アチェン・ガルと同じような経緯で形成された修行場にラルン・ガルがある



カリスマ性を持つ高僧ケンポ・ジグメ・プンツォク



彼の周りに修行僧が集まり、1980年、ラルン・ガルが生まれた



中国政府はチベット仏教、そして宗教的コミュニティーの持つ力を恐れている



2001年には拡大するラルン・ガルに対して縮小命令が出された



軍・公安により一方的に宿坊が取り壊され



5000人を越える僧侶が強制退去



ケンポは陸軍病院に強制入院(隔離)



修行場は公安の監視下に置かれた



外国人の入域は禁止



2004年1月7日にはケンポが陸軍病院にて亡くなった



修行僧8000人を越えていたラルンガルは1000人規模に減った



同じニンマ派のアチェンガルに流れた修行僧も少なくない



アチェンガルで一日を過ごした