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そこで習うためには、生きた情報というか、貴方はじめ他人の体験が生きた教科書となります。

普通の庶民である私がそれを知ることが大事だと思います。それ痛感したのはヒバク体験記憶にであった時でした。 そしてフクシマです。まごです。なかまです どちらも私が被爆者や福島避難者に替わることができませんが、ひとごと・た人事、ではありません。 わたしごと、にしないと、大事な孫、目の前の未来の世代につたえられない。
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他人事


奇跡的に救出された 柴犬コロの物語   10回連載第6回目

絵:辻間
写真など:渡辺
文、取材:高橋
情報提供:避難者千代田ほか

コロ

誰が見るのか 双葉駅前道路にかかげる原発PR大看板。
標語の作者は、「原子力明るい未来」を「暗い未来のエネルギー」にかえた。

ほんとだよ!


コロ     コロ
JR双葉駅舎 乗客も、駅員もいない。列車も来ない駅。
3.11で止まったまま。自動が1台も通らない道に面して4年。
僕だっていやだ。


福島

こんな中もさ迷い歩いた。
僕等犬の人権、いや犬権の、すべてが奪われた。
仲間はケンケンと訴えてて死んでいった。


コロ



駅前商店街にある美容室の時計は「午後2時46分」で止まった。駅舎は 解体され、跡形もない。線路は夏草に覆われ、さびついている。
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福島


わけても史上はじめての最悪であった、3連続の水素爆発が第1原発におこり爆発はレベル7に最悪の事態下であった。 ところが日本国内には政府は単に 事象3で直ちに影響は無いと連日報道し数ヶ月たってからやっと、レヴェル7に修正した。 世界で有数の火山・地震地帯であるとともに、原発54基の原発大国の日本。東日本の大震災は地震・津波・原発事故の複合被災として重大です。 その後政府はフクシマの終息宣言を出し、放射線は統制していると国際的公約をしてオリンピックを日本に引っ張り、フクシマの報道がすくなくなっています、 4年たち、「フクシマを無いものとしてすすめる自民党政治に批判の記者会見をした河野太郎自民議員などによって、おかしいときづく庶民がふえています。 The Big Pictureは貴重です。 事実を直視し続けることが日本の私たちにもとめられています。外国では紹介されたThe Big Pictureみてよ-くかんがえたい。   知人から情報を得たのでみてください。

3月18日
http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_one_week_later.html
3月17日
http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_hopes_fade_for_finding_m.html
3月16日
http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_continuing_crisis.html
3月15日
http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_-_new_fears_as_the_trage.html
3月14日
http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_-_vast_devastation.html
3月12日
http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_earthquake_aftermath.html
3月11日
http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/massive_earthquake_hits_japan.html






私は7月双葉町から、千葉に避難されているTさんのすまいだった集落につれていってもらいました。 写真をご覧ください、その集落内で放射線を測定したところ、測定針は振り切れた。振り切れた数値は999.99μSV/hであった。 政府基準0.23μSV/hの100倍を示す数値に仰天しました。

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放射能




佐藤紫華子さん「原発難民の詩」より


       原発難民の詩


こいのぼりの子等はどうなったのか、引き返しカメラにおさめた。のちに津波でなくなった子らときいた。

南相馬

  その後、学校給食センターにわずかな野菜を届けた。 教育委員会の給食担当のひとたちに手を合わせて感謝されたが、 自分の家が流され、家族がばらばらになって戻っていた。そんななか、 彼女たちは避難からくる子等、できなかった児童、生徒のための 想像を超える献身をしていた。以来、毎月1回、57回支援物資を 届けている。学校給食が落ち着いた後は、小高の仮説住宅に行っている。 写真はカンパを集めるための南相馬の報告。 JR四街道で撒くちらしです。仲間の手によるちらしを紹介します。
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奇跡的に救出された 柴犬コロの物語   10回連載第5回目
絵:辻間
写真など:渡辺
文、取材:高橋
情報提供:避難者千代田ほか

  信ちゃんたちをずーと探し回ったよ。 さびしかった、ひもじかった。 しばらく家の周りで信ちゃんたちがかえってくるのを待っていた。 それから街中や瓦礫の中さまよったんだ。ひもじかった。 それにさびしかった。だから置いてきぼりの犬仲間と群れあった。 えさを分け合ったんだ。ほんとだよ。でも力尽きて双葉町の千数百の犬仲間がさまよい、やがてそのおおくは死んでしまった。 3・11の3日前に生まれたうちのヤギ3頭はせんべいのようになって死んだというじゃないか。信ちゃんがみたそうだ。・・・猫のミーちゃんはどこかに行っちゃった、どうしているかなー。 双葉の猫はみんな死んだというし。僕の家にはいなかったけど双葉郡全域の 牛3000頭、豚は殺された。 放浪する牛、ひもじくて柵の木をかじって死んでいる牛も見たよ。 ここ双葉のまちで、人間だって逃げ遅れて取り残された老夫妻が餓死していた。あとで発見されたんだ。かわいそうに。 隣町の南相馬には、お墓に避難所を求めて自害したおばあさんもいたときいたよ。どうしてこんなことになったのか。僕、犬だからわからない。教えて ・・・




奇跡的に救出された 柴犬コロの物語   10回連載第4回目
絵:辻間
写真など:渡辺
文、取材:高橋
情報提供:避難者千代田ほか

  田は大揺れ・・・突然田から泥水が吹き上げ液状状態になった。信ちゃんはのたうち 奥さんは木にしがみついたまま。 長い揺れがおさまるや信ちゃんとおばあちゃんは一緒の家族の安否を確認しました。 すぐに信ちゃんは浪江請戸に嫁いだ娘とその家族が心配になりました。・・・
そのとき娘婿は津波を避けるため沖合に漁船をだし、娘は子供(信ちゃんの孫)を迎えに学校へ自動車でむかいました。 津波は真後ろにせまってきました。渋滞の車をすてたどり着くと同時に、津波は学校をおそいました。間1髪、ヤットたすかったのです。
子供と一緒に浪江町の役場に避難・・・信ちゃんが孫たちの避難場所を確かめたときには夕闇が迫っていました。
信ちゃんは、日没・夕闇・道路陥没のため迎えにいけず、12日の朝をまって、海から離れたところにあるボスの家につれて戻ったときには、 部落はもう蛻(もぬけ)の殻でした。コロは2~3日で戻れるからと3mの鎖につながれ、取り残されてしまった。
・・しかし・・・・・・・
世界最悪レヴェル7・世界初・唯一の3連続水素爆発・広島原発500個分ともいわれる放射線放出。放射線の9割は西風で太平洋に  1割が内陸にむかったといわれる。このため第1原発から半径20キロ圏内の住民全員が避難、 信ちゃん家族がいた双葉町〔7000人〕浪江町〔21000人〕は3年後の今もゴーストタウン、人は住めない




奇跡的に救出された 柴犬コロの物語   10回連載第3回目
絵:辻間
写真など:渡辺
文、取材:高橋
情報提供:避難者千代田ほか

  ボクは福島第1原発から6キロ先にいました。信ちゃんは3月11日14・46分18秒田んぼにいたのです。 田は大揺れ・・・突然田から泥水が吹き上げ液状状態になった。信ちゃんはのたうち、奥さんは木にしがみついたまま。 長い揺れがおさまるや信ちゃんとおばあちゃんは一緒の家族の安否を確認しました。すぐに信ちゃんは浪江請戸に嫁いだ娘とその家族が心配になりました。・・・ そのとき娘婿は津波を避けるため沖合に漁船をだし、娘は子供(信ちゃんの孫)を迎えに学校へ自動車でむかいました。 津波は真後ろにせまってきました。渋滞の車をすてたどり着くと同時に、津波は学校をおそいました。間1髪、ヤットたすかったのです。 子供と一緒に浪江町の役場に避難・・・信ちゃんが孫たちの避難場所を確かめたときには夕闇が迫っていました。 信ちゃんは、日没・夕闇・道路陥没のため迎えにいけず、12日の朝をまって、海から離れたところにあるボスの家につれて戻ったときには、 部落はもう蛻(もぬけ)の殻でした。コロは2~3日で戻れるからと3mの鎖につながれ・"取り残されてしまった。  しかし ・・・

世界最悪レヴェル7・世界初・唯一の3連続水素爆発・広島原発500個分ともいわれる放射線放出。 放射線の9割は西風で太平洋に 1割が内陸にむかったといわれる。このため第1原発から半径20キロ圏内の住民全員が避難、 信ちゃん家族がいた双葉町〔7000人〕浪江町〔21000人〕は3年後の今もゴーストタウン、人は住めない。



無人の並木道


奇跡的に救出された 柴犬コロの物語   10回連載第2回目
絵:辻間
写真など:渡辺
文、取材:高橋
情報提供:避難者千代田ほか

まるで天国・・・それは、それはいいところでした、水は清きふるさと双葉町上羽鳥集落 

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奇跡的に救出された 柴犬コロの物語   10回連載第1回目
  これは信ちゃん家族のコロちゃんの物語です。コロちゃんは2011年3月12日に福島県第1原発6キロ周辺に取り残されたワンちゃんです。 ヤット信ちゃん家族と一緒になれたのは2013年10月13日、2年半後でした。コロの訴えに一緒に耳をかたむけませんか 

絵:辻間
写真など:渡辺
文、取材:高橋
情報提供:避難者千代田ほか

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最悪「東日本壊滅」
  東京新聞6月17日に記事掲載 全電源喪失  福島第1原発

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福島第一原発




四街道市に避難された千代田信一さんの故郷にはもはや帰りたくても戻れない。  
  千葉は第2の故郷にしなければ・・ 7代続いた故郷、仲間から突如切り離され、不安の中、学校にお孫さんが通うようになります。 お孫さんを連れて学校に通うちに道端に転がる無患子の朽ち行く実を見つけました。拾い集め 洗って、 干して下の写真のようにひとつひとつピンセットで小さな毛を丹念に取り出し、 いろいろ細工して笛やストラップ・腕輪になりました。孫が通う学校の生徒さんに笛を配りました。 子供たちは大喜びでした。それから2年余、四街道の全小中学校生あげました 。

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なぜフクシマか
フクシマを見なくて何の政治ですか ?
フクシマを忘れてどんな未来ですか ?
被災者の目を通してみた原発 。
被災地の様子が語る原発の本質

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平和を願って 平和を願う近しい方々

 日本では、広島長崎原爆のを感じ取るきかいを政治的に封じられました。それを許してきたことです。 そしてビキニを迎えました。またまた、久保山さんの「わたしをさいごにして!」の切なる願いを封じこめました。 極めることなく原子力の平和利用発電を許てしまいました、結果、フクシマの惨劇をまねいてしまいました。わたしの意見はこうです。
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駅前募金活動と福島の状況
福島の子供達 甲状腺がん 117名となる!
荒れ果てた田、畑、山をみるたびに、涙が・・・

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いまなお・・・ Still Now
4年過ぎた今も JR小高駅前は そのままです。
仮説住宅への支援が、いま、なお、つづいています。

支援の人たち 小高駅前