『意地でもそれは〜誕生日編〜

「ゾロ、誕生日のプレゼント、何がいい?」
「え?」
「何か欲しいもん買ってやるよ、なあ?」
 十一月始め、甲板にて。サンジは上機嫌に尋ねた。だが・・・
「うーん・・・えーと・・・」
 ゾロがこういう時、質問に答えられないと、その「上機嫌」はたちまちひっくり返る。しばしの後、別にないから適当に見繕ってくれ、と言おうとした所へ、それを読んだかのようなサンジの声が飛んできた。
「思いつかねえとか抜かしやがったら、誕生日には、体にリボン巻いて押し掛けるぞ!」
 深い仲になってなお、喧嘩相手としての癖が抜けない彼ら。こうなると、売り言葉に買い言葉だ。
「真っ平御免だ! それだけはやめろ、アホコック!」
・・・そして、数日後に誕生日を控え、サンジは再び尋ねる。
「で? プレゼント、何がいいんだ? やっぱり、リボン巻いた俺様か?」
「言ったろ、それだけは御免だって」
「じゃあ何だ?」
 言い逃れは許さん、と言わんばかりのサンジに、ゾロはほとんど自棄で答えた。
「・・・リボンじゃなく、紅白の水引きを巻いてこい」




理由その1

「・・・てめえって奴は、どうしてああなんだよ」
「あァ? 何がだ?」
 ゾロの非難がましい問いに、サンジが険悪に応じる。彼らは、街での買い出しから、GM号に戻った所だ。
「何であんなに、女に声かけまくらなきゃいけねえんだ。そのせいで時間、倍ぐらいかかってんだぞ。てめえ一回、ナンパせずに買い物して、時間計って比べてみろよ」
 そう言われて、サンジはふと眼を伏せる。
「・・・なあ、ゾロ。俺が、女に声かけねえで街を歩くと、どうなるか分かるか?」
「さあな。どうせ、向こうから逆ナンパはしてこねえだろ」
 ぷちっ、と音ならぬ音がしたようだ。サンジは額に青筋を立て、一気にまくし立てた。
「いいか、その耳かっぽじってよーく聞きやがれ! 男が、声かけて来るんだよ! やれ『お兄ちゃん可愛いねえ』だの『おじさんとイイことしない?』だの『一晩いくら?』だの・・・果ては勝手に肩抱いたり、ケツ撫で回してきたりしやがる!」
 そこまで言って、ようやく我に返ったらしく、サンジはいつもの皮肉な口調に戻って付け加える。
「そういう連中を遠ざけるにゃな、俺様はレディが大好きな健全な男だって、常にアピールしてなきゃならねえ訳よ。分かったかこのクソアホが」
「へーえ。てめえ、日頃から『レディは大切に』なんて言ってる癖に、そんなことで女を『利用』してる訳かい」
 ゾロの余計な一言が、またもサンジの逆鱗に触れてしまう。
「利用じゃねえっ! 美青年にナンパされることは、レディにとっての喜びだ! お互いにとって嬉しいことを実行して、結果的にトラブルも避けられる、そのどこが悪い!」
 サンジのナンパの方が、よっぽどトラブルを招きやすいのだが。そう思いつつ、ゾロは答える。
「少なくとも、俺が一緒の時にナンパすんじゃねえ。不愉快だ。妙な野郎が近づいてきたら、俺が追っ払ってやるからよ」
・・・一瞬の沈黙の後、サンジはまたも視線を落とした。
「願い下げ、だ。てめえを、巻き込みたくねえ」
「おい、見くびるなよ。てめえに声かけてくる野郎共なんかに、この俺が遅れを取るとでも?」
 ゾロは、サンジの顎に指をかけ、ぐっと持ち上げる。その眼を、サンジの鋭い、しかしわずかに潤んだ視線が見返した。
「バカ! てめえがそんな真似したら、『ゲイカップルのやきもち亭主』以外の何者にも見えねえだろうが! いいのかゾロ、仮にも大剣豪を目指そうって男が、『お稚児さん連れ歩いて、そいつに声かけた奴と争ってた』なんて言われても!」
 こいつ、俺に要らん気遣いをして。そう思ったゾロは、少々ぶっきらぼうに、だが優しく答える。
「別に、俺は構わねえぜ? 本当だろ?」
「少しは気に掛けやがれこのクソバカエロマリモーっ!!」




四本目の武器

「サンジさんは、みんなのいろんなこと知ってるんですね」
「まあね。ビビちゃん、何か他に聞きたいようなことあるかい?」
 彼らの会話が聞こえ、部屋から出ようとしたナミは足を止めた。どうやらビビとサンジは、夕食後の甲板で、涼みながら喋っているらしい。
「Mr.ブシドーのことも、一見仲が悪いみたいなのに、色々よく分かってるし。もしかして、サンジさんしか知らないようなこともあるのかしら?」
 無邪気なビビの口調。だが・・・ナミは何故か、悪い予感を覚える。そういえばサンジは、夕食時の酒で、かなり酔っていた。だから上機嫌なのだろうが、往々にしてこんな時、人はとんでもない失言をする。フェミニストの彼のことだから、まさかとは思うが。
「俺しか知らない秘密? ふふっ、そうだなぁ。・・・ビビちゃん、あいつが『四本目の武器』持ってるって知ってたかい?」
 四本目? ナミは記憶を探る。ゾロの持ち物の中に、短刀や、隠し武器らしきものがあったろうか? いや、覚えている限りでは無い。だとしたら、サンジが言う「武器」とは・・・
「え? Mr.ブシドーの刀なら、三本でしょう?」
 きょとんとしながら、聞き返すビビ。
「ふふっ、それだけじゃないんだなぁ」
 何なのサンジ君、その妙な含み笑いは?! そう思いつつ、ナミの背筋を汗が伝う。気温が高いせいだけではない。
「普段は、コンパクトに収納されてるから、分からないんだよね。でも実は、あの腹巻きの下に・・・ふふふっ」
 腹巻きの下? コンパクトに収納?? ナミの予感は、ますます悪い方へ傾いてゆく。
「暗器の類なんですか?」
「まあね。思いっきりブチ込まれると、マジ痛かったりして・・・」
 痛いの? というかサンジ君、ゾロに「思いっきりブチ込まれた」ことがあるの? そんな恐ろしい想像に、思わず凍りつくナミ。彼女のことを知る由もなく、サンジはへらへらと話し続ける。
「でもね、今夜みたいな時には、それで気持ち良くなれたり。俺、結構気に入ってんの」
 とどめの一言。ナミの頭はもはや真っ白だ。さらに悪いことに、そこへもう一つの足音が近づいてくる。
「おっ、丁度良かった。おいゾロ、例のあれ見せろ、あれ」
「何のことだよ。・・・あっ、てめえっ、勝手に手ぇ突っ込むな!」
見せる気なの? サンジ君、本気なの? この、何だかんだ言ってお姫様育ちで、世間知らずなビビに?? 止めなきゃ、それは絶対止めなきゃ! ・・・そんな使命感にかられ、力任せに扉を開けたナミの目に・・・
「ほらぁ、この鉄扇。扇だけど、武器にもなるんだってさ」
 白い扇を広げ、ぱたぱたとビビを扇いでやっている、サンジの姿が飛び込んできた。

  
★下らなさ過ぎです、ゴメンナサイ m(_ _)m


無神経

「ゾロ、怪我したのか? 額に血が・・・」
「なに、かすり傷だ。それよりチョッパー、ルフィを診てやれ。こっちは自分で、薬塗っとくからよ」
 いつものように、襲撃してきた海賊船を、あっさり追い払った後。GM号の甲板では、小さな船医チョッパーが、クルーたちの手当をしていた。・・・ちなみに今日の被害は、ルフィが敵船のオーブンに手を突っ込もうとして火傷、ゾロが崩れてきた船荷を避けそこねて額に擦り傷(なまじ敵が弱かったので、黒手ぬぐいを巻いていなかった)、ウソップが銃弾を避けようとして転んで打撲、以上である。
 ゾロは、チョッパーの薬入れを探り、軟膏のチューブを見つける。取り出して、額の傷に塗り始めた。
 何気なくそれを見ていたサンジが、不意に顔色を変える。
「あーっゾロ、何だよそりゃあ! 痔の薬じゃねえか!」
 生理的嫌悪もあらわな様子で、わめき立てるサンジ。ゾロはムッとして言い返す。
「うるせえ! これが一番効くんだよ!」
「てめえ、どういう神経してやがるんだ! そんなもん顔に塗ってレディの前に出るつもりか、オロすぞクソアホ!」
 今にも蹴りを繰り出そうとしたスーツの脚に、チョッパーがすがりつく。
「やめてよ、サンジ! 確かにゾロの言う通りなんだ」
「え?」
「それ、痔の薬として売られてるけど、普通の怪我に使っても問題ないんだよ。殺菌力・治癒効果・鎮痛効果、いずれも優秀だからね」
「・・・そうなのか?」
 プロの意見が、敵側についているのでは、どうにも分が悪いと悟ったのか。サンジの声が、やや勢いを失くした。
「うん。傭兵なんかがそうやって使うって、ドクトリーヌに聞いたことがある。まあ、ちょっと薬品臭が強いから、嫌な人は嫌だろうけど。・・・ゾロもきっと、経験から、これが効くって知ってたんだよね?」
 丸い目で見上げられながら、ゾロは鷹揚にうなずく。
「そういうこった。だから、てめえが神経質過ぎんだよ。分かったかアホコック」
「・・・・・・」
 渋々ながら、サンジは負けを認めた。まあ夕食までには薬品臭も飛ぶだろうし、と思いつつ。


 しかし、その晩遅く。喧嘩は終わっていなかった。というか再発した。
「てめえって奴は、今度こそ許さねえぞ! フェイス用のスキンケアクリームを、そんなとこに使うなーっ!!」
「うるせえ! これが一番具合がいいんだ!」

 

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