男は約束の時間に来なかった。
それは昨日の出来事。
英語で呼び止められた。
50歳くらいの痩せた男だった。
ドイツ人だと言った。
降りた途端にタクシーが走り去ってしまった。
荷物はタクシーの中。
お金、カード、パスポート、全てを失った。
男は両手を広げた。
とても困っている。
「警察に行くべきだ」
警察に行ったが、どうにもならなかった。
明日の飛行機に乗らなくてはならない。
タクシーを拾った町まで行こうと思うがお金が全く無い。
エアチケットもそこにある。
旅人として旅人を助けてあげたかった。
俺は彼を信じた。
財布に入っていた全ての紙幣を渡した。
往復バス代、一泊、一食。
足りるはずだ。
男は明日の8時半までにホテルに返しに行くと言った。
自分の名前、メールアドレス、ホテルの名前を書いて渡した。
「グッド・ラック」
お金は返らなかった。
詐欺である可能性もあると思っていた。
お金を渡したのは、困った彼のことを考えたからである。
しかし、半分は自分のことを考えたからだ。
何もしてあげられないと告げることも出来た。
あなたの言うことが信じられないと告げることも出来た。
しかし、そうしたら自分が後々嫌な気持ちを引きずると分かっていた。
つまり彼を信じてお金を渡したのだが、半分は信じていなかったのだ。
自分は自分が痛まない道を選んだ。
それが今の自分に出来ることであるということだ。
最近、旅のあり方を問い直す必要があるように感じている。
何だろう。
垢のようなものが溜まってきているのかもしれない。
旅をする。
美しい景色を求める。
美しい人を求める。
出会い、食べ物、音楽、時間、風景。
自分を満たそうとする行為の連続には汚さがあるように思う。
道は果てが無い。
永遠は切ない。
夜中、ビールを買いに行った。
缶ビールを2本買った。
ハンバーガーの屋台があった。
「クワント・ヴァリュー?(いくらですか)」
50センターボ足りなかった。
持っていたコイン全てを手のひらに広げて見せる。
「マス・バラト?(まけてもらえる)」
おじさんは、少し考えてから「ノー」と言った。
「オーケー、オーケー、グラシアス」
立ち去ろうとすると呼び止められた。
「俺が払うよ。食べて行きなよ」
通りがかったオジサンが、そう言ってくれたのだ。
眠らない子供が吹くシャボン玉が、夜の街に舞っていた。
単純なのが良い。
簡単なのが良い。
受け取るだけではダメだ。
与えるだけではダメだ。
自分を満たす。
全てを満たす。
旅がしたい。
雲が流れるように。
草が芽吹くように。
星が瞬くように。
旅がしたい。
旅をする。
問いかける。
自分という自然に問いかける。
もっと感じろ。
もっと優しくなれ。
もっと削ぎ落とせ。
そう言われているような気がする。
2004年8月16日 サンタクルス