最悪「東日本壊滅」 
東京新聞6月17日に記事掲載
全電源喪失 福島第1原発




 「 東京電力第一原発の所長だった吉田昌郎は、政府事故調査・検証委員会の聴取に,事故がもたらす最悪の被害を『東日本壊滅』と述べている。吉田の想像した自体とは具体的にどのようなものだったのか。  2011年3月15日朝、第一原発2号機は原子炉格納容器が損傷する可能性が高まっていた。格納容器から大量の放射線物質が放出されると、周辺の放射線量が上昇し、第一原発を放電せざるを得なくなる。そうすれば4号機燃料プールの水が蒸発、使用済み核燃料が溶融して、放出される放射性物質はチェリノブイリ事後の何倍にもなる。  ここまでのイメージは原子力委員会委員長だった近藤俊介が事故後にまとめた『最悪のシナリオ』と同様だ。近藤の想定では第一原発から170キロ圏は住民の強制移転が必要となる。 だが、吉田の想像はそれを上回る。放出された放射能物質が12キロ南の第二原発に降り注ぎ、ようやく冷温停止にこぎつけた四基の原子炉も放出せざるを得なくなる、というものだった。以下本文 被害拡大回避は偶然  何故、回避できたのか。定期検査中だった4号機では、機器交換のため原子炉圧力容器とその上部に大量の水が張られていた。この水が偶然 燃料プールに流れ込んだ事で燃料がむき出しになる事態を免れたと見られる。  当時の首相管直人は取材に、事故の被害が今回の程度にとどまったコトは偶然だったと指摘する。 「神のご加護としか表現のしようがないんだけれども,ある種の幸運が偶然も重なった。現場が頑張ってくれた事と、その療法があってぎりぎり5000万人の避難という所まで行かなかったと思っています。」  事故から3年半の2014年九月、九州電力川内原発で1,2号機が新たな規制基準に適合する事が正式に認められた。原子力規制委員会の委員長、 田中俊一は、基準に適合した原発であっても、絶対に事故がおきないと保障したわけではないとの見解を示した。  大津波や長期間の電源喪失など、可能性が低いとされたリスクを無視し、第一原発事故はおきた。教訓の一つは、どんなに可能性が低くても想定外の事態は必ず起きるという事だ。原発が存在する限り、最悪の事態が現実となる可能性はゼロではない。そのリスクと、どう向き合うかが問われている。」





 
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