12月31日   いただいた贅沢な時間

打ち立てほやほやの  そば
自然薯の導きで
のどを心地よく通って行く
紅白の時間、クラシックをきいていた。
ベートウベン作曲田園第3楽章 16歳。ショパン作曲マズルカ
11歳。ともに孫の演奏CD,
ついでテレビでブラームスの交響曲、こちらはほんもの
長男と受験生の孫K、Sから電話と電子メールあり、老妻と聞き・のぞき見る
そして年越しそば

私の笑胃

暮れなずむ頃  Tさんが手製のそばもってきてくれた
福島の避難者・受難者  TSさん・自然薯かかえて玄関口に
持ち人知らず  玄関にぶら下がり大根5本があって

兄から     つきたての餅・手製の野菜たちが
姉から     砂糖を控えた、あんこ・と煮物と塩辛と
50年来の友の田舎住まいから  素性のある種からのいもと野菜と
長崎の友から  おでん蒲鉾が、山形の友から  リンゴが
多くの方から「いのち」たくさんいただいて
何という贅沢。なんという笑胃。絵に言えぬよろこび。


七草なづな  正月の贅沢な時間

正月の日々は快晴、久方ぶりに外気をあびに
10分の道のりを30分かけて山梨の谷津にたどり着く
振り向くと、つれあいがみえない
畔に隠れて、7草の若芽をとっていた
7日早朝
♪♪  七草なづな(凍土 唐土)の鳥が、日本の国に渡らぬうちに
ストトンストトン♪♪♪♪
無病息災・若芽で元気をつけようと、ストトンストトン土鍋で朝粥
ウマイ、デリ-シャス、ファンタスチック・
新芽の「いのち」いただく、生きる楽しみ・そっと添えて

年末の、正月の、たくさん心のおくりもの、何と、お返ししたらよいのやら・・・
すると
20年来畏敬する清水博先生から思いがけない「メール」がきていました。
「高橋さん、大切なことは、いただいた命だということです、だから大事にしてください。
あなたを訪ねます」・・・と
熟考の科学者・学究者にして哲学者の氏の人柄に親しみを持ってきましたが、その背景にある統体の見識に 惧れを抱いてもきました。いい加減な私でした。膨大な「生命」についての論究と先生の生き方の一端をちょっと でも触れて予後をよりよく生きるようにしたい。ありがとうございました。

病床に伏す被爆者市原憲二郎さんの新年のメールが
いま一人一人を訪ね、感謝をして歩きたい、でも、昨11月末、これこれしかじかの理由で、主治医は 「歩きは控えるように」と。そんなとき病床に伏す市原憲二郎さんの新年のメールが届いた。
氏は長崎で被爆されたかた、被爆障害で、長期診療入院、手術を繰り返しながら日本被団協代表理事であり 千葉県被爆者友愛会の事務局長を長く務め昨年、病気のためその任務を辞した方です。四街道アオギリの会員 として四街道で大きな役割をはたして来ました。四街道高校、四街道キリスト教会、核兵器廃絶四街道「平和と 文化のつどい」などで、さらに「千葉大医学生」や県下各地などで話されています。街頭にも立ちました。
アメリカのおおくの教会でもはなし感動をもってむかえられています。

私は氏の70年に及ぶ「心の叫び」をすこしでもうけとめたい。微力でも、ご一緒に次の世代に崩れない平和を 送るように努めたい。以下は氏のメールです・

高橋晴雄様 四街道アオギリの会さま

明けましておめでとう御座います
昨年は体調が優れず、昨年から入退院を三回も繰り返し皆さまにご心配ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありませんでした
私の座右の書に「剣を直し鋤として、槍を打ち直し鎌とする、国は国に向かって剣を上げずもはや戦うことを学ばない」と 、戦争の愚かさを説いている箇所があります。
日本国憲法9条は、前文にあるように諸国民の平和への思いに信義をおき、非戦を誓っています。 戦後70年を経た今、立憲主義をも踏みにじ歴史を戻すがごとき情勢に、戦争被害の被爆者としては病床にて安穏ともできず 、居たたまれぬ日々の思いです。今年は、一 日も早く動ける体にして、平和を作るために生きてゆきたいと思っています。

2016年 正月     市原憲二郎  

     
     
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