QJYつうしん 72号

     休日は山にいます     平成9年8月22日

 
秋の気配を花に求めて    比婆郡高野町 猿政山登山口

 

登山口周辺の植生

冷夏と言われた今年の夏、でも広島では普通か猛暑に近かったように思う。

秋の気配は例年なら深入山のキキョウとか芸北のウメバチソウで感じることが出来る。今回県境の深山「猿政山」に向かおうと思ったのは、春の大雨で一部道が崩れていると聞いたから。

行けるところまで行って、登山までしなくても登山口周辺の草花を見てこよう。

最近、山の上より登山口周辺の植生のすばらしさに出会うことが多く、ならば見直しをしてみようと考えたわけだ。同時に好きな山への道の状態も把握しておきたいものだ。

かわせみ市

比和町永原の青空市は国道に沿って東側にある小屋に開かれる。以前妻が買い物中に駐車スペースのブランコのある草むらを見ていると花期の終わった一本のシデシャジンを見つけたことがある。

今ならたくさんあるはず、と寄ってみた。

青空市は平日の今日は閉まっていたが、あるある、紫色の五本の紐のような花びらを付けて、土手の周囲に雑草のごとく。

この花自体そうめったに見られない。

ツルボやヤブラン、フシグロセンノウもちらほら。近辺を歩くとコボタンヅルの白い花がびっしり作業小屋のトタン屋根を覆っていた。

コスモスの苗があるところを見ると植栽に違いないが、ヒオウギの満開の花まで。

こうして、目的地までの寄り道でめったに見られない花を見ることができることに、オマケを貰ったような嬉しさを味わう。

牧場

牧草地だろうと思われるが人の気配が無いので自由な気分で入り込める場所がある。

 

適当に車を停めて周囲の散策。

そのわけはオオハンゴンソウが目についたから。初秋の青空に映える大型美人はもともと外来種らしいが高野町の気候が気に入ったらしく人の背丈以上に高く花を咲かせていた。

図鑑に分布は北方と書いてある。

草刈りのあとから生えたのだろうツルボやカワラナデシコも。

オトギリソウの並ぶ小道に沿って川まで行けば秋咲きのコリダリス(華曼草の仲間の学名総称)が見つかった。ナガミノツルキケマンだ、寂しそうに咲いていた。

少し先に車を進めると右手に赤いツリフネソウと黄色のキツリフネの群落がある。流れの音も耳に入る、水の好きな花達だ。和名は釣り船ではなく吊り舟のことだから、その姿をよく観察すること。良い名を付けたものだ。

キツリフネは閉鎖花のみ実を結ぶ、指で触ると勢い良くはじけ飛んだ。

あたりには夜のほうが元気のいいキカラスウリのレース編みの白い花が咲いていた。今はさすがに元気が無い。

植林地

猿政山への林道はどこの林道もそうであるように植林の作業道である。主要地方道と違ってちょっと土砂崩れがあると半年以上もそのままということもある。5月の大雨で道が痛んでいて尖った小石もごろごろ。ただでさえ轍が掘れて4WDでも底をこすり苦労する。

先程からオオハンゴンソウの小群落をいくつかやり過ごし、秋にはEカップブラジャーの実がたくさんつくマメ科のピンクの花、フジカンゾウの咲く林床を横目に慎重に車を進める。

赤いゲンノショウコが咲いている。

すると赤い実とオオカメノキを伸ばしたような葉の木が目に付いた。きっとあの木に違いない、と葉をちぎって匂いを確認してみる。

香ばしい葉の匂いは印象的だ、名はゴマギ、ゴマの香りのする大きな葉は覚え易い。

さらに車を進めると窓に紫色の独特の匂いの花が現れる。カリガネソウだ。マルハナバチが蜜を吸うために花にとまると、か細い花柄を大きく折り曲げてびよんと花が首をかしげる。遠くから見るとあちこちで花がお辞儀をしている。

まるでワルツを踊っているよう。

形の面白さ、色、動きでも楽しめる不思議な植物。ここまででも相当珍しい植生に大満足。

あたりには、色なら負けないフシグロセンノウが元気良く咲く。谷の向こう側でもこの味わい深いオレンジ色はすぐに目につく。

車を下りてもうすこし探索を続けるとこれまたちょっと珍しいナベナの群落、マツムシソウの唯一の仲間だ。人の背丈ほど伸びて威勢がいい。

大柄美人のシシウドやマイクロAカップ「ネズミノブラジャー」の実をつける、ヌスビトハギも多いぞ。

この時期珍しくも何とも無いイタドリやアカソ、イラクサ類は当然無視されてしまう、ここでイタドリの語源を解説すれば「痛み取り」からきた名前であることに言及しなければならない。薬草だったのだ。全国で、いや県内でもタジナ、カッポン、コンコン、スカンポなど多くの地方名を持つのは、少なくとも「利用」された植物だから。

登山口近く

適当に車を置き、少しでも歩く方が花は楽しめる。陽が射すと暑いが、やはり県北、風が涼しい。

流れは清く、水はそのまま飲めそうだ。

じっと沈んだ岩を見ると小さなヤゴ(トビゲラらしい)がへばりついている。

はだしになって涼をとると都会の暑さを忘れ、仕事のことなどきれいに忘れられる。

もっとも最奥に軽トラが置いてあり、遠くチェーンソーの音が聞こえるので安心だが。

前方にはゴトウヅル(ツルアジサイ)の終りかけた白い花。まっすぐ伸びた大木は何だろうと見れば、ブナが大きく聳え立っていた。それくらいここは標高が高いのか。

ぼんやり流れを見ていると雌のクワガタが流れに飛び込むのを見てしまった。自殺だろうか、それとも、それほど暑いのか?

チョウトンボやアキアカネも多い。

食事のあとは猿政山への登山口の山道を散策する。春の楽しみ、タラノキが足元に恐いくらい多いしイバラもある。

アケボノソウがあと2週間か。

フシグロセンノウはどんなに遠くても目に付き易い。じっと草原を探すと同じナデシコ科、フシグロが咲いていた。目立たない花だがあまり低地では見られない。

オトコエシが群落を作っている、あれ、そう言えばオミナエシは見えないぞ。もしあれば混雑種のオトコオミナエシが見られたのに。

ちなみにオミナエシ(女郎花)は女飯から変化した呼び名と言われる。女の飯すなわち黄色い粟に似ていると言ういわれ。当然男飯は白い米のこと、植物の名の男尊女卑。

ここにもアキアカネが低く飛ぶ。

頭や肩に平気で羽を休める。


{編集後記}

ドイツの作家ミヒャエル・エンデの作品「モモ」の話を58号の編集後記で書いた。先日、友人が出演する演劇「果てしない物語」を観るためにアステールプラザへ出かける。エンデの代表作、映画にもなった「ネバーエンディングストーリー」だ。

ここで偶然隣り合わせた安浦の半田さんご夫婦、観察会の常連だ。昨年、野呂山で出合って自然観察会に入ってこられた。

いつも感じる、人と人との縁の不思議さ、世間は狭いと言えばそれまでか。自然と接していて、人との関わりの面白さにまるで酔ってしまいそう。

それより、一緒だったのが女房で良かった。