平和を願って  平和を願う近しい方々



 日本では、広島長崎原爆のいたみを感じ取るきかいを政治的に封じられました。それを許してきたことです。そしてビキニを迎えました。またまた、久保山さんの「わたしをさいごにして!」の切なる願いを封じこめました。極めることなく原子力の平和利用発電を許てしまいました、結果フクシマの惨劇をまねいてしまいました。 わたしの意見はこうです。 平和の運動は理不尽に命をいたみつけられた人々の「いたみ」を感じ取って、わが身と愛する人に置き換えてみる事を基本にすることではないか、と考えるようになりました。
いくつか私がかんじたこの3~4月の体験を述べます。


■3月26日の報道で、自民党では原子力政策調査会が開かれ、原発比率を福島以前にするという提案がされていました。委員の一人、河野太郎議員は会が終わって記者団に臨み「福島の事故は無かったことにするという経産省と電力会社に自民党が乗ってしまうのは許しがたい!」と語っています。河野太郎議員は父の河野洋平元自民党総裁に自分の肝臓を移植し、衆議院議長の生命を維持し慰安婦問題発言をかのうにしたのではないかと言われています。人の痛みを感じ取れるひとが原発再稼働の勢力に目を光らせていました。


よくアオギリの会のつどいにみえられるTさんのいつもの笑顔が印象的でした、3月14日になくなる直前に、私と話したいという氏の願いがあって4回おあいしました。なんとアオギリの会のイベントに参加したい意思を私に伝えたあと数日後になくなりました。ふきのとうの活動では笑顔が印象的でした、じつはスモン病の患者であり、認知症の奥さんを20年間見守ってきました。


■また、この間、吉永小百合さんの秘書の方にお会いしました、四街道まできてくれました。被爆について頼んだ文を持参して。吉永小百合さんは、被爆者の詩の朗読をされています。被爆者の切なる願いをからだに抱いて、多くの人の心に届くように語るのです。彼女は、千葉県内被爆者の体験記を34人から聞き取りを冊子にしたものに、色紙を寄せてくださいました。私も編集委員の一人として心がふるえました。冊子ができたのでおわけできます。ご覧下さい、 こう見てくると、確かにこの世には真心が生きている事がわかります。おかげで、私は、たくさんの手数と心数の中で生かされてきたのです。1日でも平和が生きるこの世で過ごしたい。


「私の我がまま」は「我儘」ではなくて、私の「アリノママ」のつもりです。アリノママの心で接したい、孫とも、笑顔の人たちとも。懐かし人たちともアリノママ語り合いたい、そして伝えあいたい、思った通りにはいきませんからほどほどにしていくしかないのですが。やってみてだめになったら、そのときでおしまい。

 そういった意味で、我ママ一番目は、特定難病疾患「封入対筋炎」の患者さんのこと。若い人がなったらたいへんだろうとおもうから。総人口に対して、1500人。1970年の指定難病から45年。ほとんど研究されていない事情が若い患者を取り囲んでいます。これではかわいそうすぎる。自分の立ち位置からの役割とおもっています。 二番目は フクシマ、ビキニ・ナガサキ、ヒロシマ、年寄りの平和責任。 三番目はいくらなんでもひどいな,理不尽で不条理なことに直面したらの場合どうしていくか。 人々の「いたみ」を感じ取って、わが身と、愛する人に置き換えてみる事を基本にすることで生きて行く。これも「我ママ」、「アリノママ」の生きかた。

 昨夜まで孫のところに行ってきました。77歳の誕生日、絵を書いてくれました。目の前の孫と、孫につながる世代こそ私の未来なのでしょう。人は夢と希望があって生きる、夢と希望を持つのもこれも我ママ(アリノママ)の行動ですね、・・・とすると平和をもとめるのも当たり前のこと。「我ママ」、「アリノママ」の生きかた。私は「我まま」私の「アリノママ」で平和をもとめる。

 ところが平和というと偏っている人たちのやること。というレッテルが貼られることがあります。これは困りものです。政治団体のやることだと。これは戦争(武器作り、原発含めて輸出することに利益を持つ政治や経済の本当の我儘を通すためだと私は思います。原爆も原発も確かに政治の問題です。決めるのも建設も廃炉も、政治抜きではありえないものでしょう。戦争がなかったら、広島ながさきへの原爆投下はなかった。政治を取り戻すことが命を守ることと感じて沖縄の人たちが立ち上がりました。私の命、あなたの命、つながる命、いのちを支える暮らし、に痛みを感じ取っていくことを通して本物になっていくと思います。

 私は有り難う。きれいだね。いいね。笑いながら・・・。

 福島の浜通りのふるさとを奪われた主婦、看護師、養蜂家、お寺の住職は日本の放射線汚染に対し前向きに向き合っています。当面、行って調べたい。学び伝えたいと思います。自分の立ち位置から。私の心の内では当たり前のこと「我まま」、「アリノママ」です。 特定難病疾患「封入対筋炎」患者という立ち位置からみれば、我儘なのか、我ママなのか、よーく考え、前向きに有りたいと思います。4月4日、6日修正





 
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