逆転

 

(5) 逆転

 約束の日がやってきた。今日は、車に乗っていても前が見えないくらいの大雨である。しかし、その方が 私にとって、とても都合が良かった。
「頼む間に合ってくれ」
 私は、危険ながらも車を飛ばした。
 A中学の放課後。少し離れた体育館の女子トイレに恵は連れていかれた。
「さぁ。入れよ」
 番長の理恵が命令をした。
「いや、離して」
 恵は必死になって抵抗するが、数人のいじめっ子グループが恵を押さえ付けてトイレの個室に 押しこみしゃがませた。
「約束通りにできなかったんだろ、早く舐めろよ」
 理恵は、恵の頭の上に足を乗せて、グイグイと恵の顔を便器に押し付けた。
「な・なんなんだよ御前は。ここは、女子トイレだぞ」
 トイレの外の方から、見張りをしていた、いじめっ子グループの声がした。
「こちらに、中山恵さんという方がいると思うのですが?」
 そうやら、間一髪で間に合ったらしい。理恵も恵の頭に乗せていた足をどかし、私に注目し始めた。
「御注文の月の料理と空気のジュースをもってきました」
 私は、持参したクーラーボックスの中を開け、1品目を取り出した。
「いや〜。当店でも久々の注文だったので、少々時間がかかりました。まず、月の料理ムーン・オン・ザ・ロックです」
 私は、丁寧に皿の上に料理を乗せ、理恵に差し出した。
「なんだよこれは、氷の中に卵の黄身を入れただけじゃないか」
 理恵は、渡された皿を突き返してきた。
 確かにその通りであるが、ここで負けてはならないと私も頑張った。
「いえ。それは確かに月ですよ。ほら、外を御覧なさい。空には、月が見えないじゃないですか」
 私は、窓の方向に指差し説明した。
「何いってんだよ。この土砂降りの日に月どころか太陽だって、雲に隠れて見えやしないよ」
 理恵が1人怒っていた。
「いいえ。これは月ですよ。なんだったら、ロケットに乗って確かめてくれば良いですよ」
 私はもう1度、理恵に皿を突き返した。
「もういいよ。次のデザートを出してくれよ」
 理恵は、空気のジュースを要求してきた。私は両手に軍手をし、キャンプなどで使う墨を挟む鉄でできた はさみを手に持ち、2品目を持ち上げた。
「当店特製の液体酸素と液体窒素を程良くブレンドした1品です」
 私は、カップの蓋をそっと取り、タキシードの胸ポケットに差してあった一輪の薔薇の花をジュースの中 へと入れた。
『ジュワー』
 一瞬の内に薔薇が凍ってしまい、その薔薇を理恵の足元に投げた。
『パリン』
 凍った薔薇は、粉々に砕けてしまった。
「うん。良く冷えてますね。さぁ。冷めない内にどうぞ」
 そういって差し出すと、いじめっ子グループの誰もが一歩身を引くのが感じられた。
「わ・わかったよ。でも、次はどうすんだよ」
 理恵は、一気に強気に変わった。また、ほかのメンバーからも笑い声が聞こえていた。しかし、私自身 もかなり自身をもっていたので、彼女達の笑いに身を引くことはなかった。
「最後は、ここじゃ無理なので代表して君に来てもらいたい」
 私は、リーダーである理恵を指差した。
「えっ私」
 理恵は、予想外の私の回答に戸惑っていた。
「君のリクエストだろ。本人が行かないでどうする」
 私と恵、そしてグループを代表して理恵が、さらに何故か分からないがタヌキまで私の車に乗って、 横須賀で待つワトソンの所へと向かった。

(6) 横須賀

 横須賀基地に着いた私達4人は、ワトソンの計らいで、一般では通ることのできないゲートから進入し、 そして、空母艦に乗せてもらった。
 午後8時、約束通り横須賀を出港した。私とワトソン以外の人間は、今回のプロジェクトは知らされていないので、 恵や理恵はどうしてこんな所にいるのか不思議そうな顔をしていた。
「ハイ英次」
 出港してしばらくすると、ワトソンが私達の前に現れた。
「彼女かい?今回注文をしてくれたのは?」
「そうだ。よろしく頼むよ」
「OK。じゃぁこれに着替えて」
 ワトソンは、理恵にパイロットスーツを渡した。理恵は、それを受け取ったがまだ理解できてないようだった。 そして、しばらくするとパイロットスーツに身を包んだ理恵が現れた。
「説明は、彼から聞いたね」
 私は、理恵にヘルメットを渡した。
「あぁ。大体わね」
「じゃぁ行こうか」
 ワトソンが声を掛けた。そして、ワトソンと理恵はアメリカ空軍の戦闘機F14(トムキャット)に乗りこんだ。
「ファイブ・フォー・スリー・ツー・ワン・GO」
 2人を乗せた戦闘機は太平洋の彼方へ飛んでいった。
「おい英次。どう言うことだ説明しろよ」
 タヌキは、私に問い掛けてきた。
「いいだろう。俺は天気予報を見てふと思った。静止衛星は地球と同じ速度・同じ方向で回っていることに 気が付いた。ならば、それより早く逆方向に飛べたらって思ったのさ。つまり、地球の円周の長さから、地球の自転 の速度が自足1700キロだとわかる。音速が時速1200キロだから、つまり、マッハ2以上のスピード で西に向かえば、太陽は西から登って東に沈むと言うわけさ」
私は、淡々とタヌキに説明した。
「なるほどね」
 タヌキは本当にわかったのだろうか?
「お嬢さん。計器パネル中央の針路計は分かるね」
 ワトソンは、後ろに座っている理恵に話し掛けた。
「はい。先ほど説明してもらいましたから。針はW(西)を差しています」
 理恵は、パネルをチラッと見てワトソンに答えた。
「OK。その通りだ」
「じゃぁ。このまま最大速度マッハ2・4までスピードを上げるぞ」
 彼等を乗せたトムキャットは、また一段とスピードを上げていった。そして、時間にして5分ほど 経ったであろうか。
「見えるかいお嬢さん。あれが西から登る太陽さ」
「はい」
 太陽は完全に地平線から姿を現し、もう目線が上を向いていた。
「このまま飛び続ければ、太陽は我々の頭上を通過して後方、つまり東へ沈むが、そこまで行くかね」
「い・いいえ。もう結構です」
「よし。このまま引き返そう」
 トムキャットは、そのまま急旋回して空母艦へと帰路についた。
 無事着艦したトムキャットからワトソンと理恵が降りてきた。
「恵、悪かったな」
 2人を出迎えた恵に理恵は、その一言だけを言ってデッキの方へ歩いていった。
「有難うございました」
 恵も頭を下げて、理恵の後と追った。
「英次。彼女を助けた本当の理由を教えろよ」
 タヌキは、前を歩く英次に問い掛けた。
 英次は立ち止まり、そして、振り返らずに。
「俺も昔いじめられっ子だったんだ」
 英次は、その一言だけを言って、また歩き始めた。タヌキも英次の寂しそうな後姿に、掛ける言葉 も見つからなかった。

 これで、キツネとタヌキの名コンビのパーフェクト記録はまだまだ続くことになったのだ。


お  わ  り 

1997年作 SUGAR F