朝、クタのビーチに行く。
早朝のおだやかな海辺は人もまばら。
海岸線に沿ってジョギングをする人。
犬を連れて散歩をする人。
みんなのんびりと思い思いの時間を過ごしている。
砂浜に腰を掛ける。
彼方に海に入っていく女性が見えた。
始めは白いビキニを着ているのかと思ったが、下着のままのようだ。
下腹部が膨らんでいる。
身籠もっているらしい。
彼女は胸まで水に浸かり、海に祈り始めた。
山には聖なる神が棲む。
海には悪霊が棲む。
バリの人たちはそう言い伝えてきた。
彼女のまわりだけ違う時間が流れているように感じる。
30分ほど祈り、ゆっくりと海からあがった。
やがて服を着ると、波打ち際を歩き始めた。
やはり彼女のまわりだけ違う時間が流れているようだ。
すれ違うひと全員が彼女を振り返ってみた。
明らかにまわりの人々とは違う空気をまとっている。
遠くからでも彼女が強いオーラを発しているのが分かる。
ゆっくりと歩く。
たくさんの花を抱えている。
ずっと海に沿って歩いていた彼女が向きを変えて
こちらに歩いて来た。
少しずつ距離が縮まる。
いったい、どうしようというのだろう。
座っている自分の前まで来て立ち止まった。
ゆっくりと抱えていた花を千切って
鮮やかな赤い花を黙ってこちらに差し出した。
「ありがとう。でも、お金、持ってないんだ」
「花は良い。人は良い。お金は良くない」
そう言うと彼女は表情を変えず、赤い花を耳のうえにさしてくれた。
「ありがとう。テリマカシ・・・バグース!」
ニカッ。
はじめて表情を崩した彼女は、親指を突き上げた。
今まで見たことないような凄い笑顔だった。
固まっていた時間が流れ出した。
青空が見えた。
