朝一番の飛行機で羽田を出発。
石垣島で乗り換えて約30分のフライト。
珊瑚礁の島々を眼下に見ながら10時55分に与那国島に着く。
50ccのカブから飛行機。
いきなり増したスピードと移動距離。
与那国島に着いた実感はなく、島にいる自分を不思議に思う。
歓迎!ようこそ国境の町 与那国島へ!
日本最西端の御食事処!
国境の銘酒・まいふな
日本最西端の島地酒・どなん
与那国島に着くと「最西端・国境」の文字がやたらと目に付く。
空港前には「最西端のタクシー乗り場」
そこにタクシーは止まっていない。
数日前、与那国の安宿に予約を入れた。
「うちは送迎は出来ないよー」
「空港からはどうやって行けば良いですか」
「タクシーがあるさあ」
「バスは無いですかね」
「無いなあ。あまりお客もいないからタクシー乗ってあげて」
しかし空港前に、タクシーは止まっていない。
現れる気配も無い。
どんどん人が消えてゆく。
このままだと完全に取り残される。
「この車、どこまで行きますか」
軽トラに荷物を積んでいるおじさんに声をかける。
「租納(そない)さあ」
うーん、租納が何処なのか分からない。
実は宿がどの辺りにあるのかも分かっていない。
「民宿ふくやまに行きたいんですけど」
「載せ」
やった、ラッキー。
「どうも!」
バックパックと三線を荷台に載せる。
自分も荷台に飛び乗った。
むうっとする南国の空気。
風が強い。
島の内側には山があり岩肌が抜き出しになっている。
東へ数キロ走ると集落に入っていった。
ある民家で車が止まり、助手席のおばさんが降りた。
荷物を降ろすのを手伝う。
車内に移り、おじさんのガイド付きで民宿へ。
「此処がふくやまだから。おーい、おじい」
そこには味のある建物と味のあるおじいが待っていた。
部屋に荷物を置くと、おじいもそこにあぐらをかいた。
「三線か。弾いてみなしゃい」
ケースから三線を取り出し、ちんだみ(調弦)を始める。
「いいから、貸しなしゃい」
おじいは一瞬でちんだみを済ませると、唄いだした。
鷲ぬ鳥節、でんさー節、安里屋ユンタ、十九の春
味のある唄を披露してくれた。
「弾くときにはさあ、じぃえったいに左手を見たらダメさあ。
少しくらいずれても良いから、じぃえったいに見たらダメさあ」
「おたく煙草飲む?」
「いや。おじいは飲むの?」
「おじいは、むっちゃくちゃ飲むよ。一本借りようと思ったけど。
煙草飲まないなら、酒飲みなしゃいよ」
おじいが泡盛を持ってきた。
ほろ酔い加減でペダルをこぐ。
おじい曰く、坂の多い島なので自転車で廻るのは大変さーとのこと。
まあ、何とかなるだろうとスタート。
確かに坂はきつく、途中、何度か降りて押した。
おじいのアドバイス通り、東崎展望台から時計回りで島を巡る。
汗が吹き出る。
強い風が西に向かっている。
島は集落以外の場所が牧場のようになっていて牛・馬・羊が放し飼だ。
コンクリートの道路に、たくさんの落し物がある。
ホヤホヤの、カピカピの、キノコが生えたの。
雲の流れが早い。
雨雲が見る間に近づいてくる。
雨宿りの間、うとうと短い夢を見た。
東崎(アガリザキ)展望台
軍艦岩・立神岩
比川(ひがわ)集落
西先(いりざき)・最西端の碑
久部良(くぶら)集落
空港でもらった地図を広げる。
周囲28キロ。
この島は思っていたよりも遥かに大きい。
波照間島(周囲14キロ)より少し広いくらいと高をくくっていたのだが。
風に逆らい
立ち上がってこぎ
降りて押し
ハンドルにもたれて
てれてれとくだる
明らかに時差がある。
太陽はずっと高い位置にある。
一日が長い。
宿に戻るとひっくり返った。
今夜の宿泊客は自分ひとりのようだ。
普段使わない筋肉に鈍い痛みがある。
疲れたな。
起きたの朝4時だったしな。
廊下に人の気配がある。
「おじいのところで飲むよー」
腕で膝を支えてヨッコイショと立ち上がる。
「煙草飲まないから、酒飲みなしゃいよ」
一升瓶から、泡盛を注ぐ。
おじいは煙草に火をつけて、プシュと缶コーラを空けた。
「おじいは昔むっちゃくちゃ飲んださー、ウイスキーをむっちゃくちゃ飲んだよー」
おじいはウイスキーを飲んでたことを強調した。
沖縄がアメリカだった時代には、泡盛は野蛮な飲み物とされた。
アメリカから入ってくるウイスキーを飲むことがスマートとされ好まれていた。
コーヒーも同じようによく飲まれたらしい。
現在でも、おじい・おばあにとって「お茶を飲む」とは「コーヒーを飲む」ことだ。
テレビでは演歌番組が流れている。
「藤 あや子は、いい女だよー、いっちばんきれいじゃないかー、
女優よりきれいだよ。たぶん今、日本でいっちばんだよ」
おじいは、藤 あや子の写真を出してきてジッと見つめる。
「女は髪型で変わるよー。この頃の髪型がいっちばんだよ」
今の髪型はお気に召していないようだ。
風が強い。
演歌番組が終わりクイズ番組が始まる。
回答者同士が順番に不正解者を当てる。
何度か説明したが、おじいには、番組のルールが理解できないようだ。
「あの女の子、可愛いなあー、だれ?」
「なんだっけな、昔、二人組みのアイドルで・・・えーと・・・」
「アイドル?違うよー女優に違いないさー」
「えーとね。そうそう、相田 翔子だ」
「あいだ しょうこー・・・・」
おじいは沖縄独特の語尾が上がるイントネーションで繰り返した。
「可愛いなあー、相田 翔子ー・・・」
彼女が画面に映るたび、おじいは繰り返した。
「可愛いなあー、相田 あや子ー・・・」
いつの間にか、相田 あや子になっていた。
唸りをあげて風が吹き抜けてゆく。
テレビを眺めながら、おじいの話が続く。
(おじいの)ひいおじいから伝わる三線のこと。
桜の木で作り始めた三線のこと。
藤あや子の髪型のこと。
亡くなった奥さんが始めた宿のこと。
相田あや子は女優に違いないこと。
Dr.コトーの診療所の撮影を見たこと。
新宿で道に迷ったこと。
フィリピンで台風が発生したこと。
藤あや子の髪型のこと。
相田あや子は女優に違いないこと。
那覇にいる長男のこと。
藤あや子の髪型のこと。
一日に煙草を3箱吸うこと。
昔はウイスキーをたくさん飲んでいたこと。
藤あや子の髪型のこと。
昔のコーラは美味かったこと。
三線を始めて弾いた時のこと。
おじいは昔話を昨日の事のように話す。
「もっと飲みなしゃいよ」
風の騒ぐ夜は更ける。
「女は髪型で変わるよー」
おじいの話が延々と続く。
2003年11月25日 与那国島