「相互の寛容」が人々をつなぐキワード。ですよね

     
 氏の結婚披露宴の時友人代表の池さんが口火を切って、みんなで歌った。♪♪  
この替え歌を歌うと、みんなの爆笑誘う。夏ちゃんを春ちゃんでも、秋ちゃんと呼ぶのもいい。
 入協して1年目だった。45年ほど前です。夏ちゃんと愛称で呼ばれる先輩職員がいた「ハル君、君は自由とは必然の洞察だという意味が分かる?」ときた。彼は軍隊上りだ。お呼もない中国に進軍・侵略し、敵兵を捜索するため武装して行軍させられているときであった、突然首筋を鉄砲の弾丸が通った。振り向くと後ろについていた戦友がバタリと倒れた。自分をかすめた弾が当たった。自分の脇腹の水筒には穴が開いていた。九死に一生を得て助かったのだ。

 彼は復員してから平和主義になった。
敵も味方も殺す戦争をやめさせたい。そのためには人々の「自由」と「意志を持った行動」が大事だと思って勉強をしていたのだ。
そこで新米職員の私を捕まえて問うてきたのだ。私は字面だけだったが、「知っているよ」と答えた。
夏ちゃんの父君は左翼の取り締まりで有名な東京のある警察署の署長だったという。デモに日参する息子をどう見ていたのか。しかし彼の信念は堅かった。あれから45年、私も字面でなくて少しは勉強した。やがて氏が質問した有名なテーゼ「自由とは必然の洞察だという意味」に疑問を持った。(これはのちのち触れる)
いまでは「必然」を「必定」と勝手に置き換えて理解している。

 生き物は人も他の生物も死は「必定」だ。病気もついて回る。誰も逃れることはできない。
しかし人間は、草木や、虫や、山羊など生物・動物、と違って人は意思を持つ生き物です。反省したり、希望を持ったり、選択したり、旅行をしたり、本を読んだり、・お祝いしたり・愛し合ったりという個己人に備わった意志、意識で生きています。人間は素晴らしい生き物ですね。「必定」である「生死」を、よりよく生きる意志をもって心豊かにできる存在です。

私は10年前クモ膜下出血で命拾いし、6年前から不治・進行性・希少指定難病になりました。その体験から「生命・生活以上の価値はない」とつよく思えるようになりました。不可欠なのは仲間です。人は一人では生きることはできない。

 その意思が暴力や国家権力の理不尽によって抑圧されてはならない。自由とは守るべき意志を必要とするもっとも「人間らしさ」であることを先人の歴史と先輩から学べると思う。こころが震えます。
それにしても、無情で非条理な暴力で威嚇し追い詰める現実があります、多くの人が広島原爆で、福島の原発で、人災で、仕事場で悩んでいます。
仲間が不可欠です。人は一人だけでは生きていけない。家族や仲間とともにありたい。仲間がいれば楽しいし。笑いがあると自由な会話が湧出します
相互の寛容が人々をつなぐキワード。ですよね。その意思が暴力や国家権力の理不尽によって抑圧されてはならないという矜持があってこそ。

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