旅の空からの伝言


2007年9月29日 成都より


標高3658mのラサから500mの成都

世界は大きく変わった

ラサでは太陽を感じた

成都では湿度を感じる

コーヒーは冷めにくい(沸点が違う)

酸素は豊富なはずなのにどうも息苦しい

「俺が・・・俺が・・・俺が・・・」

聞こえてくる会話のスピードは早く、独善的なものが多い

おしゃべりで空間を埋めないと不安で仕方がないかのよう

大きな声は、更に大きくなり加速する

都市のスピード

時代のスピード

こちらの呼吸まで早くなる

ゆっくりと息を吐く

時間の流れは自分で変える

灰色の空を仰げば

抜けるようなチベットの青空尊し







2007年10月3日 成都より


文字と言葉に頼りすぎた現代の教育は、

子供たちに、自然に心で見、神の囁きを聞き、霊感に触れるというような、

官能を衰退させたのではなかろうか

古池や 蛙とびこむ 水の音

池の中に蛙が飛び込む現象を見た者は、芭蕉のみではなかったろうに

湯気たぎる鉄瓶を見た者、林檎の落ちるのを見た者は、

古今東西においてワット一人、ニュートン一人という訳ではあるまいに

世に恐るべきものは、目あれど美を知らず、耳あれど楽を聴かず、心あれど真を解せず、

感激せざれば、燃えもせず・・・の類である


(黒柳徹子 「窓ぎわのトットちゃん」より 小林先生の言葉)







2007年10月4日 成都より


パンダを見に行く

愛嬌があって可愛い

何時間見ていても飽きないし何枚でも写真を撮ってしまう

しかしちょっと気になったことがあった

時々覗くパンダの仕草や表情に意地の悪さを感じる

意地悪な顔をしたパンダのイラストを日本で見たことがあるが

実はあれはパンダの本質を突いていたのではないか

実はパンダは性格が悪いのではないか

実際のところは分らないのだが

そうそう特別料金を払うとパンダと一緒に写真が撮れるそうだ

その値段を聞いて驚いた

なんと900元!(子パンダ料金)

これは俺が泊まっている宿代60日分、飲んでいるビール360本分に相当する

アジアを半年旅している若い夫妻が俺の写真を撮ってくれた

「日本人で撮らせてもらったのは初めてです」とのことだがパンダには負ける

アイ・アム・フリー!







2007年10月18日 理塘より


一代目 東京(日本)

二代目 ラパス(ボリビア)

三代目 ダマスカス(シリア)

四代目 ナイロビ(ケニア)

五代目 ムンバイ(インド)

六代目になる目覚まし時計を購入した

今度のは特別

ネジ巻き式

電子音ではなくジリリリリとベルが鳴る

足の付いた丸く可愛い奴







2007年10月19日 理塘より


ゴンパ周辺に広がる集落を歩く

「タシデレ!」

背後から声をかけられた

振り返ると人の良さそうなチベタンがニヒヒと笑っていた

「宿題やったか」

なぜか俺は意味も無くそんな言葉を発していた

そのおっちゃんは即座に答えた

「やった!」







2007年10月21日 郷城より


希望のない恐れもなければ

恐れのない希望もない


ラ・ロシュフコォ 「道徳的反省」より







2007年11月12日 江城より


雲南省は民族の宝庫とも呼ばれる

町が変わると顔つきや衣服が変わる

江城はハニ族とイ族の自治県

宿帳には氏名や住所等と並んで「民族」を記入するスペースがある

一瞬、手が止まり

俺は「大和」と書き込む







2007年11月16日 ルアンナムターより


今、何時なのかが判らない

ラオスに入国した際、イミグレーションの時計を見て自分の時計を1時間戻した

ベトナムでもそうだったし、北京とラオスの位置関係を考えても妥当なところだろう

更に乗った車の時計で1時間の時差があることを確認した

しかし、宿で見た時計は、俺の直した時計よりも1時間進んでいた

つまり中国の時間だ

借りた自転車を返却時間ちょうどに返しに行ったのだが、1時間過ぎていた

こちらも中国の時間だ

どういうことだ

その後、何度か時間を尋ねてみたのだが、どうもハッキリしない

聞く人によって1時間ずつズレた答えが返ってくる

商店の時計を覗き見ても、ちょうど1時間違いのふたつの時間が存在する

中華系の人はラオスでも北京時間で過ごしているのだろうか

サマータイムを戻さないまま生活している人がいるのだろうか

いったい今は何時なのだろう

向かいの部屋のレベッカは時計を持っていない

明朝、出発する彼女を7時に起こす約束をした

今は何時なのだろう







2007年11月18日 フェイサイより


選ぶすべを知る者の祖国

それは茫漠とした雲の赴くところだ


アンドレ・マルロオ







2007年11月19日 チェンマイより


母親からのメール

タクミ(甥)は夏休みの自由研究が地区の展示会に出品

マヒロ(姪)は三歳になり七五三

俺はカオ・マン・ガイ(蒸し鶏御飯)をおかわり







2007年11月23日 チェンマイより


スプーンで崩す御飯の上の目玉焼き

濃いオレンジ色をした濃厚な黄身がトローンと流れ出す

その瞬間、背後で激しい羽ばたきが聞こえた

バタ!バタ!バタッ!

慌てて飛び立つ鳩

どうやら猫が背後から跳びかかったらしい

炒め物をしていた小母さんが厨房から出てきて猫を怒鳴りつける

小母さんは猫を指さし本気になって叱っている

口に入った羽を吐き出しながら猫は決まり悪そうにしている







2007年11月25日 チェンマイより


「もも引の破れを綴り 笠の緒付けかえて 三里に灸すうるより

松島の月 先ず心にかかりて・・・」

ズボンの股の破れを三ヶ月以上ほったらかしにしてしまった

爽やかな風が吹き抜ける板の間、陽だまり

不精ながらやつと手に入れた糸針で、チクチクと慣れない縫いもの

破れた股のお次はリュック肩部分の解れを補強

BGMはチェット・ベイカー、一緒に歌う

LET'S GET LOST

天井の高さが気持ち良い

昨夜は満月

街中に蝋燭が灯り

川には灯篭が流れ

空には無数の赤火がユラユラと立ちのぼる

なんとも温かく幻想的な風景

ローイクラトンと呼ばれるこのお祭は本来水の霊に感謝を捧げるもの

通り過ぎる目には浮遊する無数の炎が映る

川を流れゆく火

夜空に上ってゆく火

燈された火には罪厄が託され、浄化が行われるのだそう

シンプルになるのは難しい

削ぎ落とし手放しながら、何物にも縛られず、心身軽く生きる

落とすべき物があるのを知りつつも、持てることに感謝し歩いた夜

出会えた時間、過ごした時間にも感謝

灯る光には人間の温もりを感じる

チェンマイの満月が少しだけ

雲の切れ間から覗いた