旅の空からの伝言


2007年2月20日 キャンディより


背中に開いたTシャツの穴から蚊に血を吸われた。

小さな蟻は俺の抜いたヒゲを運んでゆく。

毛根の辺りを食べるのだろうか。

そういえばマレーシアでは剥けた踵の皮を持っていかれた。

南国の蟻はたくましい。

潰れた壁の蚊もすぐに運ばれた。

一年ほど寝そべっていたら俺の体も消えるのではないだろうか。







2007年2月22日 キャンディより


日本へ帰った旅人から時々便りが届く。

日本は楽、ぬるま湯。

必ずといっていいくらいそんなニュアンスのことが書かれている。

楽でぬるま湯。

とても良いことなんじゃないかと思う。

日本はみんなが頑張っているからぬるま湯に入っていられるのだと思う。

自動車 カメラ パソコン 電卓 扇風機 ミシン 農機具

日本の工業製品は世界中に溢れている。

乱暴に言うと世界全ての工業製品と言っていいくらい。

それだけたくさんのお金を世界中から吸い上げているということでもある。

あれだけの製品を作り出せる技術をもった国は何処にもない。

あんなに働いている民族は何処にもいない。

俺が旅が出来るのは日本の経済力があってのこと。

海外にいながらどっぷりと日本のぬるま湯に浸かっている。

毎日、食事にありつける。

毎日、安全な水が飲める。

毎日、屋根の下で寝ることが出来る。

全て日本の経済力があってのことだ。

ありがたいことだと思う。

感謝して享受したい。







2007年3月5日 マハーバリプラムより


小さな50パイサのお釣りはなく、

飴玉がお釣りの代わりに戻ってきた。

「こんなのいらねーよ」と言いながらポケットに入れる。

くりくり坊主。

いつも道にいて「なんかちょーだい」と手を出してくる。

何もあげなかったけど一緒にいっぱい笑ったなあ。

あの子のお母さんに飴玉を託そう。


インドでは精神の振り幅が大きい。

沸騰した黒い思いも瞬間の笑顔で消える。

お互いに交換しているものは計り知れないだろう。

道を歩き交換している。

ずっと繰り返している。

その延長の先に俺は此処にいる。







2007年3月10日 プリーより


食べ始めると決まってやって来るにゃんにゃん。

三毛の老婆。

この時だけは可愛い顔でジッと見つめる。

普段の素っ気無さとの対比がチャーミング。

良いなあ。

欲望に忠実だ。

俺が欲しいのは髭剃り。

やっと見つけたのはバリカン。







2007年3月23日 ハルアガットより


ぎゅうぎゅう詰めのローカルバス

屋根の上さえ人と荷物のてんこ盛り

隣の席には一人のおっさんと三匹の山羊

やがてぽろぽろぽろぽろっ

しゃー

まあしょうがないよなあ

やっぱ山羊だもの

今日も一杯のチャイに救われた

一瞬の笑顔にも救われた

おかげさま

お互いさま

おかげさま

お互いさま

さあしゃきっと背筋伸ばして行くとするか

誰も、自分以外にはなれない

俺は俺の旅をする

命にも自由にも心にも翼がある







2007年3月29日 ジャイガオンより


雀が部屋に入ってきた

くりくりした眼

くちばしは薄い黄色

ゆっくりしていけばと言ってみたがすぐに出て行った

それぞれの春







2007年4月6日 カトマンズより


「良かったら遊びに来てください」

ブラジルでアパートを借りた時、伝言板にアドレスをアップした。

カーニバルに向けてブラジルに旅行者が集まってくる時期だった。

仮の住まいの住所をアップしてから約ひと月後。

まさにカーニバル当日のこと。

思いもよらなかった嬉しいびっくりがあった。

日本から二通の手紙が届いたのだ。

便りと共にそれぞれに写真が同封されていた。

その中の一枚は桜の写真。


桜満開のメールが、日本から届く。





今年は見事な桜が咲いているようだ。

色々なことを思い出す。

忘れていたこと。

ホンのひとかけら。

夢中で懸命で余裕も無く通り過ぎたことたち。

でもどこかにキチンと残っている。

そんな過去に再び会えた時、生きることを愛しく思う。







2007年4月16日 カトマンズより


すっと言葉を発して

背筋が伸びていて

内側から光が灯っていれば

それだけで


謙遜でもなく

傲慢でもなく

ただ

それだけで