そいつはオールド・ハバナの街角にたたずんでいた。
風変わりなドレッド・ヘアーにサングラス。
やばそうな雰囲気を醸し出していた。
どすの利いた声で呼び止められた。
「ヤーマン、ちょっと俺に付いて来い」
ハバナの街を歩いていると、あちこちから声が掛かる。
アミーゴ、葉巻(闇で出回っている)を買わないか。
アミーゴ、プライベート・ルーム(無許可)に泊まらないか。
アミーゴ、ゲバラのコイン(3ペソ・8分の1ドル)とおまえの1ドルを交換しないか。
キューバの通貨はペソとドルの二重構造になっている。
庶民が持っているペソで買える物は限られているため
こうして観光客からドルを得ようと執拗に声をかけてくるのだ。
「何処に行くんだよ。俺は葉巻もコインもいらないぜ」
「いいから、来いよ」
奴はにこりともしない。
一体、何を売りつけようというのだろう。
何を売るのか明らかにしない事から、それはやばい方の葉っぱじゃないかと思った。
それに見るからにやばそうな奴。
普通なら相手にしないに限るのだが、その時は、なぜか付いて行ってしまった。
まあ、見るだけ見せてもらうとするか。
やばそうだったら、すぐに「ノーグラシアス、アディオース」だ。
奴は黙って歩き始めた。
その少し後ろを付いてゆく。
50メートルほど歩いた。
奴は朽ち果てた建物に入っていった。
薄暗い部屋。
「ヤーマン、ちょっと待ってろ」
いよいよだな。
奴は、ひと房抱えて戻ってきた。
一本を引き千切る。
「これをおまえにやる」
俺の手には美味そうな黄色いバナナが残った。
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あいうえおあいうえおあいうえおあいうえお
かきくけこかきくけこかきくけこかきくけこ
そいつは海辺で熱心に書き付けていた。
物静かな男だった。
ルイスちゃんと名乗った。
いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、ろーく
しーち、なーな、はーち、くーう、じゅーう
ルイスちゃんは数を数え始めた。
にいじゅういーち、にいじゅうーにーい、にいじゅうさーん、にいじゅうしーい・・・
ルイスちゃんは嬉しそうだ。
ひゃーくいーち、ひゃーくにーい、ひゃーくさーん・・・
永遠と続く。
はっぴゃくいーち、はっぴゃくにーい、はっぴゃくさーん・・・
一緒に声を出して数えたら楽しい気分になった。
ルイスちゃんは恋人の写真を見せてくれた。
可愛い日本人の女の子だった。
今度はいつ会えるの?
ごーがつ、ろーくがつ、しーちがつ、なーながつ・・・うーん、わからなーい。
ルイスちゃんは、ちょっと寂しそうな顔になった。
きっと、すぐに会えるさ。俺も神に祈ろう。
ヤーマン、ジャー・ラスタ・ファーライ!ジャーパンもジャーマイカも同じジャーの国。
シーシー、ワン・ラブ、ワン・ワールドだぜ、ルイスちゃん、ヤーマン!
ルイスちゃんは毛糸の帽子をとった。
ジャーが宿るラスタの象徴、見事なドレッドが現れた。
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そいつとはマレコン通りで会った。
声が出なかった。
握りこぶしを突き出してきた。
俺も黙って握りこぶしを突き出した。
互いのこぶしがガツッと触れ合った。
奴は、それを自分の胸に持ってきて、ゆっくり何度も叩いた。
俺も奴と同じように叩いた。
こぶしに宿った温もりを感じながらハートをノックし続けた。
奴は俺の髪に触ると、ドレッドに編みはじめた。
ありがとう。
脈打っていた温もりが流れ出した。
温かい音になって、すきとおった空に溶けていった。
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2004年4月4日 ハバナ
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