ピース
(10) 交信
日が暮れてからどれ位が経っただろうか。誰1人として、会話することなく静かな夜が続いていた。その時。 『ゴゴゴゴゴー』 雷のような物凄い音が鳴り響いた。この音に車に乗っていた者、テントに入っていた者、全てが外にでてきた。 「来たぞ。機材を準備してくれ」 NASAのジャクソン博士が指示を出した。ベースキャンプには、一気に緊張感が走った。 『ピカッー』 私達が遭遇した光と同じ物だった。そして、その光の玉から1本の光の線が地上に向けて降りてきた。 その中に太郎君の姿が確認された。太郎君は何かに保護されているかのように、光の中からゆっくりと 降りてきた。「太郎君」 私は、太郎君が地面に降りたのを確認すると、誰よりも早く彼の元に駆け寄った。 「大丈夫かい?疲れていないかい?」 私は、彼と目線を合わして話すため、立膝をつき、両手を彼の肩に乗せて彼に問い掛けた。 「全然。だって、光の雲の中でずっとお話していたんだもん」 太郎君の言葉通り、全然答えていないようだった。 「今でも、お話ができるかな?」「うん。できるよ」 「それじゃぁ。ちょっと聞いてくれないかな。彼等が誰なのか?そして何処から来たのか?」 太郎君は、私の指示通り光の中に聞いているようだが、その内容や声は近くにいる私でさえ聞こえることはなかった。 「分かったよ。あの人達は、ずっと遠い宇宙からきた人達なんだって、でも実態のない意識の固まりなんだって 。ねぇ。実態って何?意識って何?」 私はこの時、物凄い場所にいるのだとこの時初めて気づいた。そして、これ以上は私の手には負えない と思っていた。 「すみません。ジャクソン博士」 私の呼びかけに、ジャクソン博士は近寄ってきた。 「太郎君を通じて、彼等と交信できますが、どうしますか?」 「もちろんやるさ。VTRと録音の準備をしてくれ!誰か少年の言葉を英語にしてくれないか?」 ジャクソンは、軍の通信班に指示をし、誰かに通訳を頼んだ。 「博士。私がやりましょう」 その通訳に佐藤が立候補した。 「それじゃ、始めましょうか。まず、何処から来たのか?いつ来たのか?何故来たのか?詳しく聞いてください」 ジャクソン博士の問いかけに佐藤は、太郎君に伝えているようだった。太郎君は、目をつむりUFOとの 交信をするために、集中しているように見えた。そして、私達には太郎君と佐藤のやり取りは、全く聞こえない。 太郎君は淡々と喋っているように見えたが、その度に佐藤がメモしている手を止め、手を額まで持っていき 考え込むポーズなどをしているのが妙に気になっていた。そして、佐藤が立ち上がり私達の方へ振り向いていった。 「じゃ。今聞いたことをまとめます。彼等が住んでいる所は、地球から約150光年離れた惑星の1つの星 らしいのです。その星は、地球にすごく似た星で、大気の構成や存在する物質はおろか、文明の発生から発達 までほぼ同じスピードで進んできたらしい。そして、その星で核戦争が起こり、世界は死滅してしまった。ところが 、この星は、地球より科学が進歩しており、数名の科学者は生き残る方法を発見していた。彼らは生命を1つの エネルギーと考え、肉体が滅んでもエネルギーは空中に浮遊することを発見した。そこで彼らは、このエネルギー に自分たちの記憶を残すことを考え、核戦争が起こる直前に、自らの人体を実験し成功した。そして、彼等は 『無』であるから、宇宙空間を自由に瞬間移動できるようになった。ある時、自分たちと良く似ている 惑星に遭遇した。それが我々の地球です。そして、彼等が始めて地球に来た時は、100年に1人の割合で 彼等と交信することのできる超能力者が現れた。彼等は、その人物にその都度、自分たちの持つ知識を教えていった。 イエスキリストには『神』を教え、ガリレオには『宇宙の見方』を教えた。 エジソンもアインシュタインも皆、彼等と交信することのできた超能力者だった」 「エアーズロックに閉じ込められた、プラテレスの場合はどうだったのか?」 ジャクソン博士は、続けて質問した。そして、佐藤もそのことを太郎君に伝えた。 そして、答えが帰ってきた。 「彼は、人類史上最高の天才だった。彼はすでに、地動説を唱え、電気の存在など発明していた。しかし、歴史 には順序がある。早過ぎる天才の出現は文明の死期を早めるだけだから、それを阻止しようとした」 彼の発言に私を始め、ここに参加している者全てが無言になった。そこで私が。 「太郎君をこう言う形で誘拐したのは?」 また、太郎君を通じて佐藤が交信をはじめ、答えが帰って来た。 「彼は、アインシュタイン以来の交信能力を持った人物だったからだそうです。そして、彼が大人になるまで コンタクトを待つつもりだったが、それでは遅すぎると判断したそうです」 「遅すぎる?どういうことだ?」 ここにいる皆がそう思っていた。 「核戦争の危機が迫っていると言うことです。地球の人類のここ100年の文化の進歩は信じられないスピード で進んでいる。それは、人類滅亡へとつながっている。彼らは一刻も早く平和へのアプローチをするために、 あえて姿を現したそうです」 「最後にもう1つ。何故、棲む場所としてオーストラリアを選んだのか?」 ワトソンが聞いた。そして、佐藤は太郎君に話した。 「もし、核戦争が起きた時に、1番最後に汚染される地域がこのオーストラリアだそうです。そのことは、 数千年前から分かっていたことです。そして、人類生き残りがこのオーストラリアに集まるそうです。その時に、彼等が 救世主としてその人達の前に現れる予定だった。しかし、そのことは、もっと先に起こるべきだと言っています」 「分かった。我々は核戦争が起こらないように、全力で排除するように努力するように伝えてください」 ジャクソン博士が、光の玉に誓った。佐藤が太郎君を使ってこのことを伝えると、光の玉は、物凄い 音と共にみるみる小さくなり、消えていった。 「太郎君良くやったぞ。さぁ来い」 私は、太郎君を呼び寄せ抱きかかえ、光が消えるのを見ていた。 「雲の人達が消えて行く。バイバイ」 太郎君は光の玉に、大きく手を振っていた。 「ねぇおじちゃん。さっき雲の人のお話だけど、分からない言葉が一杯あったね。聞こえるままに、 おじちゃんに言っていたけど何て言っていたの?」 「実は、おじちゃんも難しすぎて分からないんだ」 「へぇー。またあの人達に会えるかな?」 「あぁ。太郎君はきっと会える時がくるさ」 私とタヌキ、そして太郎君はオーストラリア政府の計らいで、無事に帰国することができた。今回の事件は 、不思議なことが一杯あったがそれなりに教えられるものがあった。私もその教えに従い、地球の平和 になるように、努力しなければならないと思っていた。 30年後、日本人の科学者が34歳という若さでノーベル科学賞を受賞した。彼の名前は、斎藤太郎 という。彼の発見が『才能』なのか『受信』なのかは彼しか知らない。