歯ブラシを失くした。
ボールペンを失くした。
タオルを失くした。
千円札を洗った。
メガネをかけたまま顔を洗った。
雨ガッパのチャックが開いていた。
下に着ているズボンのチャックも開いていた。
バイクを発進させたら、ゴンと大きな音がした。
荷台に置いたヘルメットを被らず走り出していた。
こんなことがないようにとシートに置いたヘルメットの上に座った。
午後2時55分、天売島を出た船が羽幌に着いた。
羽幌から稚内まで約130キロ。
今日中に稚内に着ければ、明日の朝早くに出港する礼文島行きの船に乗れる。
よし、行こう。
国道232号を北に走る。
オロロンラインと呼ばれる気持ち良い海岸沿いの道だ。
車が100キロ以上のスピードを出して飛んでくる。
バックミラーを確認しながら、路肩に避けつつ走る。
神経が疲れる。
手塩町で、232号から106号へ。
更に海岸線を稚内に向かって走る。
半分以上来たな。
だんだん陽が落ちてくる。
海からの風が強い。
セーターを着込む。
風力発電の風車が無数に立っている。
すごいなあ。
写真に撮りたい。
バイクを止め、カメラを持った瞬間に気がついた。
あーやってしまった。
こんな軽い訳ないよ。
念のため確認してみる。
やっぱり無い。
バッテリーは船の中だ。
デジカメとパソコンを持っての旅なので、バッテリーの確保は重要だ。
宿泊しているライダーハウスでは、数台の携帯電話に占領されて
コンセントが使えないことも良くある。
一杯のコーヒーを飲む間、喫茶店で充電させてもらうこともある。
天売島から戻ってくる船室で、ここぞとばかりに充電していた。
それを、そのまま置いてきてしまったのだ。
すでに2時間以上走った。
メーターを見ると走り出してから72キロを示していた。
あああ、戻るのか。
明日の礼文島は、もう無理だ。
電話ボックスから港に電話をする。
そういった忘れ物は届いていないとのこと。
船は再度、出港していて、7時くらいに天売島から戻る。
忘れ物として届けてもらえると良いけど。
港に向かって走ってきた道を引き返す。
飛ばす車に煽られながらハンドルを握る。
海に沈む夕陽を楽しむ余裕はなかった。
暗闇の港に着いた。
天売島へ二度行った、バッテリーを受け取った。
疲れた。
2003年8月14日 羽幌