旅の空からの伝言
2008年11月12日(水) 玄海より
天が高い
九州も秋だ
12時間の船旅だった
右手に本州を見て左手に四国を見ながらやって来た
満月が大陸に沈み
朝日は島影から上がった
夜を見ながら波に揺れた風呂も気持ち良かった
微かな振動により余分な力が抜ける
船の中ではいくらでも寝れる
門司
小倉
八幡
芦屋
岡垣
青空が広がる
左右に体を振りながら坂を登る自転車
前後左右に積載された荷物が旅の長さを語る
バイクのスピードを落とす
追い抜きざま視線を合わせ親指を立てた
びっくりした自転車乗りの表情
遠ざかるバックミラーの中には笑顔とピース・サインが見えた
世界は思いや祈りに満ちている
お地蔵さんの赤い頭巾にも
猫が食べる鍋の中にも
お婆さんが押す乳母車にも
切なくなるような
抱きしめたくなるような
思いや祈りが溢れている
玄海町
小さな船で島へ渡った
岩に横たわり空を見上げる
俺は世界に溶け出す
2008年11月13日(木) 北九州より
存在していることさえ辛かった頃
息をしていることさえ辛かった頃
夜中に音を聞いた
こつ
こつ
こつ
微かな音
水槽の角に頭をぶつける亀の音だった
その小さな音を聞いて
俺は再生した
その時のことを思い出した
生き物の気配がある暮らし
2008年11月14日(金) 福岡より
この街を初めて訪れたのは20年前
夢野久作さんのお孫さんの案内で夜の中洲を歩いた
深夜に訪れた櫛田神社が印象深い
ぼんやり灯る赤い提灯
闇に浮かび上がった山笠
今はサオリと見上げている
神殿の前で手を合わせるサオリ
あの後姿はどこで見たのだろう
ビールを注ぎ、グラスを合わせる
サオリとはハバナの海岸線でビールを飲んだ
あれは2004年の3月のこと
さしむかいでモツ鍋を食べる
美味いなあ
サオリがいち早く芋焼酎にチェンジ
さつま美人
中州の屋台で飲んだのはいつだっけ
橋のたもとの鉄鍋餃子は3、4回行ったなあ
能古島へは2度渡った
吉田拓郎のCDを買ったのはキングの同期山口
バリ固で替え玉頼んだなあ
色の抜けた紅生姜が美味いんだ
金印が出土した所で写真を撮ったのはいつだったっけ
ライブハウスでちゅうぶらんこ観たなあ
トシはこの街に住みギターを弾いた
ケネがいるときに来たかったなあ
あー焼酎が美味い
鍋にチャンポン麺を投入
楽しいなあ
温かいなあ
いくつかの夜が交差する
シャッターが閉まった商店街をサオリと歩く
幻のような記憶の中を俺は漂う
2008年11月15日(土) 別府より
なんて自由なんだろう
なんて親切なんだろう
なんて綺麗なんだろう
最近、素敵な人ばかりに出会う
それに反して時々とんでもない人にも出会う
鬼のような人
虚栄心や不安でどろどろになっている
どちらも俺が作り出した姿なのだろうか
どちらも俺自身なのだろうか
光が強くなる
闇が深くなる
2008年11月16日(日) 臼杵より
水をかけて、頭を撫ぜる
わずかばかりのお賽銭
可愛らしい
たたずまい
田んぼの神さま
五穀豊穣をもたらす
食べる物にも困らなくなるのだそうだ
頭をたれ、手を合わせる
その刹那、声をかけていただいた
「善哉、食べて行きませんか」
カタジケナイ
出来たばかり
大分の善哉には練って延ばした小麦粉が入っていた
「いやいや、これくらいは払わせて下さい」
コーヒーまでも御馳走になるわけにはいかない
商売にならないじゃないですか
イザワさん、お世話になりました
石仏も町も人も良かった臼杵
しぐるるや
石を刻んで
仏となす
バイ 山頭火
温かい人情が俺に刻まれた
2008年11月17日(月) 別府より
奈良で会ったローラと別府の宿でも一緒になった
彼女はオーストラリアに住むイギリス人
5歳になる息子のニコラスを連れて旅をしている
厳島神社で火渡りをしたのがファンタステックだった
琴欧州ファンのニコラスのために福岡では相撲観戦
別府の宿に着いて一週間前に奈良で別れた俺に迎えられたのが一番驚いたこと
テツはインタレスティング
あなたみたいな日本人には会ったことがない
リアリー?
傷だらけのローラ、歌っちゃったからなあ
ニコラスの火の玉攻撃を立ちションベンで消しちゃったからなあ
ローラ、次はどこいくの?
メイビー、ミヤザキ、バット アイ ドント ノー
そうだよな、ノープラン イズ グッドプラン
ねえ、テツは九州の他の場所に行ったことある?
あるよ 20年前だけど大体全部廻った
じゃあ、どこが良かった?
こういう質問、答えにくいなあ
エブリプレイス イズ グッドプレイス
バット、サムタイム、エブリシング イズ バッド フォー ミー
バット、オールモスト、エブリシング イズ グッド フォー ユー
でもねえまあ俺が良かったのは
阿蘇、天草、鹿児島、国東、湯布院、福岡、熊本、厳木、柳川、長崎、指宿
けっきょく大体全部だなあ
やっぱ、エブリプレイス イズ グッドプレイス
2008年12月25日(木) 東京より
仏陀が生まれたのは4月8日
場所はインド、ルンビニ
無憂樹に咲いた花を摘もうと右手を伸ばした摩耶夫人
その瞬間、夫人の脇の下から仏陀は生まれた
彼はすぐに1歩、2歩と歩き出し、7歩目で立ち止まる
右手を高くあげて天をさす
左手では地面をさす
そして言った
「天上天下唯我独尊」
面白いなあ
子供向けに書かれた「仏像のひみつ」(朝日出版社)が面白い
ノートを取りながら読んでしまった
それにしても知らないことは多い
如来とは悟りを開いた者のこと
釈迦族の王子として生まれ悟りを開いた仏陀を表したのが釈迦如来像
如来を目指して修業をしているのが菩薩
なるほど、そうだったのか
12月とは思えない暖かい日が数日続いた
その後、急に冷え込んだ
結露した窓には水滴がびっしり
正午を過ぎても水滴は残っている
窓の外にはベランダに飛んできた雀が見える
雀は乾燥したバジルの実を啄ばむ
結露の向こうで命が躍動する
クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝う日
彼の誕生日がいつなのかは分からないのだそうだ
彼方から届く光
窓の向こうで季節が揺れている
2009年1月7日(水) 東京より
この世に生を受け
やっと歩き出せるようになった時
いったい何を眼にしたのだろう
焦がれ続けた旅
紡ぎ出せないままの言葉
憧れの果実
さまざまな命が行き交う
こんがらがった蒼のように人生が流れている
行き着く場所はひとつ
道が続いている
動かない街
季節の抜け殻
白昼の流星
静かな森
光を求め踏み出す
2009年1月18日(日) 東京より
われらに要るものは銀河を包む透明な意志
巨きな力と熱である
われらの前途は輝きながら険峻である
険峻のその度ごとに四次芸術は巨大と深さを加える
詩人は苦痛をも享楽する
永久の未完成これ完成である
理解を了へばわれらは斯る論をも棄つる
宮沢 賢治
2009年1月21日(水) 東京より
彼は真理を問う弟子の前に黙って一輪の花をさし出した
「達磨はなぜ東へ行ったか」より
2009年1月26日(月) 東京より
天地の間に己は決して存在せず、天地が己でないともまた言えない
「達磨はなぜ東へ行ったのか」より
2009年3月3日(火) 東京より
そこへゆこうとして
ことばはつまずき
ことばをおいこそうとして
たましいはあえぎ
けれどそのたましいのさきに
かすかなともしびのようなものがみえる
そこへゆこうとして
ゆめはばくはつし
ゆめをつらぬこうとして
くらやみはかがやき
けれどそのくらやみのさきに
まだおおきなあなのようなものがみえる
谷川 俊太郎 「選ばれた場所」