旅の空からの伝言


2005年10月11日 大理より


全ては混ざり合いぐるぐると回る。

やがて混沌から秩序が生まれるだろう。

旅を始めた当初、長旅の人からは同じ匂いがすると感じていました。

今、自分から同じ臭いがします。

長く旅を続けていると、どうしても洗濯が不十分になりがちです。

限られた衣類で動き、ほとんどの場合が手洗い、洗濯のタイミングで雨が続いたりもします。

二漕式洗濯機が好きです。

ぐるぐる回る洗濯漕を思わず見つめてしまいます。

今いる宿では洗濯機が無料で使えるので、とてもありがたい。

洗面所の前に鎮座する「National 愛妻号」

フリース、Gジャン、カーゴ・パンツ

ここぞとばかりに厚手のものを洗いました。

欧米の若者達は二漕式の使い方を知らないのか、だいたいいつも空いている。

中国に着いた頃は国全体が大型連休。

元陽では夜になると公園に人々が集まってきて、

そこに設置された大スクリーンで大人も子供も映画を楽しんでいました。

今の宿の食堂でも毎晩7:30からビデオの上映が行われています。

中国で目にする映画のほとんどが戦争もの。

当然のように日本は悪者。

「パールハーバー」だったり「許して下さい」と日本兵が懇願している場面だったり。

ちらりと通り過ぎるだけでも少し肩身が狭い。

日本はこの国に侵攻して多くの人を殺し命を脅かした。

そのことを忘れてはいけない。

ベトナムでは大戦時、日本兵による食糧強奪が行われ

そのために200万人の北のベトナム人が飢えで死んだと言われている。

数字等の信憑性はともかく行われた事実であることは確かだろう。

チベットやインドでは自分が中国人ではなく日本人であることを主張した方が良いらしい。

逆にパキスタンでは中国人は歓迎される。

敵の敵は味方という原理。

「炒餃」と書いた紙を持って町を歩き廻る。

しかし焼餃子を食べさせてくれる店は皆無。

かろうじて蒸したのを出してくれる店を発見。

店の片隅で打って煉って伸ばしていて皮はぷりぷり。

ぷりぷりなので御飯のおかずには重い。

丸いアルミの枠に竹を敷いた蒸し器のまま13個の餃子が出てきて40円。

カップルで一人前をささっと食べて出てゆくパターンも良く見る。

俺はビールを持ち込んで26個。

蒸し器が二段になってカッコイイ。

店は家族でやっている。

行くたび常に凄い口喧嘩が繰り広げられている。

次の瞬間には一家離散かという勢い。

やかましくてしょうがない。

「すこしは静かにしてくれよ」と日本語で言ってみる。

そうは言いつつもまた食べに行く(5日連続)

中国全体がいつも口喧嘩をしているように感じる。

基本的に真面目でパワーがある民族なのだろう。

他人の目はほとんど気にしない。

書く文字は綺麗で、卓球はむちゃくちゃ上手い。

女性の鼻歌は限りなく美しい。

若者のカラオケはどうしょもない。

ポップスの発声やメロディ・ラインに馴染みが薄いのではないか。

スワンプ・ロック、フラメンコ、アラビック、ロック・ステディ、

アルゼンチン・タンゴ、ヒップ・ホップ。

パソコンに放り込んである曲を適当に繋ぐ。

アコースティック・ブラジリアン、オキナワ、

デルタ・ブルース、フレンチ・カリビアン、ノマド・スイング。

ドアがノックされ苦情かと思ったら

「おまえの選曲は最高だ!もっと音を大きくしてくれ!」とのこと。

シー!シー!シー!グラシアス!

嬉しいなあ。

やっぱラテンの人だなあ。

国境は越えられるのか。

いつかは行ってみたいと思っているパキスタンでは地震。

グアテマラでは土砂崩れ。

バリではテロ。

何てことなんだ・・・と思うことが続く。

この1ヶ月の間、旅で出会った友人がふたり亡くなった。

メキシコの笠置さんに続きインドで出会った小山田さん。

パタゴニア(アルゼンチン)で乗っていた車が横転して頭を打って亡くなった。

24歳。

今でも信じられない。

デリーからバラナシまで夜行列車で一緒に行った。

「せっかく親切でくれたのに、まずいって顔出来ないよね」

もらったお菓子を一緒に食べ、彼女の旅や将来や恋人の話を聞いた。

バラナシに着き体調を崩していた俺を自分のベットで休ませてくれた。

いつかまた旅の空で会える人だとばかり思っていた。

俺はもっと彼女と話しておくべきことがあったように思う。

御冥福を祈りたいと思います。

合掌。

生きていられるのはほんの一瞬。

自分自身で思い切り生き続けたいと思います。

まだまだ旅の途中です。

全ては混ざり合いぐるぐると回る。







■キホさんへのレスポンスより


お仕事お疲れ様です。

相変わらず土曜日と水曜日の夜は良い感じですね。

面白いです。

半分、酔っ払いのお話として聞かせていただきました。

きっと俺も100円の弁当をありがたく買いますね。

カブで日本を廻っていた頃は良くAコープにお世話になっていました。

閉店間際に弁当や惣菜が半額になるので、それを狙って買いに行っていました。

1年ほど前、ボリビアでのこと。

ベンチで食事をしているとグルッと犬達に取り囲まれました。

缶ビールを開けている隙にちょっと置いたハンバーガーを咥えて逃げた奴がいました。

俺は追いかけていって、そいつの頭をひっぱたきました。

そして奴が地面に落としたハンバーガーを拾って砂を払いそのまま喰いました。

ほとんど無意識にとっていた行動です。

カンボジアでは「ゴミはゴミ箱へ」と日本語で書かれた看板を良く見ました。

(これが読めるカンボジア人なんて皆無に等しい)

日本のNGOが立てたものです。

飲み終わった缶(ビール)はゴミ箱に捨てずに持って歩きました。

缶集めを生業にしている子供達にあげるためです。

まなざしがまっすぐな笑顔の気持ちの良い子供達でした。

ある人にとってはゴミであっても、ある人にとっては生活の糧であり資源です。

決めつけるのは持っている側の論理。

ゴミの中に生きる糧を探す者も貧しいのかもしれませんが

食べられる物をどんどん捨てる者も俺は貧しいと思っています。

日本に住む民族もかなり変わっていますね。

いろいろな目線を持って進んでゆきたいものです。

未だ真実はぐるぐると洗濯機の中です。







2005年10月14日 麗江より


大理から北へ約180キロ。

麗江(リージャン)という城壁に囲まれた迷路のような古い町にいます。

世界遺産に登録されたということと中国国内での観光ブームということで

手旗を持ったガイドに引連れられた中国人団体旅行客で溢れています。

それでもしっとりとした独特の静けさと気品を持った町です。

緯度でいうと沖縄と同じくらいなのですが

2600mの標高があるので朝晩は冷え込みます。

黒い瓦の屋根が折り重なった向こうには標高5506mの

玉龍雪山が雪を抱いて見えています。

民族衣装のおばちゃん達は腰に毛皮(ヤク)を当てています。

大理がパイ族の町であったのに対しこの辺りはナシ族のエリア。

顔つきが明らかに変わったのが分ります。

この辺りでは屋根の上にシーサーを見ることが出来ます。

痩せたシッポの立った小さな可愛いシーサーです。

ここからチベット自治区までは300キロほど。

北半球は冬に向かってゆきますね。

俺もそろそろズボンとセーターを買わないと。

季節の変わり目、体調に気をつけてお過ごし下さい。







■やじまくんへのレスポンスより


熱い夏が終わったね。

良い時間を過ごしたことと思う。

出し切った経験はきっとこれからに繋がってゆく。

こちらは一昨年の8月に出発してからずっと夏が続いてるような気がしている。

毛糸のモモヒキを穿いて吹雪の峠を越えてる時でも青空と入道雲が見えている。

熱さの質は変わってゆくけれど、命は燃え続ける。

またみんなで泡盛楽しみにしています。

今は明太子(に熱いご飯)が無性に食べたい。







2005年10月19日 麗江より


大きな自然の中で人間の存在は限りなく小さい。

遠く離れた米粒同士がお互いに手を振る。

近づいてゆくと山羊を引連れた笑顔の素敵なおばあちゃんだった。

5000メートルを越える山々が作る峡谷を三日間歩いてきました。

風、雲、火、水、森、花、草、光、闇。

とても身近に感じました。

人間の営みは慎ましく自然の一部でした。

全てが温かく愛しい。

泊まった宿では笑顔という最高のもてなしをいただきました。

旅は良いなあと改めて思える三日間でした。







■よりこさんへのレスポンスより


写真を見てくれてありがとう!

見たものそのままに撮れたら良いなあ。

様々な方法で経験を共有出来るのが、人間という種の素晴らしいとこだね。

分かち合った経験もその人独自の何かに変わってゆく。

「そっと写したテリトリーを侵してない写真」

これは以前、写真展を見に来てくれた時のよりちゃんの感想。

今でもそんな感じで撮る時もあるのだけど、

テリトリーなんて初めから無いものにしてしまうくらいの勢いで撮る場合もある。

逆にテリトリーなんて存在しないことを教えてもらう時もある。

そっと尊重する気持ちと、ぶっこわして混ざり合いたい気持ちの両方がある。

俺はよりちゃんの旅を時にまぶしく時に励みにも感じているよ。

闇を抱えながらも光に向かってゆく。

右に行ったり、左に行ったり。

通ってゆく道筋や速度は違っても目指す場所は皆同じなのだと思う。







2005年10月21日 香格果拉より


香格果拉(シャングリラ)という町にいます。

標高3300m、雲南省の最北端。

チベット族、リス族、ナシ族、イ族、ペー族、回族などの

少数民族が総人口の84%を占めています。

太陽が出ていないと昼間でも息が白くなるほど冷えます。

山々は点々と黄色く色づいています。

中国での当面の目的地はラサ(チベット自治区)でした。

北上しながらラサへのルートを模索していました。

香格果拉→郷城→理塘(2)→康定→成都(3)→

蘭州→西寧(2)→敦煌(3)→ゴルムド(2)→ラサ

昨晩、ラサまでの予定を立てました。

16日間かけて中国をぐるっと左に回ってラサに入るルートです。

香格果拉からラサへまっすぐ西に向かいたかったのですが、

このバスは外国人は乗れないという決まりがあるようです。

ラサは非解放地区として外国人の入域が制限されています。

基本的にはパーミット(入境許可書)が必要です。

香格果拉からのバスは地元民専用ということで、

パーミットを持っていたとしても外国人はチケットを売ってもらえないのだそうです。

香格果拉にある日本人旅行者の集まるレストランには、

ラサへ入る為の様々な方法が書かれたノートがあります。

そこにも、このバスについては、どうやっても売ってもらえなかったというのと

「誰か第一号にならないか」と言うような記述しかありませんでした。

香格果拉にいた多くの旅行者も諦めて別のルートに変更し早々に旅立ってゆきました。

ところが、なぜか、このチケットが買えてしまったのです。

郷城へのチケットを買うついでにダメモトで「拉薩(ラサ)」と書いた紙を見せたらあっけなく。

どうしよう、買えちゃったよ。

そんな感じです。

ということでいきなりラサに向かいます。

パーミットを取っている時間も無かったので公安に見つかったら罰金&連れ戻し。

どのくらいの時間が掛かるのかも分りません。

3日から5日くらいらしいとの説あり。

さてさてどうなることやら。







2005年10月26日 ラサより


吹雪にもマケズ

公安にもマケズ

高山病にもマケズ

土砂崩れにもマケズ

西へ西へ

ラサに着きました。

リオ・デ・ジャネイロからサルバドールまでが30時間。

今までの最長記録を大きく上回る72時間のバス移動。

まずはビール、そしてシャワー、ついでにカツ丼。

カメラを抱かずに寝返りの打てるベッドで寝られるのも嬉しい。

ダライ・ラマ14世がラサを去ってから、すでに40年以上の年月が流れました。

急速に近代化&漢民族化が進む中で、この地も随分と変わったという声も聞こえてきます。

それでも多くの巡礼者が集まる独特の場所。

とても気に入っています。

チベットの人たちの信仰をじっくりと見せてもらおうと思っています。







■やじまくんへのレスポンスより


ラサには楽勝で着いてしまった。

「どうやってラサに来ました?」はこの地での旅人の挨拶。

例のバスに乗ってきたことを話すと「奇跡ですね」とか「伝説ですよ」とか言われるのだけど

あまりにも楽をして来てしまって申し訳ないくらい。

初めての寝台バスは快適で体力的には30時間の移動よりも楽だった。

公安のいる前では中国語の新聞を広げて、

大事マン・ブラザース(なぜか中国で良く流れている)を鼻歌で歌っていたよ。

まあ、土砂崩れや吹雪などで足止めもあったけど全体的にはとても楽しい移動だった。

シャングリラ→ラサの移動費

バス:500元(地元民のみのはず)

飛行機:2550元(パーミット込み)

ランクル:16000元(4人まで同乗可能・パーミット込み)

俺より1日早く出発して同じルートで闇ヒッチにトライしたコリアンは

6日間の行程で約1000元掛かったということだから、

俺の500元はコスト的にも破格の安さだった。

ラサの町はダライラマで溢れているのかと思っていたけど、その影さえない。

彼の肖像画や写真などを持っているだけで罰せられるとのこと。

俺のキーホルダーにはダライラマのプレートが付いている。

ポタラ宮の入場料

外国人:100元

中国人:100元

チベット人:1元

地元の人より多く払うのは仕方ないと思っているのだが100元は現実問題として高すぎる。

普段食べている食事の25食分にも相当する。

実際は1250円ほどだが現在の俺の金銭感覚では1万円にも2万円にも感じる。

奇跡よもう一度ということで窓口でとりあえず1元だけ出してみた。

すぐに「ワン・ハンドレッド」と言われてしまった。

「俺のソウルはチベタンだ」

「チベットとジャパンは同じひとつの心だ」

ダライラマのプレートも見せながら言ってみたけど「ノー・ワン・ハンドレッド」

こういう時は、引き際良く。

「オッケー」と毛沢東が印刷された100元札を差し出したよ。







■キホさんへのレスポンスより


縄文杉の周囲半径10メートルほどは人が入れないように柵が張り巡らされ、

地面にはウッド・チップがびっしりと敷き詰められています。

老木に長生きしてもらうためには仕方がないのでしょうが、

周りの森から完全に切り離された縄文杉は、なんとなく哀れに見えました。

ポタラ宮は縄文杉のようでした。

若干の参拝者はいますが、訪れる大部分は見物目当ての観光客。

世界遺産になったことも拍車をかけたのでしょう。

ポタラ宮はよそよそしくて庶民の信仰からは切り離されてしまっているように感じました。

巡礼者が目指すのは町の中心にあるジョカンです。

ジョカン参りを終えた巡礼者達は、その周辺をぐるぐると時計回りに回ります。

ぶつぶつと祈りの言葉を呟く者。

マニ車を回す者。

五体投地で進んでゆく者もいます。

全身全霊を仏に捧げる祈りのフォームなのですが、

自分にはどうもエクササイズに見えてしまいます。

自分の馴染みある仏教からは、宗教と体を動かすことがなかなか結びつきにくい。

それは宗教の洗練でもあるし退行でもあるのではないかと思います。

この国はコカコーラもスプライトもインターネットも漢字で表示されます。

ちなみにプレイボーイは花花公子。

そうそう男女が抱き合った仏像というのを初めて見ました。

やっぱジョカンです。







■ユリコさんへのレスポンスより


タシデレー!

俺がユリコさんくらいの年齢の頃は頑なに変わらないでいようと思っていました。

今思うとそれは変わることを恐れていた裏返しだったのではないかと思います。

青い空を見ていると自分が大きく広がってゆくように感じます。

人の運命は世界との向き合い方で簡単に変わってしまうものではないでしょうか。

世界の背後にある闇も青空も見てみたいですね。

受け入れて変わるのも自分自身。

受け入れた上で変わらないのも自分自身。

変化にも柔軟に、全てを楽しみながら、まだまだ転がり続けたいです。







■中野跳輔さんへのレスポンスより


チベットは色々な意味で興味深い。

人々の生活は宗教を中心に動いている。

村も町も全てがゴンパ(寺)を中心に出来ている。

風景や風土や暮らしはアンデス(南米)と重なる。

陽射しは強く空気は乾いていて唇はガサガサ。

ネット屋は未成年立ち入り禁止。

少しドキドキしながら中に入ると、ちびっ子がゲームやりまくり。







2005年10月30日 ラサより


タシデレー!

中国の一部であるチベット自治区では中国語で話しかけるよりも

英語を使った方がはるかに好意的に受け止めてもらえるのだそうです。

でもやはりなるべくなら彼らの言葉。

こんにちは=タシデレ

ありがとう=トゥジェジェ

おいしい=シンポドゥ

さよなら(自分が去る)=カレ シェ

さよなら(相手が去る)=カレ ペェ

また会おう=ジェーヨン

私の名前は○○です=ンゲ ミン ○○ レェ

あなたの名前は?=ケランギ ミン カレ レェ?

日本から来ました=リピン ネェ イン

友達=トポ

うれしい=キポドゥ

日本人旅行者から借りたガイドブックからチベット語を書き写して

広場でチベタンに発音を教えてもらいました。

書いてあった「トゥジェジェ」は「トゥジェチェ」で「シンポドゥ」は「シーポドゥ」に近い。

「リピン ネェ イン」(日本から来ました)はどのように発音しても

「???」みんな首をひねるばかりで理解してもらえませんでした。

そんなことをしていたら20人ほどの人垣が出来てしまいました。

「メイヨー」

これは中国語(北京語・標準語)で「無い」の意味。

中国を旅していて一番良く出会う言葉です。

中国人はしかめっつらとこの言葉で全てを片付けてしまいます。

(しかもなぜか得意そうに言う)

ホテルにて30元の宿代を100元で払う。

「(お釣りは)メイヨー」(なぜか得意そうに)

こちらも負けずに。

「(細かいのは)メイヨー」(同じく得意そうに)

ちゃんとお釣りがもらえます。

今までの旅で冷えたビールを手に入れるのに一番苦労したのはボリビアでした。

看板に「セルベッサ・フリオ」と書いてあっても実際は冷えていません。

「冷えてねーぞ」と文句を言ったら「ナチュラル・フリオだ」とのこと。

高地ではビールを冷やす習慣が無いようです。

標高3650m。

此処ラサでも冷たいビールを探すのは大変です。

「冷」と書いた紙を持って「ピージョー、ピージョー」(ビール)と20店ほど廻りました。

だんだん「メイヨー」が「ねーよ」に聞こえてきます。

やっと手に入れた冷えたラサ・ビール。

アルコール度数:4、3%

内容量:628ml±10ml

この「±10ml」がなんとも。

ラベルに書かれている言葉は「Beer from the roof of the world」

ヒマラヤの下で暮らす信仰厚きチベタン達。

人と人が出会えば花が咲くように笑顔が広がる。

笑顔はそのままの笑顔。

打算も利害も卑屈もないそのためだけの笑顔。

嘘の無いしかめっ面もチャーミングですが、やはり笑顔は素敵です。