与那国島。


山間を縫って南北に伸びる道。


ゆるやかなアップダウンを繰り返す。


さとうきび畑が開け、草を食む馬の姿が見える。


強い風に、さとうきび畑が激しくうねる。




租納と比川、ふたつの集落の中間。


かつて「トゥングダ」と呼ばれた場所がある。


法螺貝が鳴り、何の前触れも無く召集がかかる。


時間内にトゥングダに入れなかった者は殺された。


今は人影もなく風の唸りだけが聞こえていた。









海からの風が立っていられないほど吹きつける。


島の西側に位置する集落、久部良には「クブラバリ」と呼ばれる岩がある。


海に面したこの岩には全長15m、幅3・5m、深さ6mの裂け目がある。


かつて妊婦が集められ裂け目を飛び越えさせられた。


必死の思いで飛んだが、多くは転落死したり、流産したと伝えられる。




民衆をここまで追い込んだ権力者のエゴ。


琉球王朝(薩摩島津)により課せられた厳しい人頭税。


口減らしのために行われた悲劇。


人々は好き好んで選んだ道では無いはずだ。


生きるためのギリギリの選択。




その事実の前で安っぽい俺のヒューマニズムは色褪せる。


安全な場所から語る命や平和は何て薄っぺらいのだろう。


それでも今日を生きる現実。


明日は知らない。




どうしようもない時代は繰り返す。


権力者は国際社会における日本の役割と前置きする。


日本て何だ。


沖縄って何だ。


民衆の個人の立場からは、そんなものは建前だ。


自分と自分が愛する者たちが、ただ存在しているだけだ。


同じように存在する無数の自分と無数の愛する者たち。


残酷で逞しく美しく儚い命たち。




忌むべきは繰り返される権力のエゴイズム。


人を人とも思わない愚かな態度。


他者を踏みにじることでしか、成就できない先進国。




日本国民は、恒久の平和を念願し


人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて


平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して


われらの安全と生存を保持しようと決意した。


われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から


永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において


名誉ある地位を占めたいと思ふ。


われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ


平和のうちに生存する権利を有することを確認する。




日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し


国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は


国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。


国の交戦権は、これを認めない。




国際社会における日本の役割って何だ。


多くの国々の人をたくさん殺し、ひどい目に合わせてきた日本。


同じように、自分達も苦しい目にあい、罪の無い多くの命を失った。


そして、世界で唯一の被爆国。


ほんの半世紀前の出来事だ。


その悲惨さを伝え、世界に平和をもたらすことが日本の役割ではないのか。


そのことこそが、沢山の犠牲者の死を無駄にしないことではないのか。




俺は笑う。


美しい風景を見て笑う。


おいしく御飯を食べ笑う。


人の優しさに触れ笑う。


残酷で逞しく美しく儚い命を感じ笑う。


この浅はかな国を笑う。


自らの安っぽいヒューマニズムを笑う。


流れる歴史の中で朝を待っている。


全ての命が心から笑える明日を待っている。













      2003年11月26日 与那国島 (12月9日加筆)