お気楽エッセイ

1%の快感
2000/8/13
 高校生の時に、短歌はもう作っていた。
 井上靖の「額田女王」を読んで私は万葉集に興味を持ち、額田のような歌を作りたいと思ったためだ。
 とはいえ、自分の周りには短歌を作る人は全くいなかったし(みんな散文詩だったのだ。)発表の場もなくてあまり熱心になれなくなっちゃった。私は
目立ちたがり屋で人から感心されるのが大好きだったから。
 しかし、万葉集には相変わらず関心があったので、短歌から心が全く離れたわけではなかった。さらに、大学に入ってみれば結構短歌をやっている若いモンが多いではないか!国文学科なんだから不思議はないんだけれどこれはかなり刺激になった。 学校にあった短歌会に入って、今考えればアララギの小市已世司先生(土屋文明先生の娘婿さん)と歌会に出てたりしてたんだから刺激を受けない方がどうかしている。小市先生は大学で短歌作法の授業も持ってらして私はこの授業にも出ていた。授業といっても50人位の会場で学生の詠草を批評し合う、まあ歌会みたいなモンだ。私は小市先生をなんとかギャフンと言わせる様な(!)歌を作ろうととても熱心に作歌をした。高校の時も先生に平気で意見する生徒だったが、大学生になってますます磨きをかけてしまい、はっきり言って無礼な学生だった。(今も無礼である。)
 先生は私の作る訳の分からぬ歌についても学生の前で解釈しなくてはならないので困った顔でよく言われた。

 「ま、こういった歌があってもいいかな・・。」

 しかし、ごく希に「これはうまいね。」とやっぱり学生達の前であっさり言ってくれることもあった。そうなるとこちらはもうすっかりいい気分である。1週間はそれで持った。
 結局私は誰かにほめて貰うために作歌をし、たまにほめて貰えたから続いているのだ。
100作って1つほめられればいいくらいだから余程のお気楽だ。だから年月がたっても大して上達しないのだろう・・・。とほほ。


こどもがかわいそう・・・?!
(2000.3.29)
 うちの子供達は二人とも保育園に行っている。途中下の子の育児休業の関係で1年ブランクがあるが、上の子は11ヶ月の頃から通って、かれこれこの4月で5年になる。下の子はようやく1年目が終わる。
 保育園にはお世話になることばかりなので、たまには恩返しもいいかなと思い担任でなかったこともあって
PTAの役員を引き受けたが・・・・最初の役員会で「あっ」というまもなく会長にされてしまった。一番下のクラスからでているんだからよもやあるまいと思っていたところの意外な展開。当然年長さんからでてくれると踏んでいたら、保育園ライフが一番長かったのが私だったというわけだ。役員経験者は皆無。それどころか保育園も今年初めてというメンツの中での活動が始まった。
 私の職業はこれまた「あっ」という間にばれた。書類の入った封筒が学校の名入りだったから。これは迂闊だった。はっきり言って
教員の肩書きはこの手の活動には、じゃま以外の何者でもない。もっともとっくにバレバレだったんだろうけれど。(保育園ライフにプライバシーはない。まあ、村的コミュニティーだ。)
 私は保育園の役員は基本的に
ボランティアだと考えている。保育園に子供を預けるのは、預けなくてはならない必要があるからなのであって、どの保護者に対しても、「お互い様」であり、役員であろうとなかろうとそれは同じだと思う。だから不正なことでもない限り、今までも何か保護者参加の企画があれば文句を言わずに協力はしてきた。出来る範囲でね。進級のお祝品とか、クリスマスプレゼントとか用意してくれれば、無条件に感謝していたし、それが普通だと思っていたの。
 しかし「実はそうじゃないらしいぞ。」ということが結構あった。私はむしろ
少数派だったのだ。
 どんなに小さな企画でも役員さんの手間暇は結構かかる。年中行事として必ず行わねばならない事なら
プレッシャーもかかる。ボランティアといっても、思ったほど気楽ではない。PTAの予算は保護者から集めているお金で成り立っているため、様々な苦情も出るからだ。そしてその苦情の精神には一本筋が通っている。コンセプトは「みんないっしょ」「同じ会費を払っているのに」
 このコンセプトが少しでも破られるやいなや、役員は「ご苦労様」と言われる前に苦情を受け付けなくてはならない。例えば、行事の写真をたくさん撮って張り出し、
「御子さんが写っていたら1枚だけ差し上げます。」という企画を行った。写真を撮る際に出来るだけ大人数でいるところしか撮らないようにしていたので、親としても(どの写真にも自分達の子供がその他大勢としか写っていないから)大して魅力のある写真とはいえない。まあ仮に子供達が選んでも取り合いするほどの物ではない。だから貰った保護者もいるし、貰わない保護者もあった。貰う貰わないは自由意志なのだからこれは当然のことだ。しかしそう思わない人はいた。そしてその人達は貰った人を責めたのだ。「貰えない人(欠席だったから)もいるのに、なんて無神経な人たち!うちは写っていたけれど貰わなかったわ。」
 早い段階でそう言われてしまうと、貰った保護者の肩身が狭くなってしまう。貰おうと思っていた保護者も引いてしまう。はじめは事情が判らず、なかなか枚数の減らないのを不思議に思っていたが、この苦情の主と直に話していて訳を飲み込み、がっかりしてしまった。その人に言わせると、PTA会費から出す以上みんな同じ物を同じだけ貰うべきで、例えばクイズ大会などの
賞品も差を付けてはいけないのだそうだ。そしてそれに(積極的消極的を問わず)賛同する保護者が多数派だということにとても驚いた。小学校の運動会から順位別の賞品がなくなるはずである。あれは、実は教育的配慮なんて物じゃなかったのだ。
 このほかにも、プレゼントをするならデザインはみんな同じでなくてはいけない。キャラクター物なら尚更である。しかし他の子のと区別がつかなくなるということでこれまた苦情が出て、今度は
「どうして柄の希望を取らないのか。」ときたもんだ。別に感謝されたくてやっているのではないが(ボランティアだし・・・)、物をよそから貰ったらありがたく思うように教えないのだろうか。 毎日使う実用品であっても子供が貰ってうれしくない物はいらないのだろうか。これにもちょっとがっかり。とんだボランティアである。言い返せば「学校の先生は口が達者だ」と言われるしね。ワタシャ早くお役後免になりたいよ。
 そうだ、重要なコンセプトを1つ忘れていた。いわく
「子供がかわいそう。」だってさ。商売柄こんな事からいろいろ未来予想をしてしまう。ガッコの先生は因果な商売である。


アニメの主題歌考
(2000.2.18)

 子供が小さいせいもあってウチでは「正義の味方系」に関する物が多い。なにしろ日曜朝の戦隊物はかかさず毎週見ているし、最近は20周年アニバーサリーなんてことでガンダムが流行っている。ウルトラマン関係ではセブンの新しいビデオが出たし、ティガの映画もできる。話題に事欠かない。
 夫が好きなこともあって、ガンダムのプラモデルはどんどん増えてゆく。ガンダム、ヤマト、999などテレビアニメが華やかだった頃の小中学生が今、趣味に自分のお金を使える大人になり、その影響だろうか、最近 
昔のアニメソング番組が特番であったり、カラオケでもよく歌われているという。
 私自身、中学高校時代に、1冊600円もするアニメ雑誌を、毎月3冊も買っていたほどのマニアで、昭和50年代のテレビアニメ主題歌は、ほぼ歌える自信がある。まったく、自分でも感心してしまう。そんなわけで 今、息子のもっぱらの関心であるガンダムのTV主題歌を
「もえあがれーもえあがれーガンダムー」と、車の中で歌っている訳なのだが、ある時ふと気がついた。
 内容的に大人が見ても遜色ないというのに、歌の歌詞は
「巨大な敵を撃てよ撃てよ撃てよー!」なのだ。 「××レンジャー」の歌がそんな具合なのは判る気もする。しかし、ある一定のストーリー性とか、メッセージ性を売り物にしているのなら「そりゃないんじゃない?」と思う。 まあ、主に歌うのが子供なんだから仕方ないのかな、なぁんて思いながら子供に言われるままにつぎつぎ歌っていると、あっ!これはと言う物に出くわした。
 昭和50年代に小中学生であれば誰もが知っている歌で、ある意味最も単純なドンパチ物であるにも関わらず、歌詞の中では
一発も弾を打たず、1人も殴らず終わっている物が。それは、「宇宙戦艦ヤマト」なのだ!SFなのに巨大ロボが出てこない。必殺技も一つだけ。歌詞になるだけの材料がないのである。
 時期的に6〜7年新しいガンダムが「巨大な敵を撃てよ撃てよ」とやっているくらいだからこれは画期的なことだと思う。画期的すぎてヤマトは同じ時間帯に放映していた
「アルプスの少女ハイジ」に人気を取られ、スタート当初の予定より半年も早くうち切られてしまった。 
 自分ではすばらしい発見だと思い、子供に言っても判りっこないので夫に話したら、
「それがどうしたの?」と言われた。そりゃそうだ。とほほ・・・。


学校はパソコン音痴か?
(1999.11.6)

 学校でパソコン研修をやるらしい。景気回復促進のために民間の失業者に研修の出前を発注する。民間の雇用を促進し、教員のパソコン音痴も直せるというわけで、縦割りのお役所としては画期的な思いつきだ。
 それに先だって何を教えて欲しいのかというアンケートが採られた。その結果が発表されておもしろいことに気がついた。実に当たり前のことだが
「教員にはパソコンを使える人と使えない人とがいる」ということだ。
 ものすごーく出きる人(私の価値観ではマクロを使える人は出きる人だ。単に自分が出来ないというだけだが・・・。)と、ほどほどにワープロと表計算で関数なんかが使える人(このタイプが一番多いと思う。私もそう)更に、自分の仕事では一切使わない(使えない)人がいる。

 おそらく研修の対象として最重要課題とされているのは三番目のタイプと想像される。職場では「スイッチの入れ方が分からない人」と呼ばれている。
 
 しかし、うちの学校ではパソコンを使って仕事をしたことのない教員はおそらく
皆無なのである。「自分の仕事で使わない」というのはそういうことで、学校全体の仕事では成績入力にロータス123のバージョン98を使っている。使っているハードはペンティアムU360だ。まあ、学校に入る機械としては最新式と言っていい。成績処理のシーズンになると、「すごーくできるひと」がコンピュータ室を開けて待っており、「程々に出きる人がアプリを立ち上げ、ここから先は全員黙々と入力。「スイッチの入らない人」も別段何の疑問もなく作業を進めていく。仕事には何の差し障りもない。「どこで間違えたか分かるから電卓より便利ですね。」なんて言っている。この辺から自分で興味をもっていろいろ覚える人だって当然出てくるに違いない。「ほどほど組」が増えてゆくという寸法だ。

 さて、ここからは私の推測なのだが、こういった風景は民間企業でも同じなのではないだろうか。民間ではパソコンは当然だという。そりゃそうだろう、学校ですらそうなのだから。しかし、民間だってやっぱり一番多いのは「ほどほど組」なんじゃないんだろうか。みんなマクロを自分で組んだり、他人のマクロのバグを修復出来ているわけじゃないと思う。今度講師として学校に出向してくれる民間の人も「データベースとマクロは出来ません。」と言ってきたそうだ。「自分は出来る」という人が講師として選ばれているにもかかわらず、である。それを聞いて学校は特別遅れているわけではないんだと思った。

 「ほどほど組」になるために必要なこと、それは「スイッチを入れられること」「日本語入力が出きること」「電卓が打てること」ぐらいではないんだろうか。キーボードは習うより慣れろだし、音声入力の時代になれば純粋に言葉のセンスのみ要求される。これは教員の最も得意とするところだ。人前で話すことが仕事なんだから。
 と言うわけで私は声を大にして言いたい。
 「教員がパソコン音痴の集団というのは幻想である!」
やはり教員にはそういったイメージが付き物なんだろうけれど、税金使ってやる事業としてはイメージ先行の思いつきなんじゃないの?と思ってしまうのである。


中国語が聞きたい気分
(1999.10.7)
 最近車の中でまた中国語のテープを聴くようになっている。不思議と子供はいやがらない。お腹の中にいたときから聞いていたからかな?朝はニュース、夕方は中国語。
 そのきっかけは、なんということはない。この間「ゾルゲ事件」の片割れである尾崎秀実の弟、尾崎秀樹の訃報を聞き、しばらくおいてテレビで「リヒャルト=ゾルゲ」についてやってて、それを呼び水に木下順二の「オットーと呼ばれる日本人」を読み返した・・・というだけだ。
 
 私はこの戯曲が好きでね。これを学生の時読んでえらい影響を受けた。折しもスパイ防止法について取りざたされている頃で、大学の一般教養にあった法学の講義でもゾルゲ事件については取り上げていた。さらに手塚治虫の
「アドルフに告ぐ」のストーリー展開にもこの事件は絡んでいてこの時期神保町に行けばゾルゲ事件についての本を捜しては買っていた。尾崎秀樹の告発本「生きているユダ」を読んで伊藤律という名前を知ったのもそのころ。アグネス=スメドレーもそうだ。「オットー・・・」もそのときに買った。いろいろ読んではみたものの一番インパクトがあったのはこれだった。

 尾崎秀実に対する評価は様々あるのだろうが、私としてはアラビアのロレンスに感じるものに近い印象がある。理想と現実に引き裂かれた自分の悲劇・・・とでも言えるのかな。相手が国家だったりするとこの手の悲劇は避けられないのだって事は結構身近に感じたことがあるし、それもやはり中国絡みだ。

 なんだか自分でもよく分からないくらいイメージが膨らんできてしまったが、不思議と何年かに一度このようなきっかけがあって、私の車の中にはしばらく中国語が流れ続ける。時々意味も分からず聞いているのだが、世の中に対してペシミスチックな気分の時はいいBGMとなり、「オットーと呼ばれる日本人」は講談社文庫でいつも職場のロッカーにある。



観光地の地元民
(1999.9.30)

 
はっきり言って我が家は田舎である。しかも観光地である。
どうもお役所は自分とこを年間通して観光名所にしようと目論んでいるらしく、季節の花やら、河原バーベキューやら、ハイキングコースやらの整備に余念がない。そういや、私だって高3の時遠足で、今の最寄り駅集合でこの辺の山に登ったっけ。(まさかそこに住むことになろうとは思いも寄らなかった・・・。)今だって夏休みなんかに町から(!)遊びに来る友達がいるし、そいつらを飽きさせない程度に連れ出すところは事欠かない。
 
 なにしろバスでもってやってきて、旗もって歩いている。近くの山は、いまはやりの中高年登山入門としてはぴったりだし、軽いハイキングだけならパンプスだってダメということはない。全国区の神社もあるし、国指定の重要文化財だってある。もう何でも来いだ。しかも池袋から私鉄で1時間ちょっとというお手軽な距離。うーん、ここまで自分で書いてきて、成る程この辺に観光客がやってくるのも無理はないと納得してしまったよ。いい場所だなー。(しみじみ・・・)
 
 しかーし!しみじみしているバヤイではないのだ、住んでいるモノとしては!
 特に夏、早ければ五月の連休頃にそれは始まる。
 うちの団地は山一つ造成して作った住宅地だ。7丁目がてっぺんにあり、1丁目が駅に最も近いふもとにある。ここからでるには駅の脇のガードをくぐるか、小さい踏切を渡るか、あるいは山の反対側のふもとに降りて国道にでるしかない。これが大変。休日はお昼近くになるとこの国道とそこからつながる県道が詰まってしまって、車だと山のふもとの最初の信号を6メーター渡るのに20分ぐらいかかってしまう。観光バスが交差点内からいなくなるのをじーっと待っているのだ。
 だから我が家は観光シーズンになると市内のスーパーで買い物はしない。反対側のふもとに降りて隣の市に行った方が早い。(もっとも、最盛期にはそっちも混んでるんだけれど・・・)いつもなら10分で行けるところを1時間かける気にはなれないからね。

 しかも悪いことに本来もう一本あるべき裏道が、この間の大雨続きで崩れてしまって通れない。これは痛い!広報見たら「年内には(!)通行可能の方向で・・・」なんて暢気なこと言ってるしどうしょうもないよこれは。私は実家に出かけるのも大仕事。(しかしこの道沿いには有名なK神社があるので初詣には間に合わせると読んだ。ここも冬の観光スポットだし・・)
 
 という訳で今は秋のお花シーズンなの。みんなカメラもって歩いてる。(テレビカメラなんかもあったりして。)アベックも多いなー。みんな臨時駐車場に500円払って止めているのか。飲食店はほとんどないのに駐車場ばかりやたらと多い。でも、あれ、一度入ったら出られるのかしら。なんかすし詰め。

 みなさん、お越しの際は電車でどうぞ。歩くときは一列で。斜め横断やめましょう。

歌会の恐怖
(1999.9.27)
 何が悲しいって、歌会に出した作品が全く何の共感を呼べなかった事ほど悲しいことはないのだ。はっきり言って私は昔からスカが多い。学生の頃は、周りの先生達からも孫みたいに扱われていたからどんな無茶な表現でスカを当てても「まー良いんじゃないですか、若さに期待しましょう。」なぁんて言ってもらえたけれど、今じゃその手は通用しなくなってしまった。


 心臓をバクバクいわせている中、自分の作品が読み上げられて、読み終わった直後みんなの目が「???」の形になり、「できればこの歌の批評に当てられることのないように・・・」という雰囲気が立ちこめる。運悪く当たっちゃった人は、しどろもどろになりながら「うーん、何を言いたいんでしょうねー。困ったな・・・」と言い、「想像ですが、」と善意の解釈をつけてくれる。みんなは、安心したように「成る程、だとしたらこういった表現も成り立ちますねー。」と頷くのだけれど、大抵その解釈とは全く違うところに作者(つまりあたし)の意図があったりする。こっちは内心、「んなわきゃねーだろ!!」と思っていたりするが、自分の過去を振り返ればやっぱり私が下手なのだろうと観念し、作者名があかされる前にあやまっちまう。「すいませーん、それ私でーす(汗)」

 例会のように十四、五人の歌会でもみっともないのに、年に一回「年次大会」というモノがあって、(子供が産まれてから出なくなって久しいが・・・)三百人からの前でこれをやってしまうので始末に負えない。まじめに歌に取り組んでいる人(私だって本当はそうなのだが・・・)は、そのまじめさ故に私が非常にふざけた奴だと見えるらしい。冷たく一言「全然ダメだね。」といってくれたりする。(涙!)

 最近は転勤とかの都合で全く出られなくなり、もっぱら投稿だけになってしまっている。しかし短歌は一生もの。そのうち歌会の方にも復帰して、あのスリルとサスペンスを味わいたいと思っているこのごろである。(ぜってーだな!?)



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