時間(とき)
(5) そして別れ
英次・耕作2人とも昨日は満足な1日を送り、その日は平穏な1日を過ごしていた。恭子からの電話が来るまでは・・・・。 英次は、その日いつものように仕事をしていた。車に乗って外回りをしていた時である、彼の携帯電話 が鳴った。営業社員である彼にとって、この時間に掛かってくる電話は、会社からの電話と決まっていた。 しかし、着信には「斎藤 恭子」の文字が表示されていた。英次は昨日のこともあるので、彼女からの電話に 期待して電話に出た。 「もしもし英次」 恭子の声には心なしか元気がなかった。 「どうした」 英次もいつもの恭子でないのがはっきりとわかった。 「うんん。なんでもない」 そういうとしばらく沈黙の間ができてしまった。 「もしもし」 英次は、恭子に返答を求めたが、電話が切れた様子もないのに、恭子からの返事はなかったのである。 恭子は、自分の携帯を両手で持ち。そして、それを自分の唇に押しつけていた。もちろん英次への感謝の 気持ちなのである。電話で「ありがとう」と言えれば良いのだろうが、恭子はなかなかその一言が言えないのでいた。 「じゃぁね」 恭子は、そう言って一方的に電話を切ってしまった。 「あれ。もしもし、恭子。どうした」 英次は、そのまま恭子に折り返し電話をかけたが、話中でつながらなかった。そのはずである。恭子はその時、 耕作に電話をかけていたのだった。 恭子は耕作にも英次同様のことをしていた。そして、またも一方的に切ってしまうのである。また、耕作も 英次のように恭子に掛け直すが、つながらないのであった。 それからしばらくして、2人が恭子の別れに気付くのだ。 いづれこの日が来るとは分かっていても、それが今日だとは思わなかった。別に恭子に裏切られたとか、 狐につままれたとか言うのではなく。ただ、何故今日なのか、今日でなければいけないのか、理解できないでいた。 2人とも、まだまだ恭子に言いたいことがあったのに。また、伝えなければならないことも沢山あったのに・・・・。 2人はそんな気分でいた。 こうして、3人の短い『時間(とき)』は終わった。また、3人が共有する時間がもてるのかは、 誰も知らないのである。