稚内から名寄に向かう。
国道40号を南下するのが近いのだが
宗谷岬を通って、オホーツク海沿いを走るルートを使うことにする。
200キロ以上あるけど大丈夫だろう。
急ぐ旅ではない。
早朝に出発すれば夕方には着けるだろう。
「気をつけて。良い旅を」
眠っている大学生にメモを残して出発する。
天気予報は晴れだったが、雲が厚い。
だんだん霧が出てきた。
細かい雨のように水滴がメガネに付いて視界を遮る。
手ぬぐいで拭きながら走る。
一時間ほどで宗谷岬に着いた。
この辺りから間宮林蔵がサハリンに出帆したのか。
宗谷岬には、早朝にもかかわらず、たくさんのライダーが集まっていた。
「日本最北端の地」と刻まれた碑の前では
男の子がギターを弾きながら歌っていた。
恋人への甘い想いを歌うフォークソング。
半分照れながら半分酔いながら歌っているので
声は良いのだが、何とも中途半端な歌だ。
「いやー上手ですね。どこから来たんですか。プロの人ですか」
写真を撮っていた友人らしき男の子が、置かれた缶の中にコインを入れた。
平和だなあ。
「もう一曲、お願いしますよー」
わざとらしい友人の言葉で演奏会は終わった。
それを待っていたかのようにライダー達の撮影会が始まった。
最北端の碑の前にバイクを置き、自分も一緒にピースサイン。
「すいません。お願いします」
その場で出くわした者同士が順番にシャッターを押し合う。
何とも礼儀正しく平和に撮影会は続く。
荷物にカバーをかけ、出発する。
海沿いでは、昆布を干す作業が行われている。
今日は何曜日だったっけ。
老人と言っても良い年齢の人達が黙々と働いている。
こういうシーンに出くわした時、自分はちいさな後ろめたさを感じる。
沖縄でサトウキビ畑を走っている時にも同様に感じる心の揺れだ。
自分はこんなことをしていて良いのだろうか。
ふと両親のことを思い出す。
幼少の頃に戦争を体験して、物のない時代を生きてきた。
自分が、その時代に生まれていたとしたら
こんなふうに旅をすることもなかったろう。
こうして気ままな旅が出来るのは
日本が(とりあえずは)平和で、物質的に豊かなおかげである。
それは、自分の両親や、あそこで昆布を干している人達の
努力と営みの上に成り立っているのだ。
そのことを忘れずに旅をしよう。
自分は自分にしかなれない。
自分は自分の人生しか生きられない。
改めて思う。
岩の上の海鳥が哲学者のような顔で海を見ていた。
2003年8月18日 宗谷岬