QJYつうしん 115号 1998年10月23日

休日は山にいます

静けさが鬼の棲家にしみる山 広島県佐伯郡佐伯町 鬼ヶ城山(1031m)

雨の日のトレーニング

朝からどんよりとした重苦しい天気。一日降るらしい。時節柄、紅葉の季節であるが、今日の山歩きは展望も含め、期待するものは無いのか?

先般の石鎚山の遭難事故は下山時の道を誤ったことで起きている。本日のターゲット「鬼ヶ城山」はあまり人の入らない山として有名だ。本当は自然あふれる良い山なのだが、登山路も多く、踏み跡もはっきりしないので、こんな陽射しの無い天候では迷いやすい山の代表だろう。何しろ1000mを超える山なのだ。

それでも秋の落ち葉を踏みながらの山歩きを期待して、また深山の霊気に満ちた自然林の散歩を楽しんでみよう。

R186を佐伯町から吉和方面に向かうと、佐伯町のスパ羅漢の先10キロくらいに飯山地区がある。国道に「滝本ヨシエ宅500m」と表示があって、これは一体何か?と不思議に思う人も多いはず。これは道路情報の連絡先になっている人のことで、雪道の情報など今では電光掲示で自動的に出されるが、昔から委託された人が取りまとめていたなごりでもある。

さて、この滝本さん宅方面に左折すると、祭りの旗の掲げてある「河内神社」はすぐに見つかる。

車をここに停めて歩くのが良いだろう。

2年前にも奥まで車で入ろうとして、結局ずっとバックさせられたことがあるから。

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登山口まで

河内神社の名物は「大杉」。そして鳥居の左右に立つ若いイチョウの木の色付き具合は、この時期にしてはイマイチのようだ。

10時に歩き始める。田舎道を歩くのは本当に好き。何かハプニングが無いか期待してしまう。

神社の脇を流れる水のきれいなこと。セリが多い。最初の角を左に曲がると、あとは一本道だ。

ノコンギクのうす紫の花があぜ道を飾る。イヌタデやミゾソバはちょっと鮮やかさを失っているようだ。アキノキリンソウの黄色い花はまだ健在。ボタンヅルやツリフネソウも少しばかり残っていた。

ススキやチカラシバの舗装道が終わりオオバコの山道になるとスギの植林の中に導かれる。

このあたりにも車を置けないこともないが、個人所有の土地では無いかと思われるので遠慮したほうが無難。

セリ、ノブキ、アキチョウジがすべて終わって、ここでは晩秋の風情だ。出発して15分ほどで道が二股に分かれるが、ここは左のルートを選ぶ。

これからずっとスギとヒノキのまったく面白くない道。それでもコアジサイやクサアジサイ、アケボノソウ、オカトラノオなどが夏には咲いていただろう。林床の植生はただものでは無い。

かつてはここはシロモジの群落で占められていたのだろう。幼木が所々で見られる。

ノコンギクの紫とスギヒラタケの白い妖精が何やらメルヘンの世界に誘ってくれるようだ。バイクでもここまでは入って来られるが北九州の「歩け歩け協会」の標識がいよいよもっと面白くない植林道へ誘ってくれる。出発から30分だ。

ただ晴天でも陽射しをさえぎるスギ林のお陰で雨がほとんど降りかからない。

フタリシズカやホウチャクソウの名残り、シロモジ、クロモジの幼木。15分はスギ、ヒノキの山道を我慢して歩く。行きついた場所はクリの実がたくさん落ちていた。

自然林の山歩き

先程の「歩け歩け協会」の標識が左方面への山道を指している。やっと自然林の山歩きが出来るぞ。

但し、直登の急坂がごくろうさんと待っていた。

しかしここからがこの山の魅力。足元には枯れ葉が積もり、さくさくとそれを踏みながらの楽しい山歩きだ。

ウラジロノキ、ヤマモミジ、コアジサイ、サワフタギと魅力ある樹木が揃う。アカマツやカヤの大木も天を突く。これからは赤テープに注意しながら登る。もっとも登りでは道を間違えることはまず有り得ない。だから下る時に間違えないよう意識しておく必要があるのだ。それは、振り返って景色を覚えておいたり、間違えそうな場所を記憶しておいたり、とただ漫然と歩いてはいけないと言うこと。

1000m級の山でありながら、人の少ない鬼ヶ城山は山道がまったく裸地になっていないので、道を誤まりやすい。

ひとつのポイントである大岩のある場所に出た。

どうやらこの光景が「鬼」の棲む山の名の由来らしい。大岩をじっくり眺めれば、いかにも鬼が支配していたように見えるから不思議。

大岩から5m上の地面にはイチヤクソウ群落の咲いたあともあった。黄葉したチゴユリも多いぞ。童話の世界にいるようなベニテングタケ風の紅色キノコ、ラッパタケの仲間のシロアンズタケ、ナメタケらしきキノコ。種類は豊富。

クヌギやミズナラが多くなる。シロモジは一番多いが、葉が良く似たダンコウバイと並んで立っている場所もある。アベマキ、ネジキ、ウリハダカエデ、コナラやクリも。

いきなり山頂が

先程までの植林の味気無さはすっかり消えて、これほど豊かな自然林の中を歩ける嬉しさにうきうきしてくる。一本一本の樹木が個性的で自然あふれる雑木林だ。

リョウブが目立ってくると、胸までの高さのササのヤブコギが始まる。空が見えているから山頂はあと50mだ。このあたりがトレーニングになる場所だ。帰路で道に迷うのは覚えようという意識の無い山頂付近。今日は特に太陽が見えないから、似通ったササハラで下り口を間違える。

三等三角点の山頂は隣の冠山さえ見えずがっかりだが、本来は展望の良い山。雨をしのぐ高木も無いのでそそくさと引き上げよう。

アセビ、シロモジ、ヤマモミジともっと確認しておきたい植生は名残惜しいが身体が冷たい。早く下りて温泉に入ろっと。

吉和の秘湯

さてどの温泉に入ろうか。羅漢から筒賀までたくさん温泉施設があることはQJY26号でお知らせした通り。今日はちょっとした秘湯があるのでそれをこっそり教えよう。

吉和村役場を過ぎて細見谷方面へ向かうと有名な「クヴェーレ吉和」、「住建美術館」もあり人気の場所だ。しかしこんな高い温泉は性に合わない。おすすめはその前にある「湯の川温泉・瀬戸の淵、湯元こだま」。児玉きよこさん経営のお風呂だ。

小さな岩風呂で、宿泊さえ不可。十方山の帰りに寄ってくれる客がお得意さんというお風呂。

雑貨屋も兼ねている。震えながら入っていくと、「今日は誰も来ないと思ったの。」と、これから湧かすと言う。児玉さんは洋風でおしゃれなおばあちゃんで、部屋に通してくれてお菓子とルイボスティーなる紅茶を出してくれた。

お風呂はひとつしか無いからカップルだと混浴になってしまう。部屋でおばあちゃんと吉和村の話を聞かせてもらった。この近辺でも酸性雨の被害があることなど、なかなか説得力のあるお話が聞ける。 湯元こだま 0829-77-2303 ¥600−

電話を入れておけば、湧かして待っていてくれる。帰りは手を振って見送ってくれた。


[編集後記]

尾道市社会福祉協議会の依頼で市民大学講座の講師をした。500人以上の聴取者の前でしゃべるのは初めてだったが、幸い視力が弱いため人を意識せず前に立つことが出来た。

山の話より花の写真のほうが観客の反応が良かったようだ。必ずいるのが前に座ってメモをとる人、面白い話や意外な話では大きなどよめきが。

人前で話すことの楽しさがやっと3回目で分かって来たぞ。