旅の空からの伝言


2008年10月1日(水) 奈良より


本日からゲストハウスでお手伝いとして働く

6時に目覚める

俺の朝は早い

業務的な決まりとしては8時までに起きる

玄関の鍵を開けチャチャッと看板を出し、まずは自らの朝食

その後、お客さんを見送り本格的に仕事開始

掃除機をかけ、ベッド・メイク、トイレ掃除、洗濯

メダカにパラパラッと餌をやる

基本的に普段やっていることと何ら変わりない

(仕事量としては日常生活の3〜5倍だが)

苦手なのはシーツのアイロン掛け

これはハードルが高い

繊細さを要求される作業が俺はダメ

とにかく手先が不器用なのだ

卵を割るのにも失敗する

バナナを剥くのにも失敗する

まあ全てはナルヨウニナル

ナルヨウニナラナイコトハナイ

楽しむのがこの世の花







2008年10月2日(木) 奈良より


俺って行動力があるのか?

友人からのメールに書いてあった

自分では全くそのようには思わない

結婚したり子供がいたり

そういった友人達の方がよっぽど行動力があると思っているのだが

まあ流れに身をまかせて謙虚にゆこう

きれいなものに開いていよう

さてさて

俺が働くウガヤゲストハウス

今年の4月にオープンした奈良唯一のゲストハウスだ

古い薬局を改装して作られたシェア・タイプのエコノミカルな宿

受付のガラスには「調剤室」と書かれた跡が残る

オーナーの一平さんは33歳

のんびりしているが興味の向いた方へは真っすぐに突き進む

現在は今月22日の結婚を控え色々と忙しいようであまり宿にはいない

宿の雑務を廻すのは俺と常駐のヘルパー琢磨くん

彼は京都の大学を休学中の22歳

ウガヤ、オープン以前の改装から携わっている

彼とふたりで毎日のベーシックな仕事を午前中に済ませる

その後は交代で宿番

今日の俺のシフトは夜

午後の時間はまるまる自由になる

ジェット(スーパーカブ、新聞配達のバイク)に跨り大和路を南へ

天理を通過

三輪山を神体として奉る大神神社へ行く

所々に供えてある卵(鶏卵)が気になって巫女さんに質問

なんでもここの神様は人間界に降りてくる際に蛇に姿を変えるとのこと

蛇の好物である卵

神様が願いを飲み込んで叶えてくれますようにとの思いを込めて卵を供えるのだそうだ

更に桜井まで下ってから西へ

江戸時代には「大和の金は今井に七分」といわれた豪商の町、今井町を歩く

重厚な瓦を乗せた築200年を越える木造の町屋

狭い路地を挟み碁盤の目状に町が形作られる

気持ち良い散歩

夕闇と競うように北へと戻る

18時から23時までが夜のシフトだ

21時を過ぎると眠い

あと2時間

ビールが待ち遠しいぞ







2008年10月3日(金) 奈良より


良い天気

朝から洗濯機をフル稼働

広い屋上いっぱいにシーツを干す

まるで洗剤のコマーシャルのような情景だ

気持ちイイ!

本日はイギリスから来たジョンソンが飛騨高山へ旅立つ

代理で高山の宿に予約を入れ、名古屋までの電車の乗り継ぎを教えてあげた

今晩のステイは南アフリカからの女性と日本人が2人

それぞれ札幌と千葉から来たお客さんだ

集まり散じる星々

さよならだけが人生なのか

さあ、お昼ごはんは何にしよう

素泊まりの宿なのでお客さんへの食事は出さないのだが、

まかないを自分たちで作らなければならない

琢磨くんと交互に作るので多い日は朝晩の2食分をひとりで作ることになる

今日の俺は昼食当番だ

一平さんも朝からいるので3人分を用意

俺はサンマが喰いたい!

宿の前の小さな道を右手に50メートルほど行くと魚屋がある

ビニールの庇が通りへと伸びた昔ながらのたたずまい

活きの良い魚が平台に所狭しと並ぶ

見ているだけでワクワクする

ぴかぴかのサンマに軽く塩を擦ってロースターで焼く

キュウリとタマネギとワカメにポン酢をかけたサラダ

タマネギのスープ

炊き立ての御飯

料理の腕に自信は無いが、新鮮なサンマのお陰でまずまずのごはんが出来た

いち早く一平さんが御飯をおかわり

彼がおかわりをするのはこのゲストハウス始まって以来なのだそうだ

美味しく食べてもらえて嬉しい

あおによし

奈良の都に たなびける

天の白雲 サンマが焼けた







2008年10月4日(土) 奈良より


今日は琢磨くんの休日

普段は二人で済ませる掃除をひとりでやった

心のBGMはアンリ・サルヴァドール

愛しい君との愛しい時間

だんだんと気分が乗ってくる

通常は省略している階段とエントランスにも掃除機をかける

午後は一平さんがイレギュラーでシフトに入る

俺は散歩

猿沢池、興福寺、春日大社、若草山、二月堂、講堂跡、戒壇院

のんびりした午後の時間

観光客と鹿が行き交う

奈良に住む鹿は、人間に歩み寄ってくる

鹿せんべいを求め、人間に御辞儀をする

求めるあまり観光客を追いかけるアグレッシブな鹿も頻繁に見受ける

この辺りには20年ほど前から何度も来ているが、なぜか俺には鹿が寄ってこない

今日もそうだった

鹿のターゲットは家族連れの子供やカップルの女性だ

俺も可愛い子鹿に御辞儀されたい

雄々しい角と対峙したい

次回はポッキーを用意して来ようか

夕陽が俺に落ちてくる

スーパーで買い物をしてからゲストハウスへ戻る

今日は琢磨くんが休日の為、朝昼晩3度の食事を作らなくてはならない

今夜のメインは鶏の白だし炒め

熱くしたゴマ油でササミと茄子とピーマンを白だしで煮るような感じで炒める

味に奥行きを付けるのはミリンと酒

最後に醤油と一味唐辛子で味を整える

数滴の醤油を軽く煮立ててから混ぜるのがポイントだ

御飯にはサバを炊き込む

よしよし、良い匂い

茄子に沁み込んだ旨味がハーモニーを奏でている

すかさず一平さんがおかわり

昨日に続き稀有なる一平おかわりをゲット

「美味しいです」を連発しながら食べてくれる

嬉しいね!







2008年10月5日(日) 奈良より


朝からしっとりした雨

千葉から来たカメラマンと横浜からの女性がチェック・アウト

10時50分を待って2階のドミトリーへと向かう

「おーい!起きろー! あと10分でチェック・アウト!」

出発予定のヤマジ君を揺り起こす

自分が何処にいるかも分らないほど深く寝ていたみたいだ

午前中に東大寺周辺と西大寺周辺、午後には明日香というのが彼の予定

早起きしたとしても、もともと無理のある日程だ

「諦めて来週も来れば?予約入れとこうか?」

ヤマジ君、来週土日、2泊分のご予約いただきました

ありがとー

待ってるよー

食事は昼夜連続カレー

BGMは生きものの音

上海で学生をやっているドイツ人カップルがチェック・イン

「ベジタリアンの店は近くにないか」との質問

「詳しくはないのだけど・・・」と言いながら雑誌を開き、野菜中心のメニューがある店を探す

彼らの地図に場所をマーク

「ごはん-GOHAN−RICEorFOOD

やさい−YASAI−VEGITABLE」

メモに書いて渡す

「ア・リ・ガ・ト・ゴ・ザ・イ・マ・ス」

唯一知っている日本語なのだそうだ

「ド・ウ・イ・タ・シ・マ・シ・テ、俺が知ってるのはダンケとイッヒ・リーベ・ディッヒです」

女性の目を見ながら言ってみる

今夜の泊まりは彼ら二人と昨日着いた高知からの連泊女性

日本中から

世界中から

集まり散じて旅の夜が深ける

太古からの闇が残る奈良

時空を越えた旅人の気配さえも感じられるような気がする

とどまるも

とどまらざるも

秋の空







2008年10月6日(月) 奈良より


「このミュウズの像はなんだか僕たちのもののような気がせられて

わけてもお慕わしい。朱い髪をし、おおどかな御顔だけ

すっかり香にお灼けになって、右手を胸のあたりにもちあげて

軽く印を結ばれながら、すこし伏せ目にこちらを見下ろされ、

いまにも何かおっしゃられそうな様子をなすってお立ちになっていられた。

(略)こんな何気ない御堂のなかに、ずっと昔から、

こういう匂いの高い天女の像が身をひそませていてくだすったのかとおもうと、

本当にありがたい」

堀 辰雄「大和路・信濃路」より


本日は初の休日

山の方への遠出を考えていたが生憎の雨天

とりあえず食材の買出しへ

月曜日はJAアンテナ・ショップで野菜が売られるのだが収穫なし

開店直後に行かないといけないのかも

ジャガイモとシシトウのみ購入

ロビーで読書

ポツポツと合い間にお客さんの対応をしたり電話に出たり

結局、宿にいたら普段とあまり気分が変わらない

不安定な空ながら午後になると雨がやんだ

雨具を持ってジェット(スーパーカブ、新聞配達のバイク)に跨る

平城京の西にある秋篠寺まで行くことにする

この寺の最大の見所は伎芸天(ぎげいてん)

「お慕わしい」と書いた堀辰雄を始め多くの人々を魅了する東洋のミューズ

白壁と柱のコントラストも美しい御堂の中

薄闇に佇む優美

微笑を湛えながらも淋そうな陰り

栄枯盛衰

凛とした存在の中にも滅びの美しさを感じた







2008年10月7日(火) 奈良より


6時起床

コーヒーをいれてしばしPCのキーボードを叩く

その後、8時を目標に朝食の用意開始

テーブルに食事を並べるタイミングで琢磨くんを起こす

彼は朝が弱い

俺がヘルパーに入る前は、8時ギリギリまで寝て、朝食を抜いていたみたいだ

睡眠欲と食欲のシーソーゲーム

俺は食欲

6時に起きると同時に腹ぺこりん

朝食は俺が毎日作ることを提案した

その代わりに昼食当番は毎日琢磨くん

この方がお互いに好都合だろう

連泊したドイツ人カップルがチェック・アウト

「ピースフルな宿だった。良い滞在だった。ありがとう!」

笑顔で言ってくれた

「また日本に来て下さい。良い旅を!」

両手を振って送り出す

フラッと女性が入って来た

「お泊りですか?」

「あ、いや、あのー」

コーヒーを飲みに来たお客さんだった

ウガヤゲストハウスでは宿泊客以外にもコーヒーを出している

ブラジルとエクアドルで有機栽培された豆を自家焙煎

美味しくなれと呪文を唱えながらドリップ

お客さんは新薬師寺の近くで「南果」というカフェをやっているオサさんだった

お店の話

旅の話

奈良の話

ほんわかした良い時間が流れた

本日のチェック・インは3名

滋賀からのチャリダー

千葉からのアパレル業界に勤める女性

オーストラリアから来たマーガレットさん

さてさて夕飯の支度

何だか俺の料理が好評だ

いつの間にか周囲の認識が料理の上手い人というふうになっている

なんなんだこれは

俺は料理なんて全くやらない

気が向いた時、1年に1度やるくらいだ

レパートリーは片手で足りるほど

こんなふうに毎日毎日作らなければならない経験は初めて

苦戦苦闘しながら毎回なんとかやっている

美味しいと食べてもらえるのは嬉しいが、自身納得のレベルまではまだまだ

すでにレパートリーが尽きているので今日は即興創作料理

まず、先日購入した白だしを有効に使いたいと思った

近所の木村魚屋を覗くとイカが安かった

美味しそう

これをバターで炒めて白だしを加えてみたらどうだろう

イカのバター炒めというボーカル・ラインに白だしでハモリを付けるイメージ

どんな味になるか分らないけれど、試してみたい気持ちがムクムク湧いてきた

一緒に炒める野菜は何が良いかな

思い浮かんだのがブロッコリーだった

1度も使ったことのない食材だが何とかなるだろう

色彩と味覚のバランスを考える

同席願うのはニンジンとタマネギあたりと言ったところか

よし!やってみよう!

まずはブロッコリーとニンジンを軽くレンジで下準備

解体したイカをバターで炒める

野菜を加えて塩とブラック・ペパーでベースになる味を作ってゆく

自分の癖である醤油を垂らしたくなる衝動を抑えながら炒めてゆく

最後に白だし

良い香りの湯気が立ちのぼり、見るからに美味そうだ

ジッショク!

おお!

これは美味い!

特に味の滲みたブロッコリーが良い!

イカも美味!

ブラック・ペパーが全体を引き締めて良い仕事をしている!

美味しく御飯が食べられるのは最高の幸せだ