QJYつうしん106号

        休日は山にいます     1998/7/17

メルヘンの里の自慢の山 ホツツジの咲く   岡山県真庭郡新庄村 毛無山(1218m)


がいせん桜

  毛無山と書いて正式名「ケナシガセン」と読む。


正式名は意外に知られていない。でも毛無山は有名である。

何とも不思議な現象だが、遠方の山好きの人達の間で最近もてはやされる山である。その訳は展望の良さ、ブナの林、水の豊かさ。

山陰での仕事の合間にちょっと寄って見ることとした。丁度次の日曜日が山開き・毛無山まつりの日である。道順は新庄村役場から案内標識が簡単に導いてくれるから、まず迷うことは無い。

道の駅・メルヘンの里新庄で昼食の準備をしようとしたら、お土産物しか無いので商店街の農協ストアに行ってくれ、と言う。新庄の売り物「がいせん桜」の並木道のことだ。春なら素晴らしい桜並木が訪れる人を喜ばせる。ここは出雲街道の宿場町、農協はその中心部の脇本陣の前にある。

パンと牛乳を仕入れ、脇本陣の前の流れの中に囲いがあって、鯉を飼っているのでちょっと見学してみよう。津和野の町並みを思い出させる演出だ。しかし、この囲いの中にはなんとオオサンショウウオが入っていた。それも元気良くパシャパシャと泳いでいたからびっくり。普通はじっとして動かない印象があるがじっくり観察できた。

モミジの葉のような可愛い手やゴマつぶのような小さな目、オオサンショウウオも清流の中ではとても新鮮に見える。

不動滝から毛無山山の家

最初に現れるポイントは不動滝だ。女滝と男滝があり、真夏にはもってこいの寄り道となる。道路端から見える女滝は流れを二手に分けた静かな滝、その100m上流の豪快な男滝は落差40m、水しぶきをあげて、見ているだけでとても涼しい。

あたりはサンインスミレサイシンの大きな夏葉が残り、樹木ではカツラやエゴノキが水辺を飾る。

map

男滝はさらに車を走らせても上から見下ろすことも出来る。その場所はお堂があって、山道の安全をお願いしておこう。

やがて戸数十戸ばかりの田浪(たなみ)集落があり、目指す「毛無山山の家」はすぐそこだ。

その手前の民家の脇に珍しい木が立っていた。キササゲだ。丁度花の時期で長くて青い実になっているものもありとても印象的。一度見たら忘れられない木だろう。

周囲にはネジバナが点々と咲いている。

10年以上前から「メルヘンの里」が歌い文句の新庄村はとても元気のいい自治体だという印象がある。その村の新しい活力がここ「山の家」。土日には無料開放され、トイレや毛無山の登山基地として便利な建物だ。

今はすぐ先で車両通行止めとなっているため、ここに車を置かざるを得ない。

清流の山歩き

オオカメノキの赤い実やコシアブラの花火のような花を見ながら歩き始める。

ヒノキ林の下はシイタケを栽培している。オタカラコウの大きな葉は秋の山歩きのポイントとなるだろう。ヤマアジサイも多い。その中で特に目立つのがテンニンソウだろう。まだほんの蕾の小さな穂を付けているだけだが、これが花の盛りには素晴らしい山道となること請け合い。

余談だが、広辞苑によると、天人の着る羽衣はもともとボロボロなのだそうだ。そう言えばテンニンソウやミカエリソウは良く虫食いの被害に遭っている。今の時点でも相当穴明き状態だ。

虫こぶ状態のマタタビが早くも青い実をつけていた。ノブキ、アカソやキツネノボタンもある。

ヒノキがスギに代わると、やっと山道に差し掛かる。岡山県の看板があり「自然を大切に」、新庄村の看板は「ここの正式名、ケナシガセン」とふりがなを付けている。そして、草刈りがしてあるのは、明後日のイベント「毛無山まつり」の準備だろう。

いきなり三合目

このあたりの山は「合目」表示が良く行き届いているが、いきなり三合目から始まった。

昼なお暗い植林道で、やや不満だ。山道は広いが丁度小雨がぱらついて来た。ブナ、ミズナラも顔を出す。大きな岩もありクロモジ、ヤマボウシも混じる。雰囲気は丁度「大万木山」のようだ。

四合目では大きなカエルの歓迎を受ける。珍しい植物は無いがハエドクソウが咲き始めていた。岩から育つイタヤカエデ。トチノキは丸い実を落としていた。

五合目では休憩したくなるが、もう少し上に登ると丸木のベンチが用意してある。

チマキザサが目に付くようになると、流れに沿って歩いていることに気づく。それにしても水の多い山だ。全国水源の森百選のひとつ。

六合目ではダイコンソウがまだ咲いている。何故か間違えそうも無い場所で、「毛無山→」の看板、うーん不思議。道も山道らしくなり針葉樹もいつのまにか広葉樹に代わろうとしている。

そんな中で数株のヒナノウスツボが目に付いた。今咲き始めた感じ。葉にさわるとゴマの香りが強烈だ。

七合目ではナツツバキの白い花が道に落ちていた。広い山道に戻るが水とはお別れだ。

ブナは確かに多いぞ。もう植林地帯では無い。

ミズナラ、ブナ、ヤマアジサイに大きな岩。

人の多く入る山にしては道が掘れていないので歩きやすい。ホトトギスやカッコウの鳴き声。

1uの区画に実生のブナを保護し観察しているような形跡もある。

八合目にはチゴユリの実、オオバノヨツバムグラらしき花。空が明るく近づいてきた。

九合目にはちょっと荒れた休憩所がある。

ヤマジノホトトギスが今を盛りに咲いていた。視界が開けるあたりにはホツツジの群落だ。ヤマツツジがまだ咲いている。アカモノの赤い実を口に入れスノキの黒い実も戴く。

アカトンボの舞う山頂はオトギリソウが多いぞ。

登りはじめて二時間もかけてしまったが成る程楽しい山だ。特にブナの林は一級品。

山頂ではゆっくりしようよ

山頂手前の岩陰に小さな祠が作ってあり、木彫りの不動明王が鎮座される。

頂上には山名を記した方位案内盤があって嬉しい。問題はガスがかかって本日の利用価値が無いことだが。

それでも食事と休憩をしていたら、ガスが急に消えるタイミングがあることに気づいた。そうか、しばらく待てば良くなるぞ。

そのとおりで、まず車を置いた「山の家」が眼下に見えてきた。こうして俯瞰が出来る山をかつて知らない。すっきりした形の山である証拠だ。

そのうち北の方向も見え始める。天気が徐々に回復しているのは天気予報でも分かっていたが、もう下山しなければならないのが残念。

でも山のガスはこうして諦めずに少しは待って見れば良いことがあるものだ。

下山すると「山の家」では日曜日の準備が始まっていた。大きな竹を使って「そうめん流し」もあるのだろう。水のきれいな山だからこそのイベントだ。若い職員が大勢忙しく働いている。

見上げれば先程いた山頂が見える。

さて、毛無山とはどういう意味だろう。ちっともハゲ山では無いのに。

広島県でも多いこの名前の山はだいたい「たたら製鉄」に縁がある。材木を切り出した山はその大量伐採からハゲ山、つまり「木無し山」になり「毛無山」となったと思われる。ここ新庄一帯も渓流を利用した「カンナ流し」で砂鉄を採ったそうだ。

現代ではどの毛無山も毛有山に回復したが、往時を偲んで山歩きをしてみるのも一興であろう。