QJYつうしん 114号

         平成10年10月3日       休日は山にいます

秋風にたなびくススキの穂・リンドウの咲く

       広島県芸北町 雲月山(912m)

 

草焼きの山

  雲月山 うづきやま・うづつきやまなどいくつか読みがあるらしいが今では「うんげつさん」で通るらしい。なんだ、悩むことは無い。

毎年4月第3日曜日は草焼きが行われる。だからワラビなど生えてくるのは5月下旬になる。

県北の山々の遅い春は想像以上だ。全山芝生の女性的な山容はこの草焼きによる。しかし雲月山の特徴は秋のススキの原の、風になびく光景では無かろうか。

今日は秋晴れの休日、ススキの穂の揺れるこの山を歩いてみよう。明後日は十五夜。

登山前の楽しみ

戸河内ICを下りて役場の前では、あの有名な「おっぱい山」が待っているが、それより手前のガソリンスタンド前に、しゃれたログハウスのパン屋さんがある。いつもここの前を通る時はまだ開店していないのが残念だが、出来立ての無添加手づくりパンの店として最近はつとに有名。

今朝は熊野町のお嬢さんを待って出かけたので少し遅れて、丁度9時半にここに到着した。これなら開いている。

いろいろ買い込んだパンやクッキーは今日の登山前に全部食べてしまうこととなったが、一番最初に口に入ったのが、今出来立てで運ばれて来た焼きリンゴ入りのあつあつパン。店の前の車の中で腹の中におさまってしまった。

暖かいのではなく、熱いパンを戴けるなんて、嬉しい限り。それにとても安い。

戸河内町土居 手造りパンの店「安気」あんき 08262-8-2629

雲月山に向かうにはR191、松原の郵便局前を通る。この道はクリの多い場所、今年はちょっと実りが早かったようでイガしか落ちていなかった。

しかし道沿いにアキチョウジの大群落だ。見上げるとヤマノイモのムカゴがぶら下がる。

しばらく先にはとリンゴの直売所。小さめのリンゴは「めぐみ」と言う品種でとてもおいしい。昔の国光や紅玉に近い。

登山口周辺

県道114は相当道が広がっている、土橋地区あたりで細い道になると、サラシナショウマやアキチョウジ、キバナアキギリに混じってトリカブトも車窓から見えた。

寄り道ばかりしていて登山口ではもう11時だ。

県境近くの登山口から登るのだが、車を置くのは手前の小さな駐車場、あづまやの下だ。帰路はここに出る予定。トイレもここのほうがきれいだ。当然、舗装道路沿いに始めは歩く事となる。

ヤマハッカ、シラヤマギク、アキノキリンソウが咲き乱れる。一本だけカワラナデシコ、ヒヨドリバナも。水の出ている場所もあり、植生を保持しているのだろう。

目を上げれば一面のススキの原。

もっと風があっても良かったのに。青い空がとてもいい。この光景だけでも十分満足する。登山口には豊かな水、なおも続くススキの穂。所々に赤紫のヤマラッキョウが首をのばす。

空にはもうそろそろ帰らなければならないイワツバメの一群が、忙しそうに円弧を描いていた。

右手に芸北町のマークをかたどった植林、県境を越えてしばらくは、日本のハーブ「ナギナタコウジュ」の大群落がある。今年も健在だった。ちなみに葉を少し戴いてハーブティーにしてみた。お風呂に入れての薬草風呂も有名だ、筋肉痛などに薬効効果があると言う。ここは満開のミゾソバや大きなオタカラコウも素晴らしい。これらを見るのもひとつの楽しみだ。

ノコンギクやフシグロセンノウの鮮やかな朱色の残花まで確認して、さあ登りはじめよう。

岩座山(いわくらやま)と高山

この二つのピークは見かけは相当な急坂だが、距離はたいしたことなく、展望の良い場所なので是非登ることを薦める。

センブリが可愛らしく山道を飾る。ノダケやツリガネニンジンも残り、モリアザミやフシグロが、終わってしまったマルバハギと共に「この土日で終わりよ。」と、淋しく立つ。

歩行中にガサッと音がした方を見ると、草むらのハンター、オオカマキリがバッタを捕らえたところだった。こんなもんかな?と首をかしげる仕草。考える虫カマキリ。ちょっと考える虫はアリ。アリ?

 

 

オミナエシやウメバチソウが多い、ムラサキセンブリも一本。ヤマラッキョウは今が盛り。

振り返ると植林の芸北町マークが青空に映える。頂上にはベンチが二つ、東に見えるスキー場はサイオトつまり高杉山(1149)、左は天狗石山(1192)手前に一兵山家山(952)の中野冠山塊。

県境尾根に沿ってカラマツ林が続く。

下り道は滑りやすくて危ない、分かっていて滑ってしまった。この山で杖は要らないだろうとタカをくくっていたのがまずかった。道の両側にリンドウが咲いているものだから、どうしても中央を歩いてやりたいのだ。

マツムシソウの優しい紫とリンドウの濃い紫はとても対照的。白いウメバチソウとそのつぼみのシラタマダンゴが可愛い。

楽な山歩き

この二つ目のピークにもベンチを置いて欲しいものだ。

生まれながらのドライフラワー、ハバヤマボクチが咲く、咲き終わった、と言ってもいいくらい暗い花。そして、下り道は意外とブッシュが邪魔をする。そう、草刈りがなされていない。これは驚いた。何度もこの山の秋の山歩きを経験しているが、草刈りされていないのは初めてだ。

お陰でリンドウがススキをかき分けなければ見えないぞ。ホソバシュロソウ、ホクチアザミがかろうじて確認できた。ヤマラッキョウは仕方なく首を伸ばして咲いている。

下ってから雲月山へは非常に楽なハイキングロードだ。ヤブコギさせられるとは思わなかったが。

頭の上をアカトンボが舞う。

右手にクロマツ林やカシワの木があったり、左にキュウシュウコゴメグサの草原があったり、それほど変わってはいないが、昨年よりは花が終わっている感じ。

相変わらず快晴の空の下、秋風も時折優しく吹いて、もっともっとゆっくり歩いて行きたくなる。余り早く頂上へ着くのがもったいないのだ。そこで何度も草原に出ておいしい空気を吸うこととする。足元にはマツムシソウやシラヤマギク、ウメバチソウ。色のあせはじめたオミナエシやノダケ。

この日の登山客は車の台数で10台くらい。

山頂にはカメラを持った夫婦が一組おられた。そう言えば今日のメンバーは全員カメラを持っている。青い空と白いススキの穂、これを撮らなくてどうする、と言った光景だから。

遅い昼食は「安気」で買い込んだパンのお陰で十分持ったようだ。山では決まった時間に食事をする必要は無いと思う。疲れたと思ったら、何かを口に入れれば良い。「我慢」や「無理」をすることほど不自然な事は無いのだ。

大人になっても買い食いって楽しいね。

帰路は岩座山や高山を通らず巻き道ルートで車の待つ場所まで歩く。何故かいつも同じ場所でマムシを見るのはご愛敬か。


{編集後記}

先日亡くなった黒沢明監督の映画と言えば、「デルスウザーラ」が忘れられない。アルセーニエフの同名小説の映画化だ。ロシアの山中を行軍する兵士の道案内を仕事とするデルスの野生的な判断、例えば、兵士が撃った銃声の響きで大雨を予測する。

地道に守ろうとする昔からの言い伝えは、自然の脅威に逆らってはいけないことを物語る。

デルスは決して自然を敵にまわそうとしない。

人間がとてもちっぽけに見える素晴らしい映画。