ポツポツと落ちだし、やばいと思った時には、ザアーッと来た。
雨に降られるなんて思いもよらなかった。
逃げる場所のまったく無い山道。
山頂までも、しばらくある。
カメラの入ったバックをビニールに入れ、大きな木の下に避難する。
雨を遮ってくれた葉は、三分もすると耐え切れず、雨宿りの出来る場所は無くなった。
まいったなあ。
びしょ濡れだ。
お世話になっている家から、蔵王山頂までは約50キロ。
晴れていたし、ちょっと近所に出掛けるような気分だった。
カメラを包むビニール以外なんの準備もしていない。
半袖シャツと短パンが、どんどん雨を吸い込んでゆく。
木の下で雨に濡れながら、寒くて寒くて足踏みをした。
通り雨かと思ったのだが、雨はいっこうに止む気配がない。
もう絞れるほどシャツが濡れてしまった。
とにかく雨を避けられる場所に動こう。
ヘルメットに溜まった雨を捨てて、そのまま被り、バイクを走らせる。
濡れた服が風をきる。
うおーっ!さっむい!
これほどまでに寒いとは。
吹雪の中、リフトでジッとしている方が、まだマシなくらいだ。
寒くて寒くて震えが止まらない。
ガチガチと歯がぶつかり合う。
水滴がメガネについて視界をふさぐ。
この状態で一瞬も居たくない。
引き返したい。
しかし、戻っても雨を避けられる場所が無いのは分かっている。
もう上るしかないのだ。
急なヘアピンを繰り返す、真っ暗な山道を、小さくなりながら二速で登った。
100メートルごとに走行距離を刻むメーターが、いっこうに縮まらない。
確か山頂までは、まだ8キロ近くあったはず。
どこか雨を避けられる場所はないか。
全身ずぶ濡れで、震えながら走る。
やっと、そば屋があった。
雨宿りしよう。
温かい山菜そばを注文して七味をどっさりかける。
汁を少しずつ啜る。
うまい!
なんて、うまいんだ。
固まっていた全身に血が廻り始める。
「今日の天気はどうですか」
「あいにく、朝から降ったり止んだりですねえ。
でも、此処が雨でも見れることがありますよ。雲の上ですから。
せっかく来たんですから、とにかく行ってみた方が・・・」
ほとんどの人が、蔵王山頂から見える御釜(おかま)を目当てにやってくる。
今日は雨の為、霧も濃く、見ることが出来ないかもしれない。
でも、大変な思いをして此処まで上がって来たんだ。
とにかく行ってみよう。
雨が止むのを待って出発。
雲は厚く、今にもまた雨が落ちてきそうだ。
せっかく温まった身体も、濡れたシャツが風を受けて、すぐに冷えた。
背の低い木や立ち枯れた木が目立ち始める。
やがて山は森林限界を超えた。
遮るものも無くなり、強い風を、まともに受ける。
雪を抱いた峰も見えてきた。
寒いはずだ。
ガチガチとぶつかる歯が止まらない。
せめてシャツさえ乾いていたら。
もう、御釜なんて見れなくても良い。
頂上に着くことだけが目的だ。
背中を丸めブルブル震えながらスロットルを開く。
最後の坂を上がりきる。
やっと着いた。
霧の向こうに、うっすらと御釜が見えた。
シャッターをきる。
その瞬間、ザアーッとまた雨が落ちてきた。
2003年8月4日 蔵王