旅の空からの伝言


2004年11月25日 ブエノスアイレスより


世界の果てまで。

直線距離で2380km。

ほぼ北海道から沖縄までと同じ距離だそうです。

ひさしぶりに飛びます。

数時間後には日本から一番遠い町にいます。

世界最南端の町ウシュアイアです。

花粉がしんどいブエノスアイレスからびゅーんと。

行ってきます!







■中野跳輔さんへのレスポンスより


サーフボードを持って波に乗りながらの旅。

旅先でライブをやりながらの旅。

サッカーをやりながらの旅。

おいしい料理を求めながらの旅。

手作りのアクセサリーを売りながらの旅。

サルサを習う旅、スペイン語を習う旅、バンドネオンを習う旅。

Jリーガーもいたし、ムエタイ・ボクサーもいたし、メジャーデビューしてるミュージシャンもいた。

六大学野球で投げた東大女性のピッチャーもいたし、ランキング入りしてるプロボクサーもいた。

人の数だけ旅がある。

自分の旅をするには、まず、今の自分・今の環境を受け入れること。

そして、それを肯定することから始めると良いんじゃないかな。

もし、今の状況を窮屈に感じているのなら、それは自分が作り出してるドラマだよ。

とうとうミャンマーだね。

きっと、いろいろなことがあるだろう。

ミャンマーは大好きな場所だけに全てを楽しんでもらえたら嬉しいな。

バスを見るのならマンダレーでもたくさん見れる。

個人的にはバガンに是非行って欲しい。

ヤンゴンには東京ゲストハウスという日本人が集まる宿があるから

何か困った時には力になってくれると思う。

生きた情報も得られる。

気をつけて行って来てね。

旅を続けよう!

終わらない旅を終わらせないために。







■みにみにさんへのレスポンスより


♪ウンバッパッパ ウンバッパッパ ヨイヨイヨイ

♪ウンバッパッパ ウンバッパッパ アラエッソッソ

そうか、そうか。めでてーじゃねーか。

行ってこい、行ってこい。

上海良いとこ。

何処へ行っても全部良いとこ。

F見だったら何処でもやっていけるよ。

楽しみな旅立ちだなあ。

良い旅立ちを聞かせてくれて、ありがとう!

上海に行った際は必ず寄らせてもらうよ。

気をつけて!

同じ空の下、お互いの、そして同じ旅を続けよう!







2004年11月26日 ウシュアイアより


END OF THE WORLD、ウシュアイアにやってきました。

ビーグル海峡を望む小さな(想像より大きな)綺麗な町です。

静かな海峡の向こうに雪山が見えています。

昨日、太陽が沈んだのは夜10時過ぎ。

朝陽が上るのは4時前だそうです。

夏に向かっている南半球ではまだまだ日照時間が長くなります。

真夏には1時過ぎまで太陽が出ているそうです。

泊まっているのは上野山荘。

上野綾子さんという83歳のおばあちゃんがひとりでやっている宿です。

昨夜は鳥鍋を御馳走になりました。

昭和38年、18歳になった息子に(大学よりも)広い世界を見せてやろうという

旦那さんの意向でアルゼンチンに家族で移住。

アルゼンチン国内で13回の移転を繰り返しウシュアイアに辿り着く。

初めは世界最南端を訪れる日本人旅行者に、無料でベッドや食事を提供していた。

それが段々と発展していったのが今の上野山荘です。

旅人に望まれて存在している宿です。

部屋に貼られた畳ほどの南米の地図。

自分が旅した跡を目で追いながら、遠くまで来たんだなあと思いました。

世界の果て。

ここにも人の生活と人生があります。







■まゆ服部さんへのレスポンスより


空から牛肉が降ってきた。

先日、港を臨む桟橋で日向ぼっこをしていた時のこと。

二の腕にびったーんと何かが当たった。

急なことで何が起こったのか分からなかったのだけど

感触から何かヘドロのようなものを投げつけられたのかと一瞬思った。

周りにいた同じく日向ぼっこの老人達が、

こちらを見て少し華やぎながら口々に「フィッシュ、フィッシュ」と言っていた。

魚ではなく生の牛肉の固まりが、自分の近くに落ちていた。

どうやら上空でカモメが奪い合いをしていて落としたらしい。

生肉は結構大きくて(100gくらい)、距離もあったらしく、かなりの衝撃があったんだよね。

被っていた帽子が吹っ飛んだ。

しかし、なぜ、また、どうして、この広い世界の中で、俺の上に!

お釈迦様の掌では面白いことが起きるね。

サンバルンバ美人からは、こちらにもメールがあったよ。

懐かしく偶然を嬉しく繋がりを面白く必然を思った。

やっぱ掌の上だねえ。

まゆちん誕生日おめでとう!

ありがとう!

チャオ!







2004年11月30日 ウシュアイアより


「たくさんの所に行きましたが、自分の場所というのは案外無いですね。

場所というよりは人なんだと思うようになりました」

若い旅人の言葉です。

きっと人と一緒に創ってゆくのが場所なんだろうと思います。

元気にしていますか。

大相撲が終わって有馬記念が待ち遠しい季節です。

ウシュアイアは現在11月30日の午後6時45分。

更に日が伸びて夜10時半過ぎまで明るい日々です。

宿にはドラム缶で作った五右衛門風呂があります。

8ヵ月ぶりに浸かる湯船で固まった体をほぐしています。

ああ、疲れが溜まっていたのだなあと気がつきます。

湯上りのビールとジョアン・ジルベルト。

体が元気になると気持ちも前に向かってゆきます。

テーブルには小さなクリスマスツリーも登場しました。







■MASAくんへのレスポンスより


「ゆっくりしていって下さい」

それが宿に着いた時の綾子さんの第一声だったな。

日本にいたら当たり前のことなのかもしれないけど、

こんなふうに声をかけてもらうと心から沁みるね。

ジーンときた。

宿を去る日はバスの時間の関係で朝の4時半に出なければならなかったので

当然ひとりでそーっと玄関を出てゆくつもりでいたのだけど

綾子さんは起きてきて「すこし暖まっていきな」とリビングに通してくれたよ。

ふたり並んでビーグル海峡の向こうに朝陽が上るのを見ていたのが印象に残っている。

綾子さんは岸田劉生が描いた「麗子」の従姉なのだけど

そんな幼女のようにも神々しくも見えた。

「また来てください」

本物のひと言ひと言はいちいち沁みる。

世界の果てウシュアイアでも会いに行こうと思えば俺達は行くことが出来る。

いつまでも元気でいてもらいたい人。

良い時代に生きさせてもらってること、ありがたい時間を生きさせてもらってること、感謝したいね。

旅を続けよう!







■中野跳輔さんへのレスポンスより


ちょうど一年前は日本最西端に飛んだなあと思いながらウシュアイアに飛びました。

その後、鳩間島&波照間島で会ったんだよね。

一年は早いなあ。

ミャンマーについてのアンサー。

空港からの路線バスは確か無かったように思う。

4、5キロ行った所にバス発着所らしき所があったんじゃないかなあ。

自分の場合はコレクティーボと個人車を乗り継いでセントロまで行きました。

空港の外でタクシーを拾おうと思って道を歩いていたら(タクシーは全然来ない)

コレクティーボが走って来て、バス発着所らしき所で降ろされて(ここが終点)

バスに乗ろうと思ったらバスが無くて(飛行機が大幅に遅れ夜10時になっていた)

その辺りに止まっていた車と交渉してセントロまで行ったのでした。

空港からはタクシーで良いんじゃないかなあ。

入国直後はトラブルが起こりやすいので、路線バスにこだわるより

まず一端宿に落ち着いて身軽になってから動き出した方が良いと思う。

ミャンマーのタクシーはメーター制では無いので、

走り出す前に必ず値段交渉をすること。

すぐに決めないで3、4人のドライバーと交渉すれば適正な値段が分かるよ。

おせっかいかと思うけど一言。

ミャンマーはかつて日本が侵略した国。

多くの人を戦争に巻き込んで戦場となった場所。

それだけは忘れないでね。

良い旅を!







2004年12月3日 プンタアレナスより


そして、その先の所が、世界最南端の市、プンタアレナスだ。

原始の溶岩と南氷洋のあいだに、かりそめのわずかばかりの泥をたよりに、この市は存在する。

あの噴出口のいかにも近くなので、人はいっそうはっきり人間の奇跡を感じるわけだ。

なんという不思議な出会いだろう!

人間というこの旅人が、なぜ、また、どうして、この仮装された庭園を訪れるのかは誰も知らない。

そこに安堵して住むことのできる時間が、地質学上の一時代、多くの日のうちで

祝福されたほんの短い一日の時間に限られている危険な庭園を。

ぼくは夕べの静けさの中に着陸した。

プンタアレナスよ!ぼくはとある泉に背をもたせて、乙女たちに眺め入る。

こうして彼女たちから、2、3歩の近くにいると、ぼくにはいっそうよく、人間の神秘性が感じとれる。

生命がいかにも気やすく生命に出会い、風のベットの中にあってさえ花とまじり、

一羽の白鳥は他のあらゆる白鳥と知り合いの、この同じ世界に棲みながら、

ひとり人間だけが、自分の孤独を築きつづけているのである。

サン・テグジュペリ「人間の土地」より


チリに入国しました。

プンタアレナス(先っぽの砂の意)にいます。

南北4000キロに及ぶチリの南の先端、マゼラン海峡に面した町です。

1520年マゼランにより発見され、大西洋と太平洋を結ぶ航路の要所として栄えた港町も、

1910年パナマ運河の開通と共にその役目を終えたようです。

歴史も町も人も全てが変化しながら流れてゆきますね。

みなさんはどんな12月を過ごしていますか。

かりそめに祝福された一瞬の土地を、一期一会の厳しさを噛み締めながら

あらゆる生命と出会い、旅を続けてゆきたいと思っています。

それぞれの旅を続けましょう。

そして一緒に次の季節へゆきましょう。







■いしばしさんへのレスポンスより


こんにちは!

今年も波照間島に行ったのですね。

いしばしさんに出会ったのは、ちょうど去年の今頃でした。

朝陽を見て「うつくしかぁー」と呟いた、いしばしさんを、良く憶えていますよ。

プンタアレナスはホント風が強く、地面に平行くらいに傾いて生えている木も見ました。

町中ではそれほどではないのですが、山の方へ行くと、前に進もうとしても押し戻される、

四つんばいにならないと立っていられない、それくらいの風は当たり前に吹いています。

世界はそれぞれに素晴らしい。

そして、しかし、様々な土地を訪れるほど、日本、そして沖縄への思いが募ります。

また西浜に立つ日を夢見ながら、日々を精一杯の旅にしたいです。

是非また会いましょう!

語りましょう!

おいしいなすびを作ってみなさんの食卓を楽しませて下さい。







■あいかさんへのレスポンスより


幸せな気分の幸せな報告をありがとう!

毎日が誕生日で、毎日が旅立ち。

たくさんの関わり合いのなかで支えられて繋がって存在しています。

感謝の気持ちを持って旅を続けます。

そうそう千円札が野口英世になったのだね。

知らなかった。

チリのコインは日本の硬貨と良く似ています。

良い日々の旅を!







2004年12月6日 カラファテより


本日、493日目の長い旅の途中。

カラファテ(再々度アルゼンチン)にやってきました。

タンポポ揺れるパタゴニアの短い夏を北上しています。

最近、部屋を探す時、なぜか薄暗い部屋にばかり通される。

何でなのだろう。

どうやらそれは心遣いだったようだ。

夜10時を過ぎても暗くならない(朝も早い)夏のパタゴニアでは、暗い部屋の方が喜ばれる。

それでも俺はメ・グスタ・ルース。

物価の高いチリ・アルゼンチンでは現在100%自炊。(その方が美味しい)

宿を決める時のポイントはコシーナ(台所)を使えるかどうか。

牛肉から骨をナイフで切り離していると、ある宿のおばさんが「それをちょうだい」とのこと。

飼っているペロ(犬)にあげたいのだそうだ。

「アキータ、アキータ」と盛んに言うので犬の名前かと思ってたら、何とそこに秋田犬がいた。

太い足ですっくと立った日本顔の白い犬。

むちゃくちゃびっくり&感動!

(コルドバ・アルゼンチンでは金魚専門店を発見)

日本から一番遠い場所に住んでいる秋田犬(セニョリータ)の名前は「おしん」です。

NHK連続ドラマ「おしん」は以前中南米で大ブレイク。

キューバでは放送時間中には人通りが全く無くなったとの噂。

「おしん」の発音は彼らには難しいようで大体「おちん」になる。

例のアキータも「おちん」と呼ばれていた。

しかし秋田犬はホントに足がぶっとい。

パタゴニアの意味は大きな足。

(pata=足、gon=大きい)

グアナコの毛皮を履いていた先住民の姿から名付けられたそうです。

ちなみ英語でアスリート・フット(運動選手の足)には水虫の意味も有り。

明日、氷河の上を歩いてきます。

アイゼン付けたでかい足で歩いてきます。







■あいかさんへのレスポンスより


アイゼンを靴に装着してガツッガツッと歩いてきたよ。

氷河を砕いてのオン・ザ・ロックが美味かった。

風邪、早く治ると良いね。

温泉までには元気になってゆっくりと楽しんで来て下さい。

榛名山の紅葉が見たいなあ。

風邪をひいたのは、一体いつの事だったろうというくらい俺は元気です。

心配されるより、心配されない方が、嬉しいな。

しばしば思いは現実になります。

よろしく!







■中野跳輔さんへのレスポンスより


今、大きな流れの中では地球の気温は上昇してゆく時代。

1999年の京都会議の頃よく言われていたのが、

数万年かけて起きてきた温度上昇が、この先20年の間に起きてしまうということ。

それを防ぐためには、CO2排出量を20%以上軽減しなくてはならない。

そのための各国削減量を決めるために行われたのが京都会議。

結果は確かアメリカが2%、主催国日本は5%だったような。

全てに経済が優先された。

がっかりした。

イロコイ族は重大な決め事をする時には、7世代先のことまでを考慮にいれて

部族全員で、これから生まれてくる子供達に誓いを立ててから、決定を下すのだそうだ。

今の世界のあり方は次世代への責任を完全に放棄している。

未来を投げ出しているとしか思えない。

俺は京都会議以来、諦めはしないが、じたばた騒ぐのを辞めた。

人間は雑食性が強く環境を大きく変える種。

現在の異常気象は予想出来たことだし、それに加担しているのが俺の生活。

「そのうち、お正月に紅葉と桜が同時に見られるよ」

俺が良く言ってることなんだけど、それは冗談で言ってる訳じゃない。

災害が起きると俺は人間の作った物は不要だと神様に言われているような気がしてならない。

人間は地球に存在する30000000種の生き物のひとつ。

明日、別の種にとって変わられても不思議はない。

そう思って俺は生きています。

やっぱ基本的に南に行くと寒くなる。

気温は標高差によって大きく左右される。

あとは海流かな。

精一杯の旅を続けよう!







■キホさんへのレスポンスより


オラ・アミーゴ!

ムイ・ビエン!グラシアス!

今、憶えたいのはスペイン語よりも魚の下ろし方。

料理の幅を増やし、いずれ漁船から直接買い付けたい。

そして、そろそろポルトガル語ですねえ。

オブリガード(ありがとう)

サウージ(乾杯)

セルベージャ(ビール)

リベルダージ(自由)

ボサ(波)

ノヴァ(新しい)

以上が俺のポル語ボキャブラリーの全てです。

アルゼンチン、好きなところもある、嫌いとは言いたくないというのが正直なところ。

この国でも東洋人ということで差別を受けます。

今までのペルーやボリビアでは差別的な態度をとってくるのは

貧困層や子供などの社会的弱者であったので

そうしなくてはいられない彼らの歴史や生活を思い、軽く流すことも出来たのですが

白人社会であるアルゼンチンではごくごく平均的な立場の人々から、初めから見下したような

バカにしたような態度を取られることも多く、精神衛生上あまり良くないです。

嫌いと言ってしまうのは簡単だし、その方が楽なのだろうけど、そうはしたくないと思います。

東洋人差別があるのは事実で、それを認めない訳にはいかないのですが

そのことを嫌いで済ませてしまったら、大切な何かを失ってしまうような気がするのです。

差別する側もくだらないし、気にする側もくだらない。

心が受けた傷の向かう先について良く考えます。

今日ですべてが始まるさ。

DEJA DEJAの出歯!







■KSK(ケ−スケ)へのレスポンスより


誰でも右手に現実、左手に夢を持ちながら、日常と非日常を同時に生きている。

俺は旅に出る前は生活の中に旅を感じていた。

今は旅の中に生活を感じている。

以前、若い旅人から「よくモチベーションが保てますね」と言われたことがあったけど

その時は確か「保つものだとは思ってないんだ」と答えた。

決していつも良い状態でいられる訳でもないし、保つというよりは変化するものだと思う。

俺は変化してゆくことを楽しみたい。

プール、虫捕り、魚釣り。

夢中で走った。

自転車のペダルを全身で踏んだ。

空に向かって飛び跳ねた。

自分でも抑えきれないほどの力が湧き上がりみなぎっていた。

生命活動の質と同じように、旅の質も変わってくる。

自分の意志でコントロールしたいという思いもまだあるけれど

流れるままでありたいという思いの方が今は強い。

最近、良く見ようと思っているのは、傷を受けた時の心の動き。

受けた傷を、心はより強く記憶してしまう。

見たくないもの、聞きたくないこと、そこに鍵があるような気がしている。

旅をしていると差別も受ける。

騙されたり、ごまかされたりもする。

目をつぶりたい時もある。

耳をふさぎたい時もある。

体の疲れと共に、小さな擦り傷が垢のように溜まってくる。

それでも俺は感じられない自分を長い旅のせいにはしたくない。

死んだ目をした怠け者の生活(沈没)者にはなりたくない。

増えてゆく経験は貴重だけど、それと比較して判断したり、見る前に結論を下したくはない。

大切なのは行為そのもの。

世界は驚きと発見に満ちている。

自身の内側には無限の泉がある。

自分を含めたあらゆるものと向き合うことによって、少しでも光に近づきたいと思っています。

自戒を込めて書いてみました。

ケースケ、また会おう!