お便りのご紹介 〜part.2〜


このコーナーでは、ホームページや写真集をご覧いただいた方、写真展に来て下さった方から寄せられたお便りやメールの一部をご紹介させていただきます。いただいたメールは、このコーナーでご紹介させていただく場合がありますので、匿名またはペンネームを希望される方はその旨もお書き添えください。また、公表はしてほしくないという場合は、お申し付け下さい。メールはこちら(写真展事務局)へ→ site_animal1122@yahoo.co.jp 

480)相手を思いやる気持ちがあれば……(2007.11.9.)

熊本県の玉名市にある公園では、捨て犬や捨て猫がとても多い
のですが、10月23日と24日役人が来てみんな連れて行ってしまいました。
去年の暮れにも同じようことが起こってしまい、彼らを守って
やる事も何をすることもできなかった事に悔しい思いをしています。
その話を聞いた人が、翌日全部引き取るからということで電話
をしたそうなんですが、ときすでに遅し、殺されてしまっていたそうです。
県知事に、避妊去勢の助成金や地域猫活動などの提案をメール
でしてみましたが、それもどうなる事やら分かりません。
相手を思いやる気持ちがあればこの様に、捨てたり殺したりは
出来ないはずなんですが、そういう気持ちが薄いんでしょうか。

                    (岡本リカさん)


479)今、出来ることからやっていこう(2007.10.21.)

児玉さん!こんにちは。
私は以前「どうぶつたちへのレクイエム」を読みました。
児玉さんのように人間以外の生き物の命も大切に出来る大人がもっとたくさんいたら・・・。一番最初にそう思いました。
人間の為・・・そのためにいくつもの命を犠牲にしても良いのか。
捨てられた命だからといって私たち人間がその命を奪っても良いのか。
そんな社会の実態に目を伏せている大人が何人もいる。現に私の親もそうです。
私が動物実験はいけないものだよね?と問いかけても、返ってきた返事は私の期待を裏切りました。
「動物が実験台にならなければ今の医療の開発なども進まないだろ。」
しょせん大人はこんな考えしかもてないんだ・・・。
私はそのとき、すごく悔しかった。親がそういったからではなく、そのあとに私は何も言い返せませんでした。
親の意見は間違っている。でもどう反論してもそれを言われてしまうと言葉に詰まってしまいました。
「動物の命を奪ってはいけないならふだん平気で殺している蚊やハエとかはどうなるんだ!」

でもそんななかで「どうぶつたちへのレクイエム」にであいました。
世の中にはほんの少しでもこのような考えを持ってくれる大人がいるんだと思い、本当にうれしくなりました。
私には動物実験をやめさせられえるような権力も説得力もありません。でも亡くなっていった動物たちのためにも、今、出来ることからやっていこうと思います。


478)自分もあきらめずに頑張ろう(2007.10.21.)

私は動物が大好きです。安心して暮らしていたのに、急に地獄に落とされる苦しみをなんで動物だけ味わわないといけないのか分からない。まず自分や身近な人に置き換えた時、ガス室の扉に向かって歩いて行けるのか?また、愛する人を目の前にしてガスのボタンを押せるのか?それを動物達は訳が分からないまま殺される。話ができないから必死に目で訴えているのに、人間は自分が生きる事しか考えない。同じ命に差別なんかいらないでしょ?動物を苦しめた人は、必ず自分も苦しんで死ぬと思う。虐待だってそう。ストレス発散に殺した?生きてるものをわざわざ殺す世の中なんて辛すぎる。殺処分と言う言葉は動物に対して失礼だ。誰も処分してくれなんて言ってない!酸欠に強い子は、生きたまま1000度近くで焼却される・・・生きたまま誰も火に飛びこめないくせに。昔の処分の仕方は撲殺で死ぬまで殴られて死体は無造作に燃やされていた事実がある。少しずつ良くなってきていても、まだまだ数は減らない・・・熊本の愛護センターでは安楽死を導入してて、動物が最後まで幸せでいれる様に頑張っているらしい。他の県もせめて安楽死にはできないのか?動物についての法律もあるくせに、罰則させられてる事実はあまり聞いた事がない。うやむやにせず、少しずつできる事、同じ気持ちになってくれる様願っている。ペットを飼う人もなるべく保健所等に出向き、1匹でも多くの命を救って欲しいと思う。募金活動や署名活動にも御協力を!真実を知って欲しい。大事な命を守って欲しい。自分もあきらめず、頑張ろうと思う!!


477)種の違いを超えた愛こそが…(2007.10.21.)

はじめまして。瀧征道と申します。
御活動、本当に有難うございます。
心からお礼申し上げます。
私は「動物との対話」に生きてきました。
人々が動物たちの心の世界を知ってくれたなら、
動物たちへの理不尽な非道は断じて許されない世の中になると、
それを願い、それを信じて生きてきました。
動物の尊厳を守ることは即ち、人間自身の尊厳を守ることになります。
(動物への非道は、人間自身の魂を曇らせ、傷つけます。)
動物との対話は、大自然との対話に直結しています。
(動物たちは、大自然からのメッセンジャーです。)
種の違いを超えた愛こそが、調和への扉を開く鍵となります。
(共生学ではなく共生心が、真の共生を可能にします。)
動物たちは大自然の深秘を、偉大な調和を、教えてくれます。
Hpをオープンしました。
もしご参考戴けましたら幸いです。
www.wolftemple.jp

<以下は、瀧征道さんからいただいた2通目のお便りです>

今また、このサイトを拝見いたしました。
みなさんの愛に、感動しました。涙が溢れました。
動物たちの事をこんなにも想ってくれる人たちがいる事に、
深く深く感謝いたします。本当にありがとうございます。
動物たちは愛の偉大さを知っています。
動物たちの誰もがみんな、それを知っています。
動物たちは、みなさんのその「心」を知っています。
そしてみなさんに、感謝しています。
世界中で、動物たちが「拷問」の果てに死んでいきます。
いかなる人間も耐えられない、地獄の痛みと苦しみです。
限界をはるかに超えた痛みと苦しみです。
人間に尽くし、人間を信じてくれた動物たちが、
せめてもの、「安らかな死」さえも許されないのです。
人間は未だに、動物たちを「物」と見ています。
だから平然と、躊躇無く残酷行為が出来るのです。
人間は動物たちの心に、どこまでも無関心です。
人間の関心は、「支配と利用」だけだったのです。
動物たちの涙と悲鳴で、空が真っ赤に染まります。
どうかみなさん、動物たちの愛の心を、信じてください。
心からお願いいたします。 

                (狼山舎 瀧征道さん)


476)私にできることは……(2007.10.21.)

はじめまして。中3の沙希といいます。
私は、「動物たちの未来のために」というブログからこのサイトに来ました。
 私が初めて動物たちが殺処分されていることを知ったのは、小学生の時でした。
小さい時から動物が好きだった私は、家の近くの動物管理センターによく行っていま
した。
子犬と触れ合ったりでき、すごく楽しいところだと思っていました。
でも、ある日知ってしまったのです。
私の大好きな犬や猫と遊べる動物管理センターで、犬や猫が殺されていることを…。
 その時、ニュースなどで聞いたことがある程度だったので、身近なところで殺処分
が行われていることを知り大きなショックを受けました。

 そんな時でした。図書館で「どうぶつたちへのレクイエム」と出会ったのです。
なんとなく手に取ってみると、悲しそうな表情をした犬が目に飛び込んできました。
なんでこんな悲しい顔してるの…?と思いました。
私は犬を2匹飼っていますが、今までにこんな悲しい顔をした犬を見たことがありま
せんでした。
 そして、この本で大きな衝撃を受けました。犬好きの私には信じられないような事
実を知りました。
この本の写真に写る犬たちはもうこの世にいないとは信じられませんでした。
一度は愛した命をもう必要なないからといった理由でてしまう。
そんなこと絶対許せません。
人間も犬も猫も全ての生き物は皆、命の重さは同じなのに、犬や猫だけ命を大切にさ
れないなんておかしいと思います。
一度は愛した命を必要ないからといってゴミのように簡単に“捨てる”なんて人間と
して絶対にしてはいけないことです。
人間は要らなくなったからといって捨てられたりしないのに、犬や猫は捨ててもいい
のですか?と捨てた人に問いかけてみたいです。
この世に必要のない無駄な命なんて存在しないはずです。
私は絶対に命を捨てた人を許しません。
 そして、動物実験も許せません。
動物実験なんて必要ないと思います。
動物はしゃべることができないけれど、人間と同じで痛みも苦しみも感じます。
しゃべらないことをいいことに、人間のシャンプーや化粧品のために動物で実験する
なんておかしいじゃないか、と思います。
私は、動物を傷つけてまで髪の毛がさらさらになって欲しいとも、きれいになりたい
とも思いません。

 でも…私がどれだけ殺処分をなくして欲しい、動物実験をなくして欲しいと思って
も、この世に犬や猫を捨てる人、実験をする人がいなくならない限りこの地獄はおわ
りません。
私にできることは、今飼っている2匹の犬を無事に虹の橋に渡らせてあげることだと
考えました。
こんな小さなことしかできないけれど、私の手でこの世に捨て犬を増やしてしまうこ
とは絶対にしたくありません。
もしも捨てられた犬や猫を見つけた時には、保健所なんかに持っていったりしませ
ん。
絶対に自分の手で飼い主を見つけてあげたいです。
それが私にできる唯一のことだと思うからです。
 将来は動物愛護団体で働くことが私の夢です。

この世から不幸な死を遂げる犬や猫がいなくなり、全ての動物が幸せに暮らせる日が
一日でも早く来ますように…。

児玉さん、私もあなたのような人になりたいです。
私も頑張るので、児玉さんも頑張ってください。


475)食べることは、いのちを奪うこと(2007.10.15.)

山梨・「いのちの教育」研究会 代表  由井峰雄と申します。
イラクの少年のテロによる死には無関心でも、         
伴侶動物としてのペットの死には悲しみ落ち込み心の病(ペット・ロス)になる人もいる現実があります。でも、人間のいのちも動植物のいのちもまったく同じいのちと考えたいです。

生きることは、食べること。食べることは、他の動植物のいのちを奪う(殺す)こと。食物連鎖・弱肉強食(食う・食われる)があるから、私たちは生きているのです。

食事前の「いただきます」とは、「(あなたのおいのちを私のいのちにさせて)いただきます」という意味があるのだと思います。ここには、いのちのリレーがあります。「(おいのち)ごちそうさま」「(おいのち)ありがとう」「(おいのち)もったいない」(おいのちの)おかげさま」という認識を持って生きたいと思います。食育教育の原点は、ここにあると思います。文科省・農水省・(財)栄養士会が進める現在の食育教育には、この「食べる前の物語(隠された世界)」が欠如しています。食事バランス、カロリーバランス、コショク(個食・弧食・固食・小食・濃食・粉食)などは二の次だと思います。


474)わんちゃんの声が聞こえてきそうです(2007.7.19.)

年間何十万の犬や猫たちが
人間の勝手で処分されているという事実
どこかで、心に引っかかっています。

何もできないけれど、家では里親としてミックスの犬、
猫。野良ちゃんの産んだ子猫も縁があり、飼っております。
毎日、彼らから多くの優しさをもらい、勇気をもらい、
励まされてます。

檻の向こうのわんちゃんの声が聞こえてきそうです。

僕たちは 何もいりません
ただひとつ 僕たちに
生きる権利を下さい

僕たちには
希望はもうないのですか

僕たちには
安らぎは ないのですか


僕たちは もう何もいりません
もう 尻尾も振りません

ただ 僕たちに
目を向けて下さい

教えてください
私たちの 産まれてきた意味を

教えてください
私たちは 何のために生きているんですか

私たちはどうして
命を絶つことを強いられるのですか

僕たち、私たちは 何もいりません
ただ 忘れないで下さい

僕たち、私たちは 何もいりません

ただ 忘れないで下さい


473)大した事ができませんが…(2007.7.7.)

3年前、家への帰り道、工業団地横で子猫を連れて帰りました。
近くには民家もなく、道路際をうろうろ
轢かれて明日死んでたら‥きっと私は後悔する。
よく見かける道路に無残な猫の姿が頭をよぎります。

手を差し伸べたら
逃げられました。
逃げれば逃げるほど、危険な道路を走り回ります。
近くの木に登ったのを
夫の肩車で、引き下ろしてつれて帰りました。
「そこまでしなくても。」
夫も困惑していました。
ところが
家に着いたら、捨て猫と思えないような
人懐っこさでした。
幸い協力してくれる方も居て
貰い手が見つかりました。

うちのネコと相性が合えば飼う覚悟でしたが、
こちらも、保護ネコ。びびらせてしまっただけでした。

夫が言ってくれました。
「チビにゃん、あれで良かったんだよ。」
目がいいなぁ、俺にゃ助けられんかった。と

無責任に拾ってはいけませんが
引っ掻かれて血が出ても、助かった命に心が落ち着きました。

今は、お世話になった
知人の犬猫レスキューの広告など時々ですが手伝ったりしています。
ボランティア・イラストレーターです。

長野県 うちの愛猫の名前は「かめ吉」 

名前の由来は、ある日突然、猫を貰いに行こう!白と黒のハチ割れだ!「かめ吉」だ!と
なぜか、降臨しました(笑)
行ったら、保護団体施設に本当に居て
向こうからやって来てくれました。
今は、私の家族のよきパートナーです。
喧嘩の仲裁にも入ります。凄いです。(笑)


472)わんと一緒に伝えていきます(2007.7.4.)

はじめまして。
尼崎に住んでおります、主婦です。
3月まで保育士として働いていました。

どうぶつたちのレクイエム
見せて戴きました。

5月1日、15歳で虹の橋を渡っていった
猫のたまを看取ったところです。

8年前には、犬のぎんを亡くしました。

・・・・・・・そしてまた、わんを飼おうという話しが
持ち上がりました。

はじめは何もしらず、
ペットショップで可愛いのを・・・・と。
ですが、同じ職場の方より、里親という事を
聞き、PCで調べていくうちに、
本当にいろいろな事を知る事になりました。

そして、児玉さんのわんたちの写真に行き着きました。
わんたちのまっすぐな目・・・
泣いているかの目・・・・・・
叫んでいるかの目・・・・・
その裏にある人間の裏切り行為。
可哀想でたましません。
いつまでも見ていたいと思いました。

知らない事だらけで・・・・・。

もうすぐ、繁殖場から救出されたわんこが
我が家にやって来ます。
大切な家族の一員として一緒に暮らして生きたいと
思っています。

他人に伝えるのは難しいですが
このわんと一緒に
少しずつ伝えていこうと思います。

ありがとうございます !!


471)虐待がなくなるよう、学校でも呼びかけます(2007.6.25.)

私が動物の中で一番嫌いなのは、人間です。
「自分も人間じゃない。」と、思うかもしれません。しかし、全員が嫌いな訳ではありません。動物を傷つける人が一番嫌いです。
私は児玉さんの文章を読んで、
「なぜ虐待をして楽しんでいるの?何の罪も無い動物を。」
・・・と思いました。私の将来の夢は<獣医>になる事です。今も動物の勉強をしている最中でした。児玉さんの文章を読んで、胸がきゅーっと締めらている様な感じでした。けれど、皆さんのメールを読んで、少し安心しました。こんなに動物の事を思っている人がいるのなら、これから虐待は減るかもしれないと・・・。しかし減るだけではダメです。なので虐待が無くなる様に学校でも呼び掛けてみようと思います!


470)今、飼っている犬を大切にかわいがります(2007.6.23.)

わたしは中学2年の女子です。
私の家には、犬猫と共生できる社会を目指す会でもらった元捨て犬の犬がいます。
私の家は1軒やなので犬を買うことができます。
私はまだ子供なので、たくさんの犬を買うことができませんが、
犬を飼うときなどは捨て犬を選ぶことにきめました。
ちいさいことだけど、自分のできることを、がんばっていきたいです。
今飼っている犬を大切にかわいがります。
ので、あなたたちもがんばってください。
応援します。
わんちゃんたちをきっと新しい飼い主がきてくれるはずです。


469)私に出来ることを考え、やっていきたい(2007.6.19.)

児玉さん、初めまして。私は3人の子供(23歳娘、20歳息子、18歳娘)の母親です。先日スーパーで見かけた哀しい瞳をしたワンちゃんの「どうぶつたちのレクイエム」を目にした時、もしかしたら、見ても悲しいだけだからとためらいましたが、やはり現実を見なければと思い購入して帰りました。いつの頃からか 知ってはいましたが、安楽死だとばかり思っていましたので、とてもショックで涙が止まりませんでした。子供達にも見せて話して一緒に泣きました。でも、娘曰く「この本に目を止めて涙するのは、絶対に捨てない人たちで、平気で収容施設に捨てに来る人や虐待する人たちは目にも止めないでしょう」と。しかし、悲しんでばか りいられません。現実に今も収容施設では捨てた飼い主を待ちながら恐怖に身を震わせながら、助けを求めているどうぶつたちがいるのですから。こんな無力な私にも、何かできるかもしれません。いろいろ考え、安倍首相に手紙を書きました。日本の長である方に知ってほしくて、しかし何の返事も(当たり前ですよね)ありませ ん。もしかしたら、手元にも届いてもいないのかもしれません。次にめざましテレビの「きょうのわんこ」の担当プロデューサーに手紙を書きました。報道の力で捨てる人たちにも分かって欲しいので。ほのぼのとした番組イメージとかけ離れているのかもしれませんね。何も返事はありません。毎日仕事が終わって、家に帰って来 ると、今日も又どうぶつたちが恐怖のなかで殺されてしまったんだなあと思い助けてあげられなかったと涙が込み上げてきます。その繰り返しです。「なぜ、捨てた人間が罰せられずに罪もないどうぶつたちが殺されなければならない祖でしょうか。」ニューヨーク市では『動物警察』が存在していて。市民の善意の寄付により運営 される非営利団体で、虐待や事故やもちろん捨てられたどうぶつたちを守り、人間も罰金を取られ、逮捕され、救われた動物たちは治療され、訓練され、優しい里親を見つけてもらい、第二の人(犬)生を迎えられるのです。日本がそういう世の中になるのは、いつなのでしょうか。我が家には以前飼い主に虐待されて危うく収容施 設に送られるところだった『ポッキー』と迷い犬だった『レオ』の2人(我が家ではそう数えています)がいますが、もうこれ以上は勘弁してよと主人は言います。しかし、我が家の家族として愛されて毎日過ごしています。私が助けられたのは2匹だけでしたが、もっと、もっと、幸せになってほしいのです。これからも、私にで きる事を考えてやっていきたいと思っています。そうしなければ、収容施設で死んでいったどうぶつたちに申し訳がありません。そうして、私にそう気づかせて下さった児玉さんに感謝しています。これからも活動を広げて、多くの方たちに届けてください。本当にありがとうございました。


468)我が家に天使がやってきた(2007.6.19.)

初めまして。神奈川県在住の者です。
4月に猫を引き取りました。保健所から猫を引き取り里親を探してるボランティアさんからです。
その方は個人で(夫婦と親しい友人)やっているそうです。
4月に結婚をすることになり、独身の頃からの夢だった猫と暮らせることになりました。
一人暮らしだと、世話ができないので諦めていました。
その時は漠然とアビシニオンに憧れていましたが、色々調べていくうちに
犬や猫達の死因のトップは殺処分であることを知り児玉さんの本のことも
知りました。杉本彩さんの本で捨てられた猫を彼女がひきとっていることも
知りました。
「どうぶつたちへのレクイエム」を読んだ衝撃はかなりのものでした。
私は保健所とは犬ばかりいるのかと思ってました。
特に持ち込まれた子猫が麻袋に入れられ殺されていく姿は焼きついて離れません。
主人と話し合い、児玉さんの本を見せたらペットショップは止めてボランティアさんか
保健所から引き取る事にしました。
そして、我が家に天使がやってきたのです。
ボランティアさんから引き取るのにまず驚いたのは
「共働きか、専業主婦か、パートか。」
「自宅の広さ」
「主人の職業」
など聞かれたことです。もちろん譲渡は自宅まででした。
そして譲渡の際も、きちんと部屋のチェックをしトイレの場所などアドバイスをいただきました。
避妊にかかった費用をお支払いしようとしたら「いらない」と言われましたが
主人が
「今いる可哀相な子達に使って下さい。」と無理やり渡してました。
私はペットショップもこれくらい徹底するべきだと思います。
犬や猫を飼うならば、ある程度の余裕や部屋の広さも必要だと思います。
うにゃらと名前をつけて暮らしてしばらく経ちますが、この選択はまちがってなかったと思います。
雑種でも素晴らしく可愛いし^−^賢いし、ただ元が野良ちゃんなので食い意地ははってますが・・・。
しかし時折り膝の上に乗せてる時に、麻袋に詰め込まれた子猫達が浮かびます。
そんな時に「ニャー」と心配そうに顔を覗き込む温かな命に癒されています。
私達夫婦は子供も一人だけいずれ欲しいのですが、その時は猫のための部屋が
ある一軒家を買おうと節約中です。(笑)
パート代は二匹目の為に貯金します。(犬や猫を飼うなら貯金してからだと思います。)
児玉さん有難うございました。辛い取材だったと思いますが、現実を教えてもらえた事で
命の重さ、大切さを知りました。この本を友人に見せたり、弟にはプレゼントしました。
二匹目も保健所から引き取るか、野良ちゃんにします。
助けることで自分も救われることができました。側にいる小さな命をひたすら大切にして
最後まで共にしたいと思っています。
小さなことでもできる事からはじめて、あんなひどい死に方をする犬や猫がいなくなる日が
くる事・・・・・ひたすら願っていきます。
有難うございました。これからも頑張ってください。
                        (匿名希望さん)


467)見て見ぬフリでは何も変わらない(2007.6.17.)

児玉さんの「どうぶつたちへのレクイエム」を読んで、私はこの真実を初めて知りました。処分方法が、安楽死などではなく、炭酸ガスによる窒息死だということも…。
「どうぶつたちへのレクイエム」を初めて読んだ時、涙と震えが止まりませんでした。あまりにも残酷で悲しすぎるその現実を、私はすぐには受け入れられませんでした。でも、私達にできること…の所に書いてあった、「あなたにできる方法で、言葉を持たない動物たちの代弁をして下さい」という一言を読んで、「私も、自分にできる事をしよう」と決心しました。
それからは、ささいな事ですが、この現実について書いてある本やサイトを探して読んだり、街をウロウロしている犬や猫を見つけたら、とにかく保護しようと追いかけたりして、この現実と向き合いはじめました。
まだ一度だけですが、岡山県にある動物愛護センターという所に、見学にも行きました。そこには負傷した動物の治療をしたりする所や、犬のしつけ教室などを行う広場など、色々な設備があって、短い時間でしたが、一通り見せてもらって、話を聞きました。
あの時感じた空気を、私は今でも忘れません。まだ開設して間もなかったので、中はとてもきれいでしたが、動物を収容する檻が銀色に光っているのを見て、ゾッとしたのを覚えています。私が足を踏み入れると一斉に吠えはじめて、まるで私に「何とかしろ」と訴えているようでした。
最後に、里親を募集している犬ばかりが集められた場所を見て、説明をして下さったセンターの方と別れました。「後は自由に見て下さい」と言われたので、私はもう一度最後に見た場所へ行きました。このセンター内にいる犬の中で、彼らは一番助かる確率が高いのだろうけど、この子達にも「死」という炎がくすぶっているのだ…と思いました。
使い捨てのカメラを持って行っていたのですが、収容施設で「撮らせて下さい」と言い出せなかったので、せめてこの子達だけでも、と思い、写真に撮ることにしました。「うまく撮れるかな…」とつぶやいた瞬間、知らずに我慢していた涙が一気に溢れてきて、私は犬達の前で背を向けて泣きました。目の前に助けを求める動物達がいても、何もできない。例えこの施設にいるすべての命を救う事ができたとしても、日本から、世界から見れば、かすかな変化でしかないのだと、自分の無力さを思い知らされました。
それでもやっぱり、私は自分にできることをしようと思いました。たった一匹でもいい、0と1の差は大きいのだと信じて、この現実と闘おう。そう、心に決めました。

動物愛護センターの事は、高校の時お世話になった先生に紹介してもらいました。話を聞くと、私達が卒業した後からこの事について触れるようになったそうで、動物愛護センターに、数人の生徒を連れて行った事もあるそうです。
私はその先生に、「どうぶつたちへのレクイエム」を一冊贈りました。そうすれば生徒達にもみせるはずだから、一人でも多くの人に読んでもらえる。そんな事を考えながら、持って行きました。
後に、児玉さんの本を、たくさんの生徒が真剣に読んでいた事を先生が教えてくれました。

児玉さん、私は将来、自分の言葉でこの事について本を書きたいと思っています。私は児玉さんの言葉に、背中を押されました。そして今、これは私のやるべき事なのだと、強く思っています。
自分が助けたからといって、その子が幸せになれるとは限りません。でもだからと言って、見て見ぬフリなんてできないし、それでは何も変わらない。
だからやります、最後まで。私の人生を賭けて。

最後に、児玉さんと、「どうぶつたちへのレクイエム」は、人としてとても大切な気持ちを、私に届けてくれました。児玉さんと、「どうぶつたちへのレクイエム」に出会えて、本当によかったです。
これからも頑張って下さい(^-^)

読んで下さって、どうもありがとうございました。


466)自分がよければそれでいい?(2007.5.26.)

児玉さん。こんにちは
私は「どうぶつたちへのレクイエム」をよんで、世の中ではこんなに「命」を大切に思ってる人がいるんだなぁ〜と思いました。私はまだまだ子供で大人はどんなに子供が意見しても聞いてくれないと思っていました。でも児玉さんは違いました。動物の「命」をこんな風に思っているなんて・・・・・・すごい大人だと思いました。いまの社会は、大人は不正をし、子供ですら人殺しをする時代でそんなことを考えてる人たちは動物の命なんてきっとどうでもいいと、思ってるように少なくとも私は見えます。
私はあるとき父に「動物収容施設とかってひどいよね」といって、私が動物収容施設に対するおもいをぶつけました。もちろん父は私の意見を分かってくれると思いました。しかし現実は違いました。父は私の意見を聞いた後、こう話しました。
「だってそういう野良犬野良猫を処理しないと人間の世界は動物でいっぱいになってしまう。それにシャンプーなどの効果の実験台になってもしかたないだろ。人間が実験台になるわけにもいかないし」
そのとき私は「あぁ・・・こういう大人がいるから動物は殺されるんだ・・・。こんな人がいるから動物実験などが許されるんだ」
悔しいことに私は父にさっきのようなことをいわれて何も言い返せませんでした。人間はダメなのに動物は実験台にしてもいいの?捨てられたからってなんですぐに殺すの?悔しくて悔しくてどうしようもなくて・・・・・これまで動物たちが苦しいおもいをして死んでいってるのに。人間は自分がよければそれでいいって言ってるようで怖いとともに悔しいです。

               (匿名希望さん(12歳))


465)毎日、自問自答しています(2007.5.25.)

はじめまして。私は15歳の西といいます。
私は今、捨て犬捨て猫について書かれた本をたくさん読み、
毎日、自分に何が出来るか、自問自答しています。
将来はそんな動物を救えるようになるつもりです。
ですが私は、一生後悔し続けるであろうことをしました。
今から6年ほど前、私は外で野良猫を3匹可愛がってました。
ですが4年半前のある日、うち二匹が子供を産んだんです。合計5匹の子供たち。
最初はものすごく喜びました。毎日嬉しくてたまりませんでした。
でも、数が増えたせいでもちろんお金もかかったんです。
そして子猫が可愛い盛りのある日、母と話しました。
お金がかかりすぎる、もう飼えない、と。
そして私と母と、母猫2匹と子猫4匹(1匹は奇形だったので家に残しました)を車に乗せ、
少し離れた場所に置いてきました。
私は自分の手で可愛い動物を捨てました。
きっと他にも方法はあったはずなのに、
一番やっちゃいけないことをしてしまいました。
残しておいた奇形の子猫も、
私のミスで死んでしまいました。
今、私の家には猫はいません。
家族みんな、何のなかったかのように、猫が暮らしてた場所を歩きます。
ですが私の心にはまだ深い傷跡として残ってます。
今も思い出せば涙が溢れます。
自分を罵って、すごく後悔して…
だからこそ、今ある命を救いたい。
もうこんな後悔はしたくないから。


464)人とペットたちとのつながりを大切に…(2007.5.11.)

こんにちは。青森県の北川桐香です。
2度目のメール、児玉小枝さんや、このホームページに来ている人に、伝えたいことがあって、また来ました。
この前、友達が、「動物たちのレクイエム読んだよ」って声をかけてきてくれました。
その友達の犬も、愛護センターから貰い受けた犬で、殺処分するのは、動物たちだけじゃなくて、やっぱりやってる人もつらいんだろうなと話してくれました。愛護センターにいる犬全部助けたいけどなとも話していました。
こうやって、殺処分の実態を知り、愛護センターや保健所に連れて行かれるペットが減ればいいなと思いました。
赤ちゃんを産まないようにしたり、最後まで責任を持って育てようと いう心がけは、飼い主の人たちがしっかりやらなくちゃいけないと思います。
人とペットたちとのつながりを大切にして、ペットを育てていきたいです。
2度目も長々とすみません。
ありがとうございました。


463)人間の医療の現場はうんざり…(2007.5.11.)

はじめまして。
先日偶然訪れた動物愛護センターでのパネル展を拝見させていただきました。
幼少のころから生き物に親しみ、特に犬好きで子供のころは飼っていたこともあります。
昔から動物愛護に興味を持ちながら、残念ですが人間の医療の現場で仕事をしています。
動物愛護センターを訪れたのも数年前にできたの知っていながら現実から目を背けていたため今に至ったのかもしれません。
現実を少し知った今、つらくてつらくてしょうがありません。
写真の犬たちの表情から心をすべて読み取れてしまいます。
彼ら(彼女ら)は人間を疑うことを知りません。
粗末にされて飼われていてもそれが粗末に扱われているとか虐待を受けていることさえ知りません。
それでも一緒にいたいんです。それしか生きる道がないのですから。
殺処分される直前の日々がどれだけ幸せだったかわかりません。
だって一人ぼっちじゃないし、ご飯がたべられるし、痛くされないんだもん。
殺されるということも知らずに・・・
医療に携わっていながら、人間ってそもそも地球に必要だったのでしょうか?
自分たち自ら環境を破壊し、自分の命を脅かす環境を作り出しています。
野生の動植物たちには考えられない状況だと思います。
そこに人間と一緒でなければ生きることを許されない動物たち。
人間の勝手な都合で処分されてしまう動物たち。
なぜ許される?
いつから人間がそんなに偉くなったのでしょう。
なぜ人間だけが命を優遇される?
殺処分されなければならないのは人間でしょう?
どんな人だって彼らのような純粋な気持ちを持つことはできません。
たとえ生まれたばかりの新生児だとしても、なぜなら人間だから。
人間以外の彼らの命を自由に扱える高等動物が人間の役目?
そうだったら人類の存在は神様の大失敗です。
「犬の十戒」まさにその通りだと思いました。
人間の医療の現場はうんざりです。


462)無駄にしていい命なんてないのに…(2007.4.28.)

私はどうぶつたちえのレクイエムを読んではじめて動物所要施設の実体が分かった。こんなにも震えて怯えてる動物の目を私ははじめてみた。そして動物を殺すときも安楽死ではなくガス室でもがき苦しみながら死んでいくということが分かった。なんで、こんなことしなきゃなんないの?だって動物の命も人間の命もみんな同じでしょ?なんで人を殺したら重い罰なのに動物を殺しても人を殺したときの罰よりかるいの?なんで?
でも実際は人間が悪いんだよね…。だって人間が動物を捨てるから動物を処分しなきゃいけないって言う人がでてくるんじゃん。結局動物は人間のかってなワガママのせいで死んでんじゃん。だから私のような考えをもった人が一人でも多く現れてこの悲惨な事実を世界の人に訴えかけてほしい。


461)不思議、未知、美に目を見はる感性を…(2007.3.24.)

山梨県の由井と申します。「いのちの教育(いのちの授業)」・死生学の研究者です。

女優の田中美奈子さんがある新聞の動物愛護に関する記事の中で「国家が偉大で道徳的に進歩しているかどうかは、動物の扱い方によって判断される」というマハトマ=ガンジーの言葉を引用していらっしゃいました。卓見ですね。                           

「いのちに対する乳幼児の感性を高める研究」をテーマにしています。動物のいのちにも植物のいのちにも不思議なことがいっぱいあります。幼児には、ぜひ生まれながらにもっているとされる「センス・オブ・ワンダー」、つまり不思議なこと、未知のこと、美しいことに目を見はる感性を豊かに育んでほしいものです。

「いのちの教育」以前の子どもの教育に、今まで欠けていたのは、子どもなりの「感性」の養育ではないかと考えています。いのちが「大切」・「かけがえのない大事な・いのち」について教育する必要があるという教育者の声(当然過ぎる論議)を聞いていると大変な違和感を感じます。「いのちの営みの不思議」に感動する「感性」を習得できる教育が原点ではないかと思います。例えば、水族館・動物園・道端の雑草、小さな虫、その観察によって、自然の動植物の「生きざま」が理解できるような感性を研くことから出発することが大切だと思います。そして、食物連鎖(弱肉強食)を学ぶことで、人間も生きて行くには、他者(動植物)のいのちをいただいて「いただきます」「ごちそうさま」「おかげさま」という「食事」への「感謝」の心が芽生えると思います。そこに存在するのは、自然界の「いのちの営み」だと思います。そこで、「いのちの尊さ」に気づくと考えます。例えば、猫をペットにしているなら、ただ可愛がるだけでなしに、猫の行動の「不思議さ」に感動するとか、あの細い髭が「どうして・生えてきて」、「見事に・ピクピク・動いている」のか、本当に不思議です。それは、自然科学という学問で、その理由・機序がたとえ解明されたとしても、それはまったく別の視点であって、そこに横たわっている「猫が生きている」情景に対しての感動は出てこないと思います。

全国津々浦々、各地で「どうぶつたちへのレクイエム展」が開催されることを望みます。特に、学校の文化祭等で実施されるとよいと思います。


460)この子たちの命はまだ輝いています(2007.2.7.)

こんにちは。わたしは、小学4年生の女子です。私はある本屋さんで「どうぶつたちへのレクイエム」に出会いました。
私は、殺処分のことは知っていましたがこの本を読んで、また深く殺処分の現実を知りました。
捨てられたり、持ち込まれたりした何一つ罪のないこの子たちがどうしてこんなかわいそうなめにあうのでしょう。
私は殺処分の他にも繁殖されている犬たちの事を知っています。
将来の夢は、やさしい動物のじゅういさんになってこうゆうかわいそうな犬や猫を助ける活動をしたいと思っています。
そして、多くの人にもう一度、この子たちの目を見つめて命の大切さを考えてもらいたいです。

         (福岡県  伊藤 遥さん)


459)動物と向き合うことは自分自身を映し出す鏡(2007.2.6.)

はじめまして、
福岡在住のコントラバス奏者の松永誠剛と言います。
先日、風邪で寝込んでいる時に、テレビにチラッと動物たちへのレクイエムとゆうフレーズが耳に止まり、ホームページに辿り着きました。
ホームページを拝見させて、頂いて感謝をさせて頂きたくメールしました。
僕自身以前から、福岡に住んでいるとゆう事もあり、殺処分の問題はよく耳にはしていたのですが・・・耳も目もそむけて来ました。
こういった問題に向き合う事は決して、殺処分される動物達のためだけになるのでは無く、人間自身のためになる事のように思います。
海外の友人、特にアメリカの友人と日本の町を歩いているとペットショップの話などになります、「なぜこれ以上、犬や猫を増やす必要があるんだ?」
と聞かれ・・・「ビジネス、金のためだ」と答えた事を覚えています。
凄く恥ずかしかったのを覚えています。
動物に向き合う事は、人間に向き合うよりもより純粋に自分自身を映す、鏡になってくれるように思います。
こういった活動がより活発になり、殺処分される数が減ることはもちろんですが、日本人自身の生活を違った意味で豊かにしてくれるものになる事を願っています。
来年3月、コンサートなどを開催する時に写真も展示させて、頂く機会が頂ければ幸いです。
これから、どうかこの素晴らしい活動を続けて下さい!
ありがとうございます。

アジアンコネクション主宰
松永誠剛さん


458)最後まで愛しきってください(2007.2.6.)

お久し振りです。このまえ、H.N「優希」でここに二度投稿した事があります。
私は本名にします。
私、小宮菜摘は小学六年生になりました。
毎週火曜日に、私の学校では読書タイムというものがあり、
私は今日、学校へ「どうぶつたちへのレクイエム」を読みました。
私は今読んでいるところが学校ではなかったら…きっと泣いていたと思います。
今日、ニュースZEROを見ました。本や殺処分の紹介がされてましたね。
偶然母が見かけて、私に教えてくれました。
私は前回投稿したのが五年生のときでした。私は今六年生です。
考え方も少し変わってきました。
私は何故、飼った動物を捨てるの。何故、最後まで看取ってあげないの。
そう思いました。飼った以上は最後まで看取るのは飼い主の最低限の義務ではな
いだろうか。飼った以上は責任を持つことは当たり前のことではないだろうか。
私はペットショップで今飼っている犬を飼いました。でも私は、正直こう思いました。
「何故 “いのち” を売ることが出来るの?」
「何故 “いのち” を買うことが出来るの?」
本来はここにも問題があるのでは。
犬でも猫でも、どうぶつ、もちろん人間も全て同じ、平等のいのちがあるんです。
私はそれを、「差別」だと思います。私は犬や猫をお金目的で売ったりしている
人を許しません。絶対に許せません。
虐待している人なんて、私だったら「死刑」にしたいくらい。
実際どうぶつ虐待をしている人がいること自体が私には信じられない。
けど、これが現実だと思うと、涙が止まらない。
どうぶつはみな、人間が居ないと生きていけないのだと。確かにお金はかかりま
す。私でも分かります。
でも、それだけの理由で一つのいのちがなくなるなんて私は納得がいきません。
それは私は一つの言い訳だと思います。
そんな言い訳をするくらいなら初めから飼わずにいればよかったのに。
そんな軽い気持ちで生き物を飼うな!責任を持て!
全て分かりきった顔をするなよ。 私の本音です。
可愛い 今流行っている これだけで普通飼いますか。
そんなのおかしい。その子の全てを受け取れる気持ちでいないと、上手に変えな
いと思う。
私は完璧にしろとは言わないけど、やれることはやれ と思う。
本当に愛せるのなら最後まで愛しきってください。


457)生きものを飼う時はしっかりと責任をもって(2007.2.6.)

始めまして 中学一年のものです。
私はニュースで保健所のことをやっていて衝撃的でした。
保健所は安楽死だと思っていたけれど実際はガスでもがき苦しみながら死んでいくということガ衝撃的でした。
日本では犬のブームでそのときはブームだからといい飼ったものの無責任な人たちが多く自分達が飽きたり世話がめんどくさくなったからといい保健所においていく人が増えているから犬は殺されるのだと思います。他にも今はうさぎブームになっているけれどうさぎは犬より面倒を見るのは大変です。なのでうさぎや小動物もこれから保健所におおく運ばれると思います・・。
けして動物たちには罪はありません・・・・・。人間の身勝手な行動でいろいろな動物は殺されていくのだと思います。
私ははじめハムスターを飼っていました。世話が大変で時々いなくなればいいのにとか思ったりもしたけれど死んでしまってからそんな事思わなきゃよかったと思いました・・。
合計でハムスターだけでも8匹くらい飼っていたと思います・・・・。そのなかの1匹は私が殺したと今でも罪悪感と無念でいっぱいです・・・。そのハムスターはなかなかなつかず暇さえあればかまってあげてやっとなついたと思ったやさき突然寝床から出てこなくなり掃除のときザワッとしました・・・。
その寝床をあけるともう死んでいました・・・。ずっしりと重くなっていました・・・。さみしくてやりばがなくきっとしんでしまったのでしょう・・・・。
その後犬を飼いました小学5年のときです私は犬におやつをあげたり遊んだりできるところで遊んでいると下はペットショップで母と父と妹がある一匹の犬を見つけたそうです。その犬は生後1ヶ月にもみたない子で女の子と一緒に入ってたそうです・・。その子はずーと母や妹の事を見ていたそうです。それをみて母と妹は決意をしてその子を飼って今うちにいます。
そして中一のなつ次にウサギをもらいました。その子にはおなかに赤ちゃんがいてそのこはすてられるところでした・・・・。
そして無事赤ちゃんは生まれ5匹の元気でかわいらしい赤ちゃんです。今は一匹里親に出し4匹と親は幸せに暮らしています。後から聞いた話ですがその親のウサギは何回も出産させられそのたびに赤ちゃんが捨てられていたそうです・・・。
私はたった1匹のウサギの赤ちゃんを里親に出すだけでも涙が出ていまだに思い出せば泣いているくらいなので保健所に犬や猫を置いていく飼い主の気持ちは分かりません・・・・。世話が大変だからとか引っ越すからという理由で捨てていくのは身勝手なだけです・・・・。最初は誰だって生き物を飼う時は興味で世話をしかわいがるんだと思います・・・。しかしそれではただの無責任だと思います・・・。ブームだからといい無責任にかいブームが去れば捨てるそんなのも無責任だと思います。
いきものをかうときは責任を持ちしっかり育てていただきたいとおもいます・・・。


456)早くこの仔たちを救えるようになりたい(2007.2.6.)

はじめまして。北海道在住の林と申します。
児玉 小枝さんの「どうぶつたちへのレクイエム」を拝見させていただきました。
最近、広島ドッグパークのことでとてもショックを受け(うちにも犬がおります)、わたしなりに飼育の仕方や人間との関係などを調べているうちにこの本にめぐり合いました。
今、国立大学の図書館で仕事をしているので図書館においてもらいました。
なるべくたくさんの人たちにこの事実を知ってもらえたら…という思いです。
そして我が家にも1番目立つところにおいて、来客の方に読んでもらえるように…と思っております。
最近ニュースなどでもペットに対する人間の傲慢・無知などが取り上げられるようになってきましたが、今のペットブームでそのペットたちが老後になり、介護を必要とされる時にますます「処分」せれるペットが増えてしまわないか心配でなりません。
同じ命なんだよ…。
どうかこの本を読んだ子供たちがこの辛く悲しい現実を忘れないでほしいです。
そして動物を物のように扱う大人たちにこそ、この児玉さんの本を読んでいただきたいです。
「処分」される動物が1頭たりともあってはならないのです。
早くこの仔たちを救えるようになりたいです。


455)1匹でも多くの動物たちを救えたら…(2006.11.11.)

はじめまして、こんにちは。青森県に住んでいる小5の北川桐香といいます。
ホームページも写真集も読ませていただきました。それから、私に出来ることはなんなのかと、考えるようになりました。もともと動物は大好きでしたし、将来の夢も獣医です。保健所に連れて行かれた犬や猫、小動物は処分されてしまうということは知っていたけど、こんなにもたくさんの動物が毎日、毎日苦しみながら死んでいくのは悔しくてたまりません。そして私は、8月10日、保健所に連れて行かれる予定だった友達の子犬を貰い受けました。この子の兄弟たちが、いや、私たちの家族が、どうして死ななければいけないのか。
全部、人間が悪いのに、どうしてこの子達が死ななければいけないのか。
檻の中に閉じ込められ、自由を奪われた苦痛。
迎えに来てくれない飼い主を、待ち続ける不安。
あの人に会いたいと願いながらも、ガスで殺される悲しみ。
かわいそうでなりません。
一匹でも多くの動物たちを救えたら、どんなに嬉しいことか。
そんなことを日々考えて、生きている私たちの中に、動物をオモチャだと考えていたり、ポイポイモノのように捨ててしまう人間がいることも確かだということを、心に刻んで生きていきたいと思います。
最後に、苦しみながら死んでいった動物たちが、虹の橋を渡れるように願います。
長々とすいません。


454)自分にできることをひとつひとつしていきたい(2006.11.1.)

初めまして。 青森県在住の油川香里といいます。 昨日、本屋さんで、はじめて、児玉様の”どうぶつたちへのレクイエム”を拝読させていただきました。 本当にショックでした。 私はこの夏13歳になりました、豆芝・MIX・♀を飼っています。 最近は、目・耳が遠くなり、少々ですが、寝ながらおもらしをします。 児玉様の、”どうぶつたちへのレクイエム”にありました、芝犬の写真を見たとき、自分の愛犬!? にそっくりでびっくりしました。 連れて帰りたくなりました。 無残にも殺されてしまったのは、本当に残念で、胸が痛みます。 老犬になったからといって、捨てられたポメラニアン。 痴呆症になったからといって捨てられてわんちゃん。 胸が痛くなり、私は、本当にそんなことはしたくないと思いました。  HP には、2枚の写真がありました。 上の写真のように、なりたいと思いました。 児玉様の”どうぶつたちへのレクイエム”を読んだおかげで、愛犬に対する愛情が、なぜか、さらに増しました。 私にできることは何か? と考え、ますは、お便りを書きたくなり、こうして、メールを書いて、います。 微力ながら、これからも、自分ができることをひとつひとつしていきたいです。 早々 平成18年 10月31日 外では、小雨降りしきる夜に。 油川香里さん


453)命の大切さ、やって良いこと悪いことの区別はつきます(2006.10.29.)

はじめまして。私は、中学2年の女子です。
先日、英語の塾の先生からこの本をもらいました。
その先生は、動物関係のボランティアに所属しており、私に今、不幸な動物たちが増えていることなど
いろいろと教えてもらっています。
私は、もともと動物関係のことに興味があり、インターネットで調べたりしています。
最近では、「広島ドッグパーク」についてニュースで報じられとってもショックを受けました。
あんなにたくさんの犬たちがボロボロになって、何日も餌や水をもらえず平均体重のおよそ三分の一の体重しかなくて、貧血・栄養失調になって放置されていたなんて信じられません。
放置していた人を今すぐボコボコに殴ってやりたいです。
何日もの間どんなにつらかっただろう
考えるだけで可愛そうでしかたありません。
そして、「どうぶつたちへのレクイエム」を読み保健所の様子を初めて見ました。
悲しそうな瞳をして、カメラをじっと見つめていました。
この本の中に
「なんで、この子ら、殺されるん?」
「・・・・・・人間に捨てられたからやで」
「そしたら、ぼくも捨てられたら殺されるな」
「そんなことないよ・・・・・・」
「なんで?だって、おんなじ命やろ?」
この言葉は、小学1年生の男の子が言った言葉だそうですね。
この言葉がずっと忘れられません。
動物を大切にしない奴らとこの男の子の精神年齢は、この子の方が
かなり上だとおもいます。
何の罪もない動物たちなのに・・・
人間の勝手な理由で殺処分されているなんて許せません。
を簡単に捨てる人には、絶対なりたくありません。
私は、ただの中学生です。
でも、命の大切さやって良い事と悪いことの区別は、つきます。
なぜ、動物を殺すのか、なぜ、虐待をするのか私には、意味がわかりません。
私は、動物を大切にしない奴らに言いたいことがあります。
「あなた達は、その動物の気持ちを考え事はありますか?言葉もしゃべれず、抵抗もできずに、ただぶたれているその子の気持ち
あなた達みたいな人がいるから、不幸な子達が減らないのです。このまま続けると、いつか必ず自分に仕返しがきます。」
もし、このメールが、ホームページにのって1人でも多くの人にこの事をわかっていただけたらいいなと思います。  

                 (栃木県日光市 匿名希望さん)


452)おおきくなったら、たくさん ほごしたいです(2006.10.27.)

こんにちは
はじめまして。6年生の者です。
私の家の 犬は2匹とも まいご犬でしたよ!
実話 まいご犬だから ほんとうに感謝してくれる・・・っていうのもありますね。
(ごはんをあげていると)
私は 絶対そんなことしたくないです。
・・・・しません!絶対に。
おおきくなったら たくさん ほごしたいとおもっています。
では また!


451)市の作文コンクールへ出展することになりました(2006.10.17.)

はじめまして。私は中2です。
『どうぶつたちへのレクイエム』を見つけたとき、
心がとても痛かったこと、 今でも覚えています。
当時私は、動物の殺処分について無知だったのですが、本を読んだ後、
私にも何か出来ないかと、調べてみることにしました。
すると、各地のサイトで里親を探したり、去勢・避妊手術を呼びかけたりと、
一匹でも多くの命を救おうと努力してる人がたくさんいました。
私も、自分に出来ることを考え、自分の思いを作文にしました。
結果、その作文は校内で選ばれ、市の作文コンクールへと出展することになりました。
私が、こんなに頑張れたのは、『どうぶつたちへのレクイエム』のおかげです。
心から感謝しています。そして、これからも頑張ります。
それでは、長々と失礼いたしました。


450)私にできることは……(2006.10.16.)

HP読ませて頂きました。涙が止まりません。
とあるきっかけから辿り着いたのですが、私も動物が大好きで幼い頃は
将来獣医師になりたいと思っていましたが、さほど頭が良くなかったのと(汗)
死に直面する勇気がなかった事です。

私が生まれる前から、家には白い大きな犬が居ました。
捨て犬でしたが、18年生き私が学生の頃眠る様にして亡くなりました。
最後はオムツを下にひき、床ずれがひどくならぬようドーナツ枕を敷いたり
一人で立てなくなり、ガーゼに水を含みそっと口を湿らす等していました。
目も真っ白で恐らく何も見えなかったでしょう。

その犬が亡くなってから、家族も相当ショックでしたので犬を飼う事をやめました。
でも5年前、今度は黒い犬が家にやってきたのです。色は違うけど、表情も仕草も
お座りの仕方も甘え方も何故かそっくりな犬です。

胎盤感染していたらしく、ワクチンを打った途端パルボウィルスが発症し
すぐに衰弱していきました。仔犬だった為3日間の抗生物質投与とブドウ糖を点滴し、
毎晩24時間家族中で看病し、気付けば医療費は10万円以上かかりましたがその代わり
神様から命をもう一度授けてもらったと思っています。

それがきっかけで、超過保護に育ってしまい…
他の犬には目もくれず、自分でも犬と思っていないんでは?と思うほど私流な子です。
他の犬と遊ぶのは嫌いなようで、胃腸炎(ストレスによる)にまでなる程です…
それでも可愛くて仕方なく、この子も腰が立たなくなったとしても
いくらお金が掛かろうとも、私達は面倒を見るなんて言葉よりも、
一緒に生きて生きたいと思っています。

私に出来ることは。。。

考えた結果、現実に犬や猫が家に新しく来ると、嫉妬したりまたストレスから胃腸炎になったり
しても両者(?)犬(?)にとってベストではないので、せめて保護だけでもと思いますが
なかなか踏切れません。実家から会社が遠いので、マンションを友人とシェアしていますが
鳥獣類厳禁と、東京のマンション事情は厳しめです。

私はOLをしておりますが、なかなか自由になるお金が残せないのが現状です。
今私に出来る事は、小額ですが毎月のお給料から出来る範囲で(数千円でしかないと思います)
寄付できたら嬉しく思います。本当に小さな事しか出来ず、申し訳なく、、、
また恥ずかしく思っています。

後は、自分の毒吐きブログをやっていますが、そこでここのHP(どうぶつたちへのレクイエム)
や、寄付を募ってみたいと思いますが、紹介しても宜しいでしょうか?

私も、シェアメイトもこの世から無情に命が消し去られる事が無くなります様
心から祈り続けています。

そして今日もまた沢山の命が恐怖と共に消えてしまっているでしょうから
せめて極上のお香でも焚いて、彼らに届く事を願います。

精神面・勿論資金面でもお辛い思いをされておられるでしょうが、
陰ながら応援させて下さいませ。

                 (ココさん)


449)身近で役立ちたいと思います(2006.10.10.)

初めまして、児玉さん。
児玉さんのH.Pや「どうぶつたちへのレクイエム」を拝見してメールしました。
私が産まれる前から、犬を飼っていたせいかかなりの犬好きです。
暖かくなってくると、よく野良犬を見ます。車にひかれた犬や猫。
以前、山へ行った時に、犬を連れて来ていたおじさんを見ました。「なにしているんだろう。散歩しに来たのかな」と思ったんですが、リードを付けず犬を離していたんです。それで、そのおじさんは、車に戻ってじっとしていました。悲しそうな顔をしていました。犬のほうは、散歩をしているかのようにうろうろしていて、私のほうに近づいてきて尻尾を振っていました。人なつっこくぺろぺろしてました。ちゃんと首輪を付けていて狂犬病(サイト管理人注:狂犬病予防接種)もしていました。
おじさんは、車に乗ったままゆっくりと走り出しました。捨てに来たんだと確信しました。
犬は、その車に着いていってしまいました。その後は、どうなったのかはわかりません。

私の家の近くに山があるんですけど、よく野良犬野良猫をみかけます。なかなか、助けてあげることが出来ず悔しいです。

私は、今、大阪にある「ハッピーハウス」犬の孤児院に食べ物を寄付しています。
ちょっとでも、役に立ちたいと思い4ヶ月前から毎月送っています。
みんなが、新しい親を待っている間、元気でいて欲しいから私は寄付を続けます。
県内にそうゆう施設が出来たら身近で役に立ちたいと思っています。


448)レクイエムを見た時、浮かんだ言葉…(2006.10.10.)

 はじめまして。児玉さんの「どうぶつたちへのレクイエム」をはじめて見たときから胸に焼きついた感情を私は一生忘れることはないでしょう。
命の尊さとは誰かが言葉で語っても、受け取る気持ちが自分になければ伝わらないように、一枚の写真が幾千の言葉より私には必要でした。
私がまだ小さな頃、猫が飼いたいと駄々をこねて猫嫌いの祖父と大ゲンカをしたことがあります。泣きじゃくる私を置いて食堂を営む祖父は出前に出かけていきました。しかし、その祖父が出前から帰ると出前箱の中から小さな声がします。覗くとそこには小さな子猫。捨猫でした。
あの瞬間から続く私と多くの動物達との関わり。小さな私は知りませんでした。お金がなければ飼い猫が病気になっても救えないこと。命が生まれるのは尊いと同時に守るためにはとても多くの力がいること。知らずに増やして、守れなかった多くの命があります。未だにあの子達には申し訳なく後悔ばかりが胸に残ります。ただ生きる、その権利さえ満足に与えてあげられなかった。
社会人になった今、守るということを考え続けています。ブリーダーから買った愛犬は体が弱く病院漬けで3年目です。お金もかかるし手もかかる。
だけどその子の寝息が、私を見詰める目が、振られる尻尾が愛しくて、少しでも長く生きていてとただ、ただ願う。愛しさばかりが胸から溢れるのです。
私のためにこの子があるのではなく、この子を生かし、守り育む為に私はきっと此処にいるのだと。
自然から離れ、人間に飼われることを前提に生まれる命達。例えペットショップで10万で売られていてもその命は10万じゃなく、そこに存在する命だと理解し愛したい。捨てる前に、瞳を見詰めて欲しい。その瞳に写る自分を見て欲しい。もしそれでも何も感じず、自分に言い訳ができるなら、きっと私達の命はその子の命より色あせて、そして醜いのだ。レクイエムの子達は寂しく悲しそうではあるけれど、その命は何よりも純粋で色褪せてはいなかったと私は思います。
命の価値とは長さではなくその輝きだとするなら、きっと貴方を捨てた飼い主より貴方の命は輝いていた、そしてもっと輝かせてあげたかった・・・・
私は地道にお金を貯めて、きっと動物たちを幸せにできるお店を開きます。それが今の目標であり全てです。
愛犬と愛猫。愛猫は一晩中我が家の前で家に入れてくと鳴き続けた根性の子。その前日、その猫にそっくりな猫が道で死んでいるのを見つけ、埋葬していただけに顔を見たときは生き返ったのかとびっくりしました。けど、その子が今の子を家に導いたのかもしれません。出会いと、別れ。私も自分の守れる範囲の
子と全力投球で関わり続けます。死が二人を別つまで・・・
長々とすみません。最後に駄文ではありますが、レクイエムを見たとき、浮かんだ言葉をそえて終わりにしたいと思います。

僕は明日あの扉をくぐります
僕の罪はなんですか?
僕はただ生きていたいだけ
あなたの願いは何ですか?
この星に生まれる幾多の命
生きることさえ許されず
否定され続ける僕らの命は
ただ明日の空の色さえしらずに
ここにいます
 
あなたの願いは何ですか

僕の願いは罪ですか?
                                                 (のぞみさん(28歳)販売店勤務)


447)地球上の生き物が安心して共存できる世の中に…(2006.9.23.)

 ある日、「どうぶつたちへのレクエイム」が本屋で陳列されているのを見つけました。”動物もの”の本といえば、癒し系で、ほんわかとした動物の、ある一日を追ったフォトエッセイなどが多いなか、「どうぶつたちへのレクイエム」は、幾日も生きることを許されない動物たちの最後の肖像写真が収められていました。悲痛な気持ちで本を読み入りました。
 そんな彼らとまっすぐに向き合った児玉さんは、ファインダー越しにどんな気持ちで彼らを見つめ続けたことかと思います。児玉さんの写真には、悲痛な現状を伝えるとともに「愛」があるように感じました。
 本を読み終え、「自分のペットだけを、こよなく愛してきた」私の考えは覆されました。

 自分は記者ではありませんが地方新聞社に勤めていることもあり、児玉さんが本の巻末で訴えた「小さな命を守るために私たちにできること」を啓発するため連載を始めました。児玉さんとメールで連絡をやり取りし思ったことは、児玉さんが寛容なのかもしれませんが、今の世の中、著者と読者の距離がここまで縮まったのだと思いました。

 地域の事情を知るため、まず保健所の人に話を聞きました。私の地域は田舎なので、都心部に比べ処分数は少ないですが、その割合は犬18%、猫96%(平成17年度)という有様でした。職員の方の話だと、近所の苦情により、当事者の家に出向いてみると、飼い主のマナーの悪さが目に付くということです。苦情の一報が発端となり処分される動物がいるのです。
 虐待により人間不信と判断された(人間を寄せ付けない・人間になつく可能性が薄いと判断された)動物や、生まれて間もない、まだ目の開いていない子猫などは、ほぼ譲渡に回すことはなく処分されるそうです。
 それらの原因を探ってみると、人間の責任の無さに至るのです。

 不幸な命をやむを得ず処分している保健所の職員の心境も計り知れません。話を聞いた保健所職員の方は不幸な命を一つでも減らすために、周りの知人・友人に頼み込んで、貰い手を探している状態だそうです。それでも限度があります。
 私の市では、動物収容施設は合同庁舎の地下にあります。薄暗い所で臭いもあるという話ですが、1つでも命を助ける手段になるのではと思い、「なぜ人目のつかない地下にあるのか。もっと目のつくところ(地上)に出せば、もらい手が見つかりやすくなるのでは」と問いました。すると、「そこが収容所であると分かれば、無断で動物を置いていく人間がいるから」ということです。…何とかならないものかと歯がゆい気持ちでいっぱいになりました。
 さらに、保健所の方は、動物を持ち込んだ飼い主に、どんな工程で最後の檻にたどりつくのか、実際に現場を見せることも効果的だそうで、引き取りを何匹か止めさせることもできたそうです。隠された現場を”見せる現場”に転換していくことも必要だと感じました。

 連載していくうえで、ネットでも情報を探してみました。例えば虐待防止関連のHPをみると、足が1本無い犬や、1つの網の袋に何匹もの子猫たちが入れられた処分目前の無残な姿が映っていました。見ていて生々しく、気分が悪くなりましたが、これが日本の現状なのだと心に留め、多分生涯忘れることはない画像になりました。
 またNHKで放送された「運命の犬・ディロン」(全5話)では、セラピー犬・ディロンの役割を描くほか、動物収容施設へ平然と動物を預ける人間、収容施設職員の複雑な心境、夜逃げで置き去りにされた犬が介助犬として新たな人生を歩む等、身近なことを考えさせられ、感動したドラマがあります。そのドラマは毎回エンディングで、収容施設から処分を免れ、いまは飼い主と幸せに暮らす動物も紹介していました。テレビ放送が視聴者に与える効果は大きいので、再放送や新たな番組づくりを求めたいと思います。

 人間と動物は共生していくしかありません。そのためには、動物の生活環境も繁殖も、全て人間が管理せねば小さな命を守ることはできません。
 まずは不妊・去勢手術の推進が一番重要です。それが日本の現状ではその重要性が浸透していないと思います。私の市では、不妊・去勢手術の助成金制度がありますが、それは頭数わずか11匹で助成金もわずか3000円(1匹)です。あまりにも少ないです。この問題は地域で考えるのではなく、やはり国が考えなくては問題を打破することはできないと思います。国を動かすには、一人ひとりの意識向上を図ることだと思い、その手段の一つとして、私は自分の新聞で訴えて地道に何度も啓発していくことだと考えます。折りしも今月は動物愛護月間、また訴えています。

 最近毎日のように聞く熊出没ニュース。今年は例年に比べ4〜5倍目撃されているとか。山にいるべき熊がエサ不足のため里へ下りてきたがために駆除(射殺)されています。危険な動物であれどそのニュースは心が痛みます。
 私たちと身近でなくとも、地平線の向こう、遠い果ての絶滅危惧種となった(なりうる)動物たち−地球温暖化の影響を直に受ける北極や南極の動物、砂漠で飢えをしのぐ動物たちをも守るために、私たちにできる身近なエコ活動があると思います。
 課題は山積です。地球上の生物が安心して共存できる世の中になってほしいと心から願います。

                        (長野県、高橋かおりさん)