旅の空からの伝言


2007年11月26日 チェンマイより


ここはふたつめの家

自転車にまたがったダノが声をかけてくれる

「これから市場へ行くけど何か欲しい物ある?」

ビールを飲んでいた俺は答える

「コップンカップ!(ありがとう!)」

そして続ける

「アイ・ハブ・エブリシング!」







2007年11月27日 チェンマイより


電線の雀にチョンチョンと色を入れる

「これでええかな 最後は思い切りが必要なんよね」

しばらく眺め、キャンバスの右下に名前を書き込む

3週間描き続けた町角の絵が完成した

チェンマイのゴーギャン

彼に会ったのは5日前のこと

「実際の風景より ダンゼン 良いなあ」

その描いていた写実的な水彩画を見て俺は不用意に呟いていた

「ありがとうございます」

思いがけない日本語が返ってきて驚いてしまった

タイ人が描いているのだとばかり思っていたのだ

(俺も日本人だとは思われていなかったが)

酒田さんはチェンマイの風景画を描くことにより生計を立てている

旅と生活を交互に繰り返しながら、いつしか此処に辿り着いた

若い頃に訪れた時はこの町に住むとは思いもよらなかったそうだ

「住んでるとだんだん良くなってきよるんよね」

緑が多く、吹く風が優しい

食べ物が美味くて安い

人々が穏やかで親切

確かにチェンマイは居心地が良い

ここにいるだけで楽しい

ここにいるだけで気分が良い

1週間ほどの滞在予定が、気がつくと既に10日が過ぎている

来月4日には酒田さんの個展も始まる

見たいなあ







2007年11月28日 チェンマイより


「松田優作とグリーン・カレー」

今日一日にタイトルを付けるとしたら







2007年11月29日 チェンマイより


ある女性の夢に俺が出てきたそうだ

なんと真っ赤なフェラーリに乗っていた

それを見てその女性は夢の中で思った

「かねこさん、カッコイー!」

フェラーリだからという気負いも構えもなく

サンダルを突っかけるように乗っていた

どんな時もかねこさんはかねこさんだ

そんな様子がカッコ良かったのだそうだ

実際はそんなふうにはいかないだろうが、ありがたい

美輪明宏の本をとても面白く読んだ

美意識や美しさと言った言葉が繰り返し出てくる

「お洒落は強烈な気迫でするもの」とも書かれていた

どんな格好をするにせよ「あ それで良いのか」と、

周りが納得してしまうくらいの勢いが大切なのだ、と

まずは自分に対する自信がなければ、そんなイキオイは持てない

大切なのは美意識(生き方)であり、それが反映されたお洒落ということなのだろう

思いは分りやすい言葉で繰り返される

「ブランド品を身に着けるのは、他人のふんどしで相撲をとるようなもの」

「自分自身がブランドなのだから、ブランドという他人の看板は邪魔だ」

美輪さんの言葉は納得できる

今日一日にタイトルを付けるとしたら

「美輪明宏と冷やし中華」







2007年11月30日 チェンマイより


本日は「坂口安吾とかっぱえびせん」

祭が終わり観光客がめっきり減った

フランス×2、マレーシア、オーストラリア、ドイツ、コリア、ジャパン×3

満室だった宿も今は俺とひとりのフランス人

静かでのんびり

庭には水を張った大きな瓶がある

背びれが青く光る小魚がチョロチョロ泳いでいる

立ち上がった固そうな睡蓮の蕾

この花が開いたらチェンマイを発とう思った数時間後に開いた

白い花弁

黄色いオシベ

囲まれて仏様が鎮座していた

目を閉じて座る

力を抜きゆっくりと息を吐く

自身の輪郭を感じたい

自身の軸を感じたい

すべて風景に溶けてゆく







2007年12月1日 チェンマイより


屋台のおばちゃんがサンタの帽子を被っていた

12月

祭が終わるとチェンマイに冬がやってくる

朝晩、冷えるようになった

ウト(宿の犬)はパープルのマフラー

飛んでいる蚊はへなへな

俺はブランケット2枚

冷えるとはいえ北緯19度、南国の冬

暑すぎず寒すぎず

爽やかで程好い温度の起伏が気持ち良い

この過ごし易さから日本からのロングステイも多い

花木さん夫妻は4年連続(夫65歳)

日本が寒くなるとチェンマイで過ごす

楽しみながら覚えたタイ語はたいしたものだ

若いタイ人女性を捕まえては得意のフレーズを披露する

「わたしが年老いたら、面倒をみていただけますか」







2007年12月2日 チェンマイより


思わず居住いを正す

そんな厳しい言葉に出会った

「精神は尊重したが、精神的なものは認めなかった」

白州正子「いまなぜ青山二郎なのか」より







2007年12月3日 チェンマイより


往復4キロ歩き、カツ丼を2杯

これが最近の日課

カツ丼1杯、30バーツ(現在1ドル:33.5バーツ)

ごはん亭のコスト・パフォーマンスは特筆ものだ

4年4ヶ月旅してきた中で最安のカトマンズでさえ約2ドル

カツ丼の値段を平均すると約5ドル

(インドのなんちゃって日本食はカツ丼と呼べるレベルにないので除外)

「ごはん亭」のカツ丼を審査員特別賞に決定!

最優秀賞「ふるさと」(ボリビア・ラパス)カツ丼!

優秀賞「かつ膳」(ブラジル・サンパウロ)とんかつ定食!

優秀賞「ロータス」(ネパール・カトマンズ)カツ・カレー!







2007年12月4日 チェンマイより


寝坊で早寝の睡蓮

俺は6時半起床

風を通すため開けた4枚の木戸

すぐに3枚を閉めて重い体を横たえる

どうやら冬に向かう季節に追い越されてしまったようだ







2007年12月5日 チェンマイより


ビジョン

プロセス

ファンタジー

ビジョン

プロセス

ファンタジー







2007年12月6日 チェンマイより


いつも淡い夏の中に立っていたような気がしていた

そんなチェンマイ滞在だった

良く食べて

良く歩いて

良く飲んで

良く読んだ

そんなチェンマイ滞在だった

到着当初思い描いていたこと

11月25日、遅くとも11月中にはこの地を発つ

実際には予定よりもずいぶんと長く滞在してしまった

自分としては珍しいことだ

なぜか寝ている状態で頻繁に文章を考えていた

文体を構築したり

言葉を入れ代えたり

よし出来たメモしようと起きた途端にメガネを潰したこともあった

期限の無い旅である

ビザはまだ余裕がある

だがそろそろ旅立つ時が来たようだ

バイバイ

チェンマイ