旅の空からの伝言
2006年9月19日 サナアより
青い星がゆっくりと廻る。
朝が来た。
今日は洗濯です。
強い日差しに2時間で乾きました。
サナアは毎日、良い天気です。
約3週間前、この街に来た頃は、よく雨が降っていました。
大体30分ほど、長くて2時間。
雨が止んで、晴れたなと思っていても、いつの間にか雲が出る。
エブリディ、曇りのち晴れ時々雨。
雨季の終わりだったのでしょう。
今はもう雨を見ることはありません。
サッカー(日本vsイエメン)の日を境に、季節は劇的に変わりました。
爽やかサナア。
カイロから南に向かった旅人の話だと、
スーダンでは死人が出るほどの猛烈な暑さなのだそうです。
飲む水は、1、5リットルのペットボトルを、毎日9本。
それなのに、小便は、一日一回。
ショボショボショボ。
そうそう、サナアに着いたばかりの頃の話。
ああ、また雨が降ってきたのかと思ったら、自分の致す小便の音でした。
それぞれの空。
それぞれの季節がありますね。
それぞれの生活。
それぞれの思いや人生や大切な人がありますね。
今日もサナアは良い天気です。
2006年9月20日 サナアより
空が青い。
あの頃を思い出す。
そんなはずはないのに
思い出す空はいつも青空。
進軍ラッパが ぷぷ
ぷぷ
ぷーっ
燕のダンスにゃ ほろほろり
だけど ほら
あの人に 会える その日まで
ゆらゆら とおせんぼ
先日、甥の運動会があったそうです。
2006年9月21日 サナアより
はらりはらり。
白い蝶が舞うように天井のペンキが落ちてくる。
ベッドの上のパンくず。
3階のトイレに猫がいる。
日付が変わり21日。
通りの車も途切れる。
コオロギの鳴き声が聞こえてくる。
秋の笛。
今日はちょっと夜長。
移り行く季節。
PCに触れると静電気バチッ。
くしゃみ7連発。
目がかゆい。
5月のハンガリー。
9月のイエメン。
12月のブエノスアイレス。
寝て起きたらマナハ&ハジャラに向かう予定。
でもサナアにいるかも。
それもまたよし。
2006年9月23日 サナアより
あ、もしかして、今、飲んじゃった?
乗り合いバンを運転するドライバーの反応は、まさにそんな感じだった。
隣に乗り込んできた男は足元に置いたペット・ボトルを指差した。
「もしかして、それ水じゃないよねー」
ドライバーはニヤニヤしながら「ラマダン、ラマダン」と呟いている。
ラマダン(断食月)!
明日からだとばかり思い込んでいた。
先ほどまで小さな村にいたので気が付かなかったのです。
サナアの街は午後4時。
はんぱな時間。
なぜか道路は大渋滞。
食べ物を売る店には入りきれないほどの人だかり。
スークはまさに今が掃き入れ時です。
フォブス(パン)などの食べ物を下げて歩いている人は多くいますが、
誰ひとりとして口にしている者はいません。
シャイ(チャイ)屋など、その場で飲み食いさせる店は、シャッターを閉ざしたままです。
昼食を食べてなかったので、いつもの食堂に行ってみました。
店内は、まさに仕込みの真っ最中。
客席にも食材が広げられ、てんやわんや大騒ぎ。
この店の店員達が忙しそうにしているのを始めてみました。
「食べられる?」
馴染みのおっちゃんに声をかけると、通りから見えない奥の席に通されました。
いそいそと。
ひっそりと。
隣で野菜が切り刻まれるテーブルで、食事をしました。
バーブ・アル・ヤマンまで食後の散歩。
ここは旧市街・スークの入り口でもある広場です。
多くの人で賑わい、イエメンで一番活気ある場所です。
声を張り上げる物売り。
両手に持ちきれないほどの買い物客。
階段に腰掛け街を眺める男たち。
走り廻る子供たち。
車椅子の物乞い。
いつもの喧騒。
路上で焼きトウモロコシや蒸かしイモを売っている者もいます。
視界には数百名ものひしめく人々。
一見すると何でもないいつもの風景です。
しかし、よく見てみると、その人間たちは誰ひとりとして飲み食いをしていない。
ちょっと異様な風景です。
食後のお茶が飲みたい。
広場の角にあるシャイ屋だけは閉まっています。
日の陰りからして、日没まで、あと1時間くらいでしょうか。
店の周りにはシャイを待っているらしき男たちがたむろしています。
そろそろ開かないかと覗き込んでは帰ってゆく者もいます。
広場を行き交う人々。
彼らの手にある食べ物。
誰かフライングしないかなあ。
もうそろそろ食べちゃっても良い頃だろう。
太陽が旧市街の影に入る。
シャイ屋の扉が開き、店の前にイスが並び始める。
オヤジたちと共に、店のイスに移動する。
「おまえはムスリムか」
「ブッディストだ」
今日はいつにも増して宗教を聞かれます。
日の陰りが速度を増す。
まだか、まだか。
シャイ屋のカウンターに人が集まりだす。
彼らはポット持参。
持ち帰りのシャイを求める者にだけ優先的に売られます。
「もう、彼は飲んでも良いよ」
周りの人たちが、俺にシャイを飲むように促します。
「もうちょっとだけ待って」と店員が仕草で答えます。
俺も待つよ。
まだか。
まだか。
オレンジの街灯が灯り始めました。
紫の夕暮れです。
その時が来ました。
正面のモスクからアザーンが鳴り響く。
隣に座っていたおじさんが両手を天に差し出す。
呼応するように街中あちこちから祈りの声が聞こえ出す。
風が吹きました。
空気の濃度が明らかに変わりました。
何なんだ、この荘厳さは。
何なんだ、この厳粛さは。
祈りの声がひとつの響きとなり世界を包みます。
同じ姿をした別の星にスリップしたようでした。
ぞくぞくするエキゾシズムの瞬間でした。
俺の目の前にいち早くシャイが置かれました。
茶渋がこびり付いて、ふちの欠けた、いつものグラスです。
「お金は要らないよ。あのおじさんからのおごりね」
シュクラン!
周りの人々のテーブルにもシャイが配られます。
祈りの声は続きます。
「もう、飲みなよ」
隣のおじさんは勧めてくれますが、ムスリム達は祈りが済んでからいただくようです。
俺も待つよ。
それぞれに持参した食べ物もテーブルに乗っています。
ジイサンは袋の中の干し葡萄を覗き込んでいます。
輪になった家族の全員が手に持ったフォブスを見つめています。
今にもサモサを口に運んでしまいそうなじいさん。
両手にシャイのグラスを持って落ち着きなく広場を歩き廻るおっさん。
そんな風景が荘厳さに包まれています。
祈りの声は続きます。
夕闇に包まれ人々がシルエットになってゆきます。
俺のテーブルにナツメヤシを置いてくれた人がいました。
フォブスを置いてくれた人がいました。
サモサを置いてくれた人がいました。
シュクラン!
ありがたいやら、申し訳ないやら。
(実は、俺、もう食べちゃったんです)
やがてアザーンが止みました。
さて。
薄暮の中、温かい食事が始まりました。
干し葡萄を見つめていたジイサンが物凄いスピードで一粒ずつ口に運んでいます。
幸せな一体感を感じながらシャイをいただきました。
生姜の匂いがツンとしました。
2006年9月24日 サナアより
西の窓からてんとう虫が入ってくる。
赤い体に見落としそうな小さな小さな七つ星。
正午のアザーン。
3杯目のコーヒー。
昨日からラマダンが始まりました。
正午を過ぎても商店が開く気配はありません。
人通りも皆無に等しい。
明るいゴーストタウン。
時々、車がぶーん。
日没に向けて街は活気を取り戻します。
スークは大混雑、道路は大渋滞。
スーパーマーケットは暴動寸前。
食べ物を売る出店も普段より格段に多い。
どれもこれも美味しそう。
禁断の果実がキラキラと輝いて見えます。
路地裏でこっそり食べてしまおうか。
日没のお祈り前には、街が静まり返ります。
食堂以外の商店は申し合わせたようにバタバタッと閉まります。
街にあふれていた人も車も消えてしまいます。
息をひそめて(食べ物を前に)、その時を待ちます。
今日は不思議な夕暮れでした。
赤と青にハッキリと分かれた空。
道を歩いているとポリスに声をかけられ、食堂に呼ばれました。
「あいすいません。それではシャイをチョイとだけ」
店内の皆様が、これ以上食べられないというくらい御馳走してくれました。
パンをフレンチ・ドレッシングに漬けたようなものたくさん。
コロッケのようなもの×3
ファラフェル×2
レモンジュース×2
シャイ
以上が沖縄のカメーカメー(食べろ、食べろ)でした。
シュクラン!
夜が一日の始まりです。
いつもよりも着飾った人たちで街は午前3時過ぎくらいまで賑わっています。
街には電飾が煌き、時々花火があがります。
軍事博物館だって開いています。
午前0時過ぎにシャワーを浴びて、食事に出かけました。
ブッディストは生活ペースを掴むのに苦労します。
2006年9月25日 サナアより
ひとつの旅を終えた安堵。
また旅立てる喜び。
繰り返し
繰り返し
少しづつ近づいてゆけば良い。
27日間の滞在でした。
ありがとう!
イエメン!
残るは数枚のコインとクロワッサン。
空港まで辿り着けるでしょうか。
ヒッチかな。
今夜の飛行機でエチオピア(アディス・アベバ)まで飛びます。
再びのアフリカ大陸。
初めてのブラック・リアル・アフリカ。
治安面と衛生面のハードルが上がるのは間違いないでしょう。
まずは気持ちを引き締めて。
(まずはビール)
さてさて。
ヤッラー!アフリカ!
バモス!アフリカ!
ボンジュール!アフリカ!
テナ・イストゥリヌ!エチオピア!
どんな旅になりますでしょうか。
インシャ・アッラー
(神のみぞ知る)