遊び心のひとりごと


8月1日午前11時 ベッドで寝たまま口で述べる。
そのまま傍らの連れ合いがパソコンに打ちこむ (ブラインドタッチ)。
私がゆっくりしゃべり終わると同時にパソコン入力が終わったようだ。 

後日開いてみたが内容は人様にはずかしい。
でも、そのままの方が私の本心というか心うちが入っているように思えた。

つづきは手首、指の調子を見て自分で書きうちたい。

人間は100%善人であることはない。
100%悪人であるということもない。
100%穏やかであることはない。
100%いじめてやろうという人もいない。

さて私の割合はどのくらいか?
何%だろうね?
病気してからだんだん「善意」のほうがが増えてきているように思う。
でも、いらだつことも増えてきている。思うように体、頭がうごかず、身近な人にイライラしたり、身近なことを忘れたり、それが却って心の傷になってうっとうしくなる。
でも、それもだんだん少なくなってきているように思える、認知のはじまりであってほしくない。

半ば寝たきりになってから、少しずつ、生きることの喜びを感ずるようになった。一層感ずるようになった。一つの例だが、連れ合いに体を拭いてもらった時のさっぱりした気持。
それはどんなものにも代えられない。朝、コトコトという音で目が覚めて、食事を作っている音を聞いただけで、のどからよだれが出る。食べるのは少量だけど、たべる喜びは、実際、腹をすかして食べた少年のころのあの感じだろうか。

友達が訪ねてくる。元職場の仲間や、友人など。話しているうちに、彼や彼女の日々、どんなに素晴らしいことをしているかということがわかってきて、かつての付き合いの時に、十分に見られなかったことが悔やまれる。同時にこれまでに彼達の内に秘めたる気もちに感動したり、時に涙も浮かぶ。なんであの時、あの場でもっと彼や彼女と良い顔で接してやれなかったのだろうか。

これから先、どれだけ生きられるかわからない。原因不明。不治、進行性の難病だから、急にか、あるいは緩慢にか命が尽きる日はかならずくる。これは私だけが例外ではない。生き物の宿命だ。
どれだけ生きられるかわからないけれど、よりよく生きたいと思う。心豊かに生きたいと思う。

朝、連れが廊下の窓を開ける。庭にいる鶯の声が飛び込んでくる。向こうの森からも聞こえてくる。左からも右からも聞こえてくる。あんな小さい体でよくないている。一生懸命、命をを謳歌しているかのようだ。やがて、蝉の声が聞こえてきた。蝉と鶯の共演だ。たくさんの小鳥の声も聞こえてくる。こんな幸せを78年の人生でじっくり味わっていただろうか。

孫が書いてくれた絵を見たり、ピアノの演奏を聴くと心の中がワーッとあったかくなる。
食事に合うと熱い牛乳がある。熱いほうじ茶の時もある。大好きな味噌汁、塩分がだんだん薄くなってくる味になじんできた。本当に味噌汁は美味しい。庭に咲く小さな草花の花が食卓に飾られている。パンに、いただいたインドの蜂蜜を付けて食べたり、ご飯に黄な粉をまぶして食べたり、目玉焼き、納豆、果物が添えられている。そういう贅沢な食卓はないだろう。

川越から送られてきた自家米、姉からの手料理、うまい。知人から送られてきた野菜、連れが取り寄せている黄身が壊れない卵、炊き立ての熱いご飯に卵をかけて半熟になった卵ごはんを口に含んだ時の喜び。本当においしい。
甥が送ってくれた東北の古今東北、甥がくれた音楽CD、子供から贈られたメガネ洗い機やコーヒー、かっこよい杖。

先週、元の職場の友人が61才、動脈瘤破裂で亡くなった、自覚症状なしだったという。喜寿を越した私より16歳若い、自分の命は大切だが、後に残された人の命はもっと大事、どうかあとに残された身内らが悲しむことがないように若い人はくれぐれも健康を大事にと切に思う。喜寿をすぎた私などは、生き物の天命。生命の循環順番にはいった。もう私の年代は退場の年頃。
だが、ちっとは頑張る、
若い仲間への期待を込めて。


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