月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる者は、日々旅にして旅を栖とす。
古人も多く旅に死せるあり。
予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず。
目覚めると窓の外は海だった。
ぽつぽつと赤いランプのみが灯る闇の港を昨夜発った。
眩しい青。
甲板に出ると強い向かい風が吹いている。
置き去りにした季節外れの台風に吹き込んでいるのだろう。
くず入れに入るはずの紙コップが吹き飛んだ。
波に翻弄される白い点を見つめる。
「旅の人に何でですがと聞いてはいけないそうなのですが、何でですか」
ある人は、そう前置きして、旅の理由を尋ねた。
聞いてはいけないとは思わない。
ただ、うまく答えられないのだ。
俺はどうして旅をするのだろう。
旅人はいつも自分に問いかけながら旅をしている。
旅をしたい。
旅をする。
それ以上でも、それ以下でもない。
今は、そんな答えしか持たない。
コーヒーの苦味が舌に残っている。
あと数時間で船は港に着く。
吹く風が少しずつ穏やかになってゆく。
我、漂白の思ひやまず。
2003年10月26日 徳島に向かうフェリーにて