太陽の位置が高くなる。
空全体を覆っていた薄い雲が消えてゆく。
良い天気だ。
今日は摩周湖から屈斜路湖へ。
その後は美幌峠か津別峠を走り、日暮れには温泉に浸かろう。
摩周湖へのヘアピンカーブをトコトコ上る。
パーキングにバイクを止め、湖を一望する展望台へ。
「うっわーっ!」
ベンチに座っていた女の子が、大声を出した。
いきなりの声に、思わず立ち止まった。
こちらを見て、親しそうな笑顔を向けている。
へっ?だれ?
帽子の影で顔が見えないので、近づいてみる。
「あっれーっ!領子ちゃんじゃん」
そこにいたのは、なんと大統領の領子ちゃんだった。
「やっぱ若い子が良いね。おねーさん高校生?」
「またまた、そんなに若くないですよ」
「名前は何ていうの?」
「りょうこです。大統領の領子です」
その会話を聞いたのは、3週間ほど前、天売島で泊まった宿でのこと。
そこで働いていた領子ちゃんが、各部屋に食事を運んでいたのだ。
隣の部屋から聞こえてくる会話かと思っていたら、更に向こうの部屋からだった。
領子ちゃんの声は、かなりでかい。
しかし、こんな所で会うとは。
宿には10月に入ってから大工さん達が長期間泊まることになり
予定していたバイトが延長された。
そのため急遽2週間の休みがもらえ道内を電車で廻っているのだそうだ。
「すごい偶然だなあ」
「旅っておもしろいよね」
領子ちゃんは天売島でのバイトの後、小笠原に行く。
そしてネイチャーインストラクターの勉強を始めるのだそうだ。
「だけど、金子さん見ちゃったね」
「えっ、何を?」
摩周湖にはカムイッシュ島と言われる小島が浮かんでいる。
(カムイッシュ=神になった老婆)
いつも霧が立ち込めている摩周湖で島が見えることは稀なのだ。
「あの島を見た男の人は、出世できないんだよ」
そうなのか。
摩周湖に来たのは、今回が3度目なのだが、いずれも晴天。
あの島も、3度見ている。
俺、よっぽど出世しないんだなあ。
一度くらい霧の摩周湖を見てみたいものだ。
「出世かあ。まあ、それ以前に職がないんだけどね。で、女の人はどうなの?」
「晩婚」
「それも、ありそうだなあ」
「じゃ、先に行きます」
バックパックを背負った領子ちゃんが坂道を下っていった。
ススキの穂が揺れる。
季節は夏の後姿を見送っている。
ひととき出会い別れる。
それぞれの旅は続く。
2003年9月2日 摩周湖