5月2日。正午。


     数時間後には聖地バラナシを離れる。


     圧倒的な陽ざしの中、ガンジス河に沿ってガートを歩く。

     肌にダイレクトにあたる太陽が痛い。

     気温は今日も45度近くまで上がっているのだろう。

     声を掛けてくる物売りやボートマンも

     この時間は心なしか、しつこくないような気がする。


     カースト制でドービーと呼ばれる人々だけが洗濯に精を出す。

     洗濯物に石鹸をこすり付け、ガンジス河に浸し

     固定してある洗濯板に叩きつける。


     ここでも河に浮かぶ死体を見た。

     流されたばかりのリアルな死体は目を見開き、天を掴もうとしていた。



     ちいさな売店を見つける。

     布を張って作った日陰に、数人のインド人がぼんやりと座っている。


     瓶のボトルに入った冷えたドリンクを買う。

     日陰に座っていたインド人達がスペースを作ってくれた。


     「ナマステー」

     彼らと並んで腰をおろす。

     炭酸がのどに心地良い。


     隣に座っていた子供連れの巡礼者が

     自分がかぶっていた帽子に興味を示している。

     渡すと珍しそうにしきりに生地を撫でている。

     身振りで「かぶってみて」と伝えると、うれしそうに子供と交互にかぶった。

     彼はしゃべれないらしい。

     巡礼者が自分の喉と子供を指さす。

     子供に飲み物を買ってくれと言ってるらしい。

     チャーイを入れるグラスをもらい飲んでいたドリンクを注ぎ子供に渡す。

     子供は初めて飲むのだろうか、恐る恐る口に運ぶ。

     冷たい炭酸が喉を通ると、にっこりと喜びの表情に変わる。


     日陰にいると、なんとか暑さをしのぐことが出来る。


     やがて巡礼者と子供は河に降りていった。

     昼間の沐浴は水浴びに近い。


     刺すような陽ざしに風景が白くぼやける。

     時折吹いてくる風はやさしい。

     ガンジス河に陽の光が反射する。

     いったい、どれだけの命がこうやって河を眺めてきたのだろう。


     いつの間にか、まどろんでいた。


     短い夢をみた。


     すきとおった水が次々に湧き上がっていた。


     目が覚めた時、ひとつのヴィビョンが残っていた。


     私たちの内側には尽きることのない泉がある。

     泉からは、すきとおった水が次々に湧き上がる。

     すきとおった水は私たちの心や意志だ。

     家族や恋人や友人や木々や花々の命を慈しむ心だ。

     この世界が無でなくなった時から存在する、尽きない意志だ。

     けがれることのない、まっすぐな力だ。

     私たちの意志で地球が回る。

     私たちの心に宇宙が反応する。


     体が軽くなっていた。

     景色がきらきらひかって見えた。


     立ち上がる。

     聖なる大河に抱かれた巡礼者と子供に手を振る。

     帽子を深くかぶり、また、歩き始める。