"さくらそう"だい好き。でもいまや絶滅危惧植物だとか。


     
 この春、我が家の鉢植えのサクラソウが見事だった。サクラソウに出会ったのは四街道に来てからだ。 四街道サクラソウの会の会長仲田さんの自宅を訪ねたとき、庭に案内されたときに始まる。四街道アオギリの会の「平和と文化の集い」の協力をお願いしに訪ねた時だった。

 さくらそうは江戸時代にはそこかしこにあったものだったという。江戸時代からつずく日本サクラソウを氏は250種、500鉢の種類をコツコツ育ててこられた。 目前の一つ一つ、名のついたサクラソウ、色、形、よりどりみどりだ、説明を聞き、じっと見ていると、"もってけ"と。 白と、赤と、紫を何度も頭を下げていただいた。何せ毎日500鉢に水やりをしているだけではない。"かぶわけ"も肥料を入れも、並でない日々のどりょくのたまもの、丁寧に育ててきた。その鉢を二つももらった。 その後駅前、イトーヨーカ堂、公民館などの展示会があるとき"つれ"と出かけて行った。仲田さんは平和の集いに参加してくれた。出展者は氏であった。開拓農民である。" 花"をたしなむ人は平和がふさわしい。氏が亡くなってかもうら2年が過ぎた。彼の育てた貴重なサクラソウは、佐倉の城址公園な中の「くらしの植物園に」寄贈された。展示場のサクラソウから氏の面影が浮かんできた。 しかし、いまやこの貴重な日本サクラソウは絶滅危機植物になっているという。 連れ合いの故郷、埼玉の荒川の土手沿いにいっぱい咲いていたとか。日本各地に広く分布し、江戸時代ではサクラソウの花見会も盛大に行われたという。なぜ絶滅に。そのわけはなんなんだろう。今、市民によるサクラソウの保全活動が盛んになっているという。そういえば、みそら団地の小公園、に育てている年配者がおられる。また四街道総合公園の一角にサクラソウはみられる。私の貴重な散歩で心を豊かにしてくれる。こちらの方はつれの運転で、いくのだが。楚々としたかわいらしさ。

サクラソウ


注—-西洋サクラソウは別種とか、しかしこれもまた美しい—―


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