旅の空からの伝言


2008年10月30日(木) 奈良より


昨日はチャールズが奈良に来た

今日は天皇陛下が奈良に来た

あんた

セーター買っちゃダメよ

アキちゃんの御母堂だって奈良に来た

澄んだ空気

青空

屋上に洗濯物を広げる

どこかの寺で鐘が撞かれる

デザートに柿を剥いた

むわむわ

ちかちか

めろめろ

すやすや

今日は昼夜連続シフト

宿を離れることが出来ない

良い天気なんだけどなあ

うーむ

どうも空き時間と晴天のタイミングが咬みあわない

シフトが空いてる時は肌寒い曇天が多い

この腹いせに梨を剥こう

黒胡椒煎餅だって食べちゃうぞ

ゴディバのクッキーだって食べちゃうぞ

むわむわ

ちかちか

めろめろ

すやすや

合い間を見計らってローソンへ

公衆電話で母親と話す

まひろの手術が無事に終わったそうだ

あー良かった

集中治療室から一般病棟へ移った

3週間ほどで退院出来るらしい

年内に退院できればという状況だったので朗報だ

良かったなあ

ひさしぶりに父親とも話す

元気でな

元気でね

言葉にはなんてたくさんの思いが詰まっているのだろう

じんわりと温かかった







2008年10月31日(金) 奈良より


屋上でぷかぷか

喫煙ルームでぷかぷか

大人の女性タクさんは3階にいることが多い

洗濯物を取り込むのを手伝ってくれる

そのまま屋上でぷかぷかと立ち話

カナダで10年働いて帰国

現在は仕事と棲家を模索中

奈良に住むのも良いですね

ウガヤに1週間泊まった後は草津の農家に行ってみるとのこと

今日は昼番

それが終わると48時間ぶりに仕事から解き放たれる

シフトの綾で4連続の勤務になっていたのだ

午後6時、解放!

早速、冷やしたビールのプルトップを開ける

いいねー!

琢磨くん、美味しい夕飯を頼みますよ

食後はレウットォと話す

京都のヌードルはグッドで、奈良のヌードルはストレンジなのだそうだ

どうやら京都ではラーメン、奈良ではざる蕎麦を食べた模様

なるほど日本蕎麦はストレンジかもしれない

多くの外国人にとって冷たく濃いスープに麺を浸けて食べるのは珍しい習慣なのだろう

銭湯から戻った相方のタマルシャローンが俺の隣に座る

イスラエルから来たチャーミングな二人組

ふたりは毎晩のように居酒屋に通っているらしい

サケ!

サケ!

ショチュウ!

ショチュウ!

オヤジ達に紛れた若く美しい外国人女性ふたり

カポカポと酒を飲み続ける様子はさぞかし愉快な光景だろう

イスラエル人は旅慣れた人が多い

兵役後まとまった金と時間を手にする彼らの65%は長い旅に出る

彼女らが住んでるのはイスラエル第二の都市テレアビブ

エルサレムにしか行かなかった俺は当然「なぜ?」と聞かれる

まさかレバノン空爆中だったからとは答えられない

頻繁に聞かれる質問

旅した中で何処が良かったか

俺はキューバやチベットと並んでイエメンを挙げた

ごめんよ

そうだった

彼女達はイエメンには入れないのだ

イエメンをはじめイラン、パキスタンなどハード・イスラムの国

インドネシアやマレーシアでさえ彼女たちは入国できない

アメリカ人の入国を禁止している国も多い

旅する上での日本人の利点を改めて思った

はるばる南米仏領ギアナからのお客さんビデオが通りかかる

安くて美味いヌードル屋はありますか?

ドゥー ユー ウォント ラーメン オア ジャパニーズ・ソバ?

先程の話があったので慎重なレスポンス

ビデオはラオスの女性と一緒に旅をしている

同じフランス領ということでの繋がりだろうか

そうそうラオスのヌードルはムチャクチャ美味いんだ

アイ・ラブ・カオソーイ!

セップ・ライ・ライ

ハブ・ア・グッド・ソバ

アスタ・ルエゴ

周囲には日本人旅行者も集まってきた

甘楽からの社会人スギヤマさん

岐阜からの大学生アイザワくん

「すいません、皺にならないようにスーツ預かってもらえませんか」

横浜からのキモトくんは司法修習生

彼は既に司法試験に受かっている

来月から一年間、奈良の裁判所に修習生として勤務

今回は部屋探しのためにウガヤに泊まった

宿のレンタサイクルを使いスーパーや銀行、図書館等の位置をチェックしていた

えー?

キモトくん、石舞台古墳、知らないの?

えー?

救世観音も知らないの?

やばいよ それ

よく試験に通ったなあ

来年の司法試験には間違いなく出題されるぞ

救世観音を開帳したフェノロサの功罪について憲法第9条的見地から述べよ

わはははは

ぼちぼち 寝るとするか

楽しい時間に終止符

灯りを落としてよ

孤独が見えるように







2008年11月1日(土) 奈良より


ベンチに座っていた

3、4歳くらいだろうか

小さな男の子が俺の前に立つ

坊主刈り

満面の笑み

どこを見ているのだろう

こちらを見ているようにも思える

俺の背後を見ているようにも思える

彼は俺の前に立ち、いったい何を見ているのだろう

あまりにも無防備な笑顔

無邪気すぎて少し怖いようにも感じた

男の子が手を差し伸べた

何も考えずに受け取っていた

俺の手のひらに落ち葉がのった

差し出された綺麗な落ち葉

これを渡しにきてくれたのか

ありがとう

言葉にするのも忘れていた

男の子は去っていた

それにしても不思議な子だったな

落ち葉を眺める

摘まんだ指先でくるくる回す

気持ちは温かかった







2008年11月2日(日) 奈良より


昨夜は連休初日ということでたくさんのお客さんが泊まった

それにしても変わったお客さんが多かった

軽く筆舌を越える

俺のキャパシティも越えそうになった

もしかして修業ですか?と思ってしまった

もしかして神に試されていますか?と思ってしまった

嵐は過ぎる

明けない夜はない

いくつもの夜を越え人は流れてゆく

出会いながら

別れながら

人は流れてゆく

宿の前で看板を見上げている田上くんが見えた

元気そうだ

おーい!

ひさしぶり!

良く来てくれたなあ

座って 座って

あさみちゃんはハジメマシテ

田上くんとはカトマンズで出会った

バラナシでも旅が交差した

ガンジス河を見つめ夕暮れに甘いお茶を飲んだ

風が吹いた

隣には田上くんが座っていた

また会えたことに感謝

あさみちゃんと来てくれてありがとう

さっちゃんも来てくれた

ようこそ!

いらっしゃい!

嬉しいなあ

お互いを紹介する

さっちゃんは竹富島で常宿にしている泉屋のヘルパーさん

今は結婚して大阪に住んでいる

竹富島での記憶が蘇える

掃き清められた朝の道

輝く青い海

どこからか聞こえる安里屋ユンタ

西桟橋で見る夕陽

深い闇

夜香木の匂い

ホタルの光

長い旅に出る前に両親を竹富島に招待した

旅の理由を言葉で伝えるよりも自分の好きな風景を見てもらえればと思った

竹富に向かう直前に、さっちゃんからメールが届いた

島の運動会に出て欲しいとのこと

父親と綱引きに出た

バーンとピストルが鳴って勝負がつく

勝った方は、綱を手放し、その場でカチャーシーを踊り出す

歓喜の勝ち名乗り

どうだとばかりに負けた方に向かってカチャーシーを踊る

恨めしそうに踊りを見つめる負け組

やがて彼らも踊り出す

次は負けないぞとばかりに踊りながら勝ち組の乱舞に向かってゆく

両軍の踊りが入り乱れる

こんなふうに勝負がつく度にカチャーシーが踊られる

島の綱引きは、まるで踊るためにやっているかのようだ

勝った方も負けた方も最後には笑顔で一緒に踊ってしまうのが何とも良い

大人も子供も参加した長閑で微笑ましい運動会だ

快心のコーヒーを淹れてくれた一平さんも話の輪に入る

それぞれの時間

それぞれの物語

今は同じ時空間にいる

コーヒーを飲み、ソファーに腰掛け、のんびりとした午後を共に過ごしている

それぞれの思いが交差して、それぞれの思いが共有される

不思議だなあ

竹富島で会ったさっちゃん

カトマンズで会った田上くん

奈良で会った一平さん

初めに会ったのはさっちゃんだ

その時には田上くんや一平さんに出会えるなんて思いもよらなかった

こんなふうに皆で同じ時間を過ごすなんて思いもよらなかった

出会いは奇跡だ

生きてゆくことは奇跡の連続だ

生きている不思議

感謝したい

本日は14人が宿泊

連泊5日目のタクさんは女子専用ドミトリー(通称大仏)

一平さんの友人ヒデ&ヨコズマくんは和室ドミトリー(通称東大寺)

ロンドン娘2人組は男女混合ドミトリー(通称春日)

旭川からボランティア関係の研修に来た作田さん藤原さんは和室B(通称匠)

オーストラリアからのロックバンドのような佇まい4人組若者は和室A(普段俺が寝てる部屋)

水道管で作ったスピーカーに反応したコンドウさん

今朝チェックアウトしたアカハネさんが「もう一泊」と戻ってきた

妙子は最後の夜

賑やかな夜にも凪のように穏やかな時間がある

ソファに掛ける

歌声が聞こえる

一期一会

その尊さと厳しさを噛みしめる

会えたことにありがとう







2008年11月3日(月) 奈良より


最近になって顕著になってきたこと

それはお客さんのチェックイン時間が早くなってきたこと

以前は18時から20時くらいの入りが多かった

近頃は18時前に、ほとんどのお客さんが入ってしまう

日暮れが早い

太陽の動きとお客さんがリンクしている

暗くなる前に宿に着きたいと思うのだろう

さあ、ぼちぼち俺も戻らねば

聖林寺で寝てしまった

十一面観音菩薩の前で熟睡

いつの間にか閉門時間の4時半になっていた

夕闇が迫りカラスは山へ

聖林寺の後に予定していた安倍文殊院まで行くのは無理だ

それにしても最近は仏像の前で良く寝ている

半分開いているような眼

半分閉じているような眼

そんなお顔を見つめているとこちらの瞼までもが落ちてくる

心も体もリラックスするのだろう

仏教彫刻の最高傑作

聖林寺の十一面観音菩薩

209cm、木心乾漆造

和辻哲郎も白洲正子も惚れこんだ

ミロのヴィーナスとも比べられるほどの典雅な美しさ

そんな仏さんと相対して一時間も眠ったのだから贅沢なものだ

王様は少年に話した

ある男が幸福の秘密を求めて賢者の宮殿を訪ねた

今はお話しする時間がないので2時間ほど宮殿の中を見ていてください

賢者は油の入ったスプーンを男に渡す

そしてこの油を溢さないようにして下さい

2時間が経ち男は賢者のもとに戻る

あなたは何を見てきましたか

男は答えることが出来ない

スプーンの中の油が気になって素晴らしい宮殿を楽しむことが出来なかったのだ

もう1度宮殿の中を良く見て来てください

2時間が経ち宮殿中を楽しんだ男の持つスプーンには油が無かった

全部を楽しみながらもスプーンの油を溢さない

それが幸福の秘密だった

森を見ながらもその中に立つ一本の木を意識している

一本の木を見つめながらもそれが形作る大きな森を意識している

半分閉じられた仏さまの眼

夢とうつつの狭間

見るともなく

全体を見る

それが見るということ

日が暮れて観音堂

見上げる十一面観音菩薩さん

秋の残照

俺の手に鍵が残る

連休最後の今日は一挙に11人がチェックアウト

バタバタバタ

新しく来たお客さんはドイツ人とスペイン人の夫婦

両手を広げ「ようこそ!」と迎える

ドイツ人の旦那さんはイメージ通り質実堅実

コーモ・エスター?

スペイン人のマリア・サンチェスさんは明るく外交的

ロビーにいるのはロンドン娘2人組

タトゥーを入れてパンツをズリ下げたソバカス鼻ピアスの若者

バット物静かでお行儀の良いふたり

肩を並べてインターネットで調べ物

ひさしぶりに静かな夜だ

俺、もう寝るから

最後は電気消してね

さあ夢の中へダイブ

宙が降りてくる

うつつへと

グッナイ







2008年11月4日(火) 奈良より


誰かが全部幻だと教えてくれたら

ぼくは何処へ行くだろう

今日の泊まりは連泊7日目のタクさん

予定を延長して連泊3日目になるロンドン娘2人組

勝手知ったるメンバーなので仕事も気も楽だ

午前中の掃除・洗濯を早めに終わらせ捻出した時間で外出

そろそろ次に向かう準備

ウガヤゲストハウスでのお手伝いは11月10日まで

当初は10月だけ1ヶ月間の予定だった

次のお手伝いが決まらないのと繁忙期のため10日間延長して働くことにした

正倉院展の終わる来週には旅立ちだ

大阪から九州へ船で向かう

駅前のJTBに行きチケットを発券してもらう

人間ひとり

バイク一台

その足で大仏プリン

奈良女子大のキャンパスを散歩

午後のシフトはツツガナク

めろめろ

ちかちか

夕飯は琢磨プレゼンツたこパー(たこ焼きパーティー)

一平喜ぶ

座敷童子笑う

アシスタントのまいちゃんが鉄串を使ってくるくると丸めてゆく

シフトを終えた俺はビールを飲みながら焼き上がるのを待つ

驚くべき関西タコ焼き事情が次々と明らかになる

このポコポコと穴の開いたタコ焼きプレートはほとんどの家庭にあるのだそうだ

たこパーも鍋を囲むかの如く頻繁に行われる

チーズを入れる

キムチを入れる

ポテトチップス(砕いたもの)を入れる

これ全て常識なのだそうだ

オー!ゴッド!

いろいろと試してみたがやはり蛸だけのノーマルが一番美味い

キムチも悪くない

ポテチは違いが分からん

チーズは御勘弁

関西の若者にはチーズ入り(あるいはチーズのみ)が人気らしい

レコード会社勤務時代、イギリスの某ロックバンドをお好み焼き屋に案内したことを思い出した

彼らはお好み焼きに入った蛸をことごとくほじくり出して言った

これは悪魔の食べ物だ

今宵も異文化交流

シンパシィー・フォー・ザ・デビル

俺は断然たこでーす

うー食べた食べた

もう動けない

まるめた布団に寄りかかる

すまん、洗い物は明日やるから

そのままにしておいて

旅館での仕事を終えたあゆちゃんがやって来た

残って冷えたチーズのみのタコ焼き(?)で食事を済ます

すっくと立ち上がり洗い物を始める

美しいなあと思った

あゆちゃんがウガヤにやって来るのは仕事を終えてからの遅い時間

疲れていないわけはない

それなのにいつも片付け物をしてくれる

シンクの隅の生ゴミを捨てる

鍋やフライパンを定位置に戻す

翌日捨てるゴミをまとめる

残ったコーヒーでゼリーを作る

皆がロビーで笑ったり寛いだりしている間に動いている

俺たちが、まあ良いやで済ませていることを黙ってフォローしてくれている

彼女がウガヤに来た翌日は宿の空気が清々と引き締まっている

俺が洗うべき食器

膨れたお腹も一瞬で軽くなった

あゆちゃんの横で洗い終わった食器を拭く

背筋が伸びた