乗り込むための通路からして既にエスニックな匂いがプンプンしている。


機内にはエスニックな音楽がガンガンに鳴り響いている。


サリーを着た黒く彫りの深いフライト・アテンダント。


無国籍で多国籍な乗客たち。


一瞬、何処か別の国に迷い込んだかのような錯覚を覚える。




成田発、バンコク経由、ダッカ行き。


ビーマン・バングラデッシュ、BG 073便。




引越しのような大荷物を抱えたオッちゃんが乗り込んできた。


おそらくバングラデッシュの人だろう。


フライト・アテンダント達に大きな声で陽気に話しかけながら


あちらこちらの棚に荷物を押し込むと、通路を挟んだ隣に座った。


座った途端、隣の男の子に向かって話し出した。


一瞬でも話さずにはいられないかのようだ。


訛りの強い英語で矢継ぎ早に言葉が発せられる。


ジャパニーズ?スチューデント?バケーション?


困り顔の男の子の返事も待たず、話し続ける。


ホエアー アー ユー ゴーイング?


男の子は曖昧な笑顔を浮かべてイエス、イエスと答えている。


初めての海外旅行なのだろう。


おっちゃんは話しかけるのを諦め、オイルのようなものを長く白い髭に塗り始めた。


強烈な匂いが立ち込める。


目が合い、お互いニコッと笑う。







手を出してみろ。


オッちゃんは身を乗り出してきて、小瓶のオイルを塗りたくった。


手の甲に塗られた茶色のオイルを伸し髭にも塗ってみる。


オッちゃんは手の甲を自分の鼻にもってきて


匂いを嗅いでみろとジェスチャーで示す。


うっ、すごい匂いだ。


気持ちよりも先に体が飛んでいった。


強制的にエスニックな世界へと引き込まれた。




隣の席には欧米人の女性が座った。


自分より若干年上だろうか。


やはりたくさんの荷物を持ち込んでいる。


荷物を足元に押し込むと、足を曲げて窮屈そうに座った。


彼女はすぐ隣にいるのに遥か遠くにいるように感じた。


それ、棚に上げましょうか。


重いカーキのバックを棚に上げ席に着くと、彼女との距離が縮まった。


彼女はサラと名乗り話し始めた。


私はアメリカ人で今はメキシコに住んでいる。


これからバンコクにいるハズバンドに会いに行くところ。


今、お腹にはベイビーがいるの。


日本は、とても良い国だったわ。


サラはwarmとkindという単語を使って日本人を表現した。


俺は近々ニューオリンズに行くよ。


メキシコにもキューバにもグアテマラにも行く。


それから南へ南へ。


あなたはミュージシャン?


いやいや俺はトラベリング・マン。


俺の髪と髭は旅を始めてから伸び放題になっている。


バングラデッシュのオッちゃんが話に割って入ってくる。


やーやー俺だってトラベリング・マンだ。


見ろ、見ろ、これがネパールのスタンプだ。


オッちゃんは自分のパスポートを1ページづつ開いて見せる。


日本とアメリカのヴィザには神妙なオッちゃんの顔写真が貼られている。


それからパキスタン、エジプト、アラブ、イラン、インド。


いろいろ行ってるな、インドには俺も行ったことあるよ。


インドのヴィザの張られたパスポートを見せる。


おっちゃんは俺のパスポートを興味深そうに見ている。


その小さなスタンプはキューバだ。


そのでかいのはジャマイカ。


オッちゃんはジャマイカのスタンプに書かれた英語を読み上げる。


途中から俺も合流して最後の「ジャマイカ」が絶妙なハーモニーになった。


ふたりでガハハと笑った。







予定の時間を過ぎても飛行機は動かない。


フライト前にドリンクが配られ始めた。


トレーに乗った最後の一杯がサラに渡される。


なぜ、あなたのは無いの。


昨夜、ワインを飲みすぎたからだよ。


英語を使うと普段では話さないようなことを口走ってしまう。




やがて機長のアナウンスが流れ始める。


聞きなれない言葉。


低い呟きのような声が、地を這うように響いてくる。


呪文のようにも、祈りのようにも聞こえる。


アラー・マハーム・・・アラー・マハーム・・・アラー・マハーム・・・


旅の無事を一緒に祈った。


なぜか中東に派遣される兵士達のことを思った。




予定を大きくオーバーして離陸を始める。


徐々に高度を上げ旋回する。


翼が太陽の光を反射する。


埋め立てられた真っすぐな海岸線。


碁盤の目に整備された田畑。


人間の営みが変えてしまった大地。


その中でも綿々と命の欠片がきらめいている。




目を閉じると、これまでの旅が思い浮かぶ。


自分が何を求めているかを大切にして此処まで来た。


全ての瞬間が偶然と必然が織り重なった奇跡だった。


また新しい旅が始まる。












       2004年01月16日 成田