ!」 GM号の誇る最強タッグは、一気に前に飛び出した。容赦のない一撃が、同時に敵へと叩き込まれる。油断しきっていた男は、無様な悲鳴を上げつつ、吹っ飛ばされて海中へ消えた。 「何だか、勝っちゃったみたいね・・・」 呆然と座り込んだまま、ナミは功労者二人に視線を投げる。ゾロとサンジに、あの能力が通じなかった理由を推察しつつ。 「邪魔すんな、てめえ! 俺はくいなと決着つけようと・・・」 「そっちこそ邪魔すんじゃねえ! 俺は今日こそ、クソジジイに思い知らせてやるんだっ!」 突っかからないと愛情表現のできない彼らは、幻覚から覚めきらないまま、例のごとく取っ組み合いの喧嘩を始めていた。 『異見の一致』 「サンジ君の髪って、いつ見ても綺麗よねぇ」 キッチンに水を飲みにきたナミが、ふと呟いた。 「光栄です、ナミさん」 彼は、食事の支度をする手を止め、笑顔で振り向いた。もっともナミの方は、下心があって尋ねたのだ。サンジから、この美髪を維持するヘアケアの秘訣を聞き出すために。 「ねえ、何か特別なものとか使ってるの? シャンプーとかトリートメントとか。どっかのブランド物?」 が、帰ってきたのは意外な答え。 「いえ、俺いつも石鹸で洗ってますよ」 ナミは思わず、目を見開く。他の男連中なら驚きはしないが、よりによって、このサンジが。 「うっそー! じゃあなんで、そんなサラサラの髪な訳?」 シャンプーが無く、仕方なく石鹸で洗髪したことは、ナミにもある。洗わないよりはましだが、髪が軋む感じで、不愉快そのものだ。 得たりとばかりにうなずいて、サンジは説明し始める。 「安物の合成シャンプーより、本当に上質の石鹸で洗う方が、髪にはいいんですよ。髪どころか、全身それ一個で十分だ」 彼には彼なりの、素材に関する信念があってのことだった。 「最近普及してる、合成洗剤の類は、俺は信用してません。そもそも肌に触れる物の原料が、食べたら毒になる代物でいいはずがないんです。 俺はずっと、伝統的マルセイユ製法のオリーブオイルソープ使ってますよ。ちょっと高くつきますけどね、変な合成香料も入ってないし、使い心地を考えれば惜しかない。 洗髪後は、ハーブビネガーの薄めたのをリンスに使えば、軋みは取れるしヘアケアにもなって一石二鳥。やっぱり天然素材が一番ですよっ」 サンジの言葉が出任せでないことは、彼のつややかなブロンドが証明している。 「それが、そのサラサラヘアの秘密なのね・・・・?」 「ええ、ナミさんも良かったら試してみますか? マルセイユ石鹸は、風呂場の棚の左端にある緑色のやつだから」 「そうね、サンジ君が言うんだったら間違いないかも」 と、そこへ、一風呂浴びた後らしいゾロがやって来た。ナミは何気なく、彼に尋ねる。 「ねえ、ゾロは何で髪を洗ってるの?」 「えっ、髪? 石鹸だけど・・・・最近は、なんか緑色のが置いてあるから、全身それ一個で済ませてるな。あれ、使い心地いいから」 ・・・この男、本能的に「最も身体にいい石鹸の呼吸」を捕らえたとでもいうのだろうか(笑)。が、それを聞いたサンジの表情は、みるみる険悪になる。 「てめえっ! 勝手に使ってんなよ! あの由緒ある超高級石鹸の由来も知らねえ癖に!」 「なっ、何いきなり切れてやがんだ、このアホコック!」 たちまち掴み合いになった二人に、ナミがため息をついた。 「意見が一致しても、やっぱり喧嘩になるのね・・・・」 『ハゲの極意?』 「てめえの故郷って、クソ真面目な土地柄らしいな。剣道だの茶道だの香道だのと、何でも『道』にしちまうなんて」 「ああ、そうかもな、言われてみれば・・・」 街の小さなカフェの、窓際の席。サンジとゾロは、さっきまでそんなことを話しながら、軽い食事を取っていた。 そして食事も終わり、サンジは最後に紅茶を飲む。その間、ゾロは手持ち無沙汰な様子で、通りの向こうを眺めていた。 と、ふとその表情が変わる。サンジが振り向いてみると、大きな生け垣の前を、ハゲ頭の男が三人、談笑しつつ歩いていた。 (おやまあ、見事にハゲ上がったもんだ。ぴかぴか光ってやがるぜ) そりゃあゾロも目が行くわな、と思いつつ、サンジはその横顔に視線を戻した。・・・その時、ゾロが小さく呟く。 「こんな所に・・・珍しいな。蔓竜胆(つるりんどう)か」 サンジは、思いっきりむせた。ゾロの瞳が、生け垣に絡んでいる、赤い実をつけた蔓を見ていることにも気づかない。 「どうした、大丈夫かよ?」 「おっ、お前、今・・・つ、『つるりん道』って・・・つ、つ、つ・・・」 「ああ、“つるりんどう”だが、それがどうした?」 一体どんな修行をするんだ?! 毎日せっせとハゲ頭を磨いて、よりピカピカさせんのか?! そんなことをわめき散らしたかったサンジだが、幸か不幸か、まともに声が出なかった。彼が事実を知り、思いっきり馬鹿にされるのは、しばらく後のことだ。 ・実話。(うちの母が、蔓竜胆の種を入手しまして・・・) |