いつまでも列車に手を振り続ける少年
それは、あの日の自分の姿
人が生きている不思議
出会い、すれ違う不思議
切なさを伴い揺れる心
永遠なる瞬間
全ての命が、繋がっています
全ての命が、大きな時間の中を、旅しています
長い旅の途中です
金子 鉄朗
2002年の夏に個展を開きました。
都内3カ所を写真展が旅をしました。
タイトルは「終わらない魂 旅する生命」
たくさんの人と会えた夏でした。
ある時間を生きる
ある風景に生きる
ある人と生きる
過ぎ去った時の断片のように写真が残った
金子鉄朗 写真展 「終わらない魂 旅する生命-act.1-」
2002年7月11日(木)〜7月30日(火)
14:00〜20:00(定休日:水曜日)
L’ananas(東京・祖師谷大蔵)
ジョン・レノンがオノ・ヨーコに出会った時のエピソード。
ジョンがヨーコの個展に出かけると、会場にはしごがあった。
興味をもったジョンがはしごを登ってゆくと、天井から望遠鏡が吊り下がっていた。
望遠鏡を覗くと天井に書かれた小さな文字が見えた。
「yes」
ジョンはその瞬間、自分が救われたと感じたという。
当時、精神的に落ち込んでいたジョンは、あらゆることに対して
「no」という否定形でしか関わることが出来ず、辛い時期を過ごしていた。
そんなとき思いがけず飛び込んできた「yes」に救われたという。
ラナナは、こじんまりしてるけど、良い展示になったと思います。
明るいスペースなので、色彩のバランスと
幅広い層の人が見ることを意識しながら、作品を選びました。
飾り終わった写真達を見て、タイトルの「終わらない魂 旅する生命」は
ちょっと大げさかなと感じました。
ささやかな「yes」の瞬間、という別のタイトルが、ふと思い浮かびました。
こちらの方が、合ってるかな。
たくさんの人が見に来てくれました。
感想を残してくれました。
ありがとう!
全てが宝物です。
静かな振動の金子さんの写真展を見る為、早起きして東京へ。
祖師谷にあるL'nanasというヘアサロンの一画に見覚えのある写真が並んでた。
懐かしい感じと、新鮮な感じ。
好きな写真が額に入って壁にあった。
やっと会えたって思った。
ネットで初めて見た時と同じことを感じた。
写真を通して、カメラを構えてる人が見える。
楽しいと時間が過ぎるのは早く感じるもんだけど、
なぜだか一日がすごく長かったような気がした。
思いが現実になる時ってささやかに幸せなんだよね。
(MMさん、ありがとう!)
世の中に色があって良かったなと思いました。
色から気持ちがストレートに伝わってくる、そんな気持ちになりました。
(Eさん、ありがとう!)
祖師谷にかねこさんの写真を見にゆきました。
綺麗なものを「いいな」と思って撮った、綺麗な画、素敵な写真でした。
綺麗な写真、自分の心を素手で掴んで揺さぶることは、ないかもしれない
それでも、静かに揺れるような、良い写真でした。
そのあとみんなでごはんを食べに行って、屋久島の焼酎の魔法にかかってしまったのね。
楽しかったねえ
写真のこと、踊りのこと、キューバのこと、人の生のこと、たくさんお話しました。
ちょっとない、良い時間でした。ありがとう。
いろいろと書いてどうだったとまとめてしまうのが、何だかもったいないような、良い時でした。
(MRさん、ありがとう!)
写真、素敵でした。「そっ」と写したんだろうなあと、ずーっと思いながら見ていました。
「そっ」 テリトリーを侵してない、そんな感じ。
写真にも警戒心がなかった(気がした)。
その後金子さんと金子さんの大学の後輩あっちゃん(←勝手に命名)と
4人で蚊取り線香の匂いがするお店に行きました。
何だか家にいるみたくくつろげて、正直酔っ払いました。
なので実は話したこととか聞いたこと、言葉ではよく覚えていないのだ。
良いなあ、楽しいなあ、幸せだなあ、嬉しいなあ、切ないなあ、とか気持ちは覚えているんだけどゥゥ。
良い人たちと良いお酒とよい空気が交差した空間で、
これってどこにでもある訳じゃあないんだよなあって思った。
ラッキーだったな、皆さんありがとうです。また飲んでやってください。
(YRちゃん、ありがとう!)
あらゆる命はつながっているコトや
地球がひとつの生命体であるコト
4,5年位前から私の中に流れたその感覚
それは既に血や肉になっている
金子氏の作品は、様々な命の「瞬間」を捉える事で、悠久の時間を感じさせてくれた。
写真という表現で、ちゃんと伝わってくる世界観。
表現や創造の「風」を感じたの久しぶりだった。
祖師谷で細胞がプチプチして、アタマが後から付いて来る。
(Iさん、ありがとう!)
初めて金子さんの写真を見た時は
もの凄い勢いで流れ込んでくる感じを受けたけど
今はジワジワと浸み込んでくる感じ。
写真に写ってる部分と、その周りの音や空気やいろんなものが
じんわり見えてくる金子さんの写真はやっぱりステキです。
(Mちゃん、ありがとう!)
金子さんの写真の力のあるところは、一枚の風景とか、市井の人々の姿とかの手前に
必ず同じ目の高さ、立ち位置で、同じ空気を吸って大気の熱を感じている金子さんが居るってこと。
物理的にはネガに写ってなくても、写真の一枚一枚に、金子鉄朗氏が写ってるんだよ。
うん、あの写真群は、すべからく金子さんのSelf
portraitって言ってもいい。
技巧派ではないけど、ひと昔前から、ちょいと流行りはじめた、
ヘタカワイイ系みたいにクサい写真じゃない。
こーゆーのって撮ろうと思っても撮れないよ。
金子さんは「ただ押してるだけ」と言うけど、「へーホント?」って気もする。
ま、しかし、それは天衣無縫の金子さんのことだからね。
ただ押すだけで、ああいうものが出来上がるというのも、ごく自然な成り行きなのかも。
(F、ありがとう!)
ある日、芳名帳に両親の名前があった。
「みなさまに支えられて幸せですね」
そう書かれていた。
心からそう思う。
「ラナナ」の西村さん(ほとけ)!店長!
ちむちゃん!ジョー!美沙ちゃん!
「キヨビスカ」の岡村さん!スタッフのみんな!千成さん!
他にも多くの方に協力していただいて開催することが出来ました。
ありがとう!
見に来てくれた、みなさん、ありがとうございました!
感謝!
写真展が旅をするという構想はずいぶん前からあった。
具体的に考え始めたのは2001年の夏のことだ。
「来年、グループ展をやるので参加して欲しい」
そう頼まれた時、そのグループ展に前後して個展を組もうと考えた。
個展については、スペースの当たりもつけてあるし作品もある。
問題なのは、頼まれたグループ展の方だった。
単なるグループ展だと思って、喜んでひとつ返事で引き受けたのだが
実際は大きなアートイベントで、だんだん話が見えてくるにつれて
個人の負担も大きくなった。
「プロデュースをして欲しい」
スペースは三鷹市芸術文化センターという美術館くらいの大きさ。
その全体をアパートに見立てて、異なるテイストの五つの部屋を作る。
「アートアパート」と名付けられた、グループ展が集まったグループ展。
その内のひと部屋をプロデュースして欲しいというのだ。
「好きにやって良いから」
そう言われてもなあ。
これには困ったというか、まず無理だと思った。
グループ展には何度も参加しているので、それをまとめてゆくポジションが
どれだけ大変なことであるのかは身を以て知っている。
見せる空間を作るのも、相当なセンスと労力が必要だ。
普段の仕事をやりながら、それを行うのは物理的に無理だ。
すぐ断ろうと思った。
しかし、せっかくの誘いなので、何か自分に出来ることはないか考えてみた。
「誰かおもしろい作品を作る人にも声をかけて欲しい」
グループ展を行うにあたってそのようにも言われていて
自分の中には何人かの候補がいた。
それぞれの作品を思い浮かべてみるが、統一感は取れそうにない。
何かテーマが必要かなあ・・・
でも、それぞれにオーダーしてまとめるのは大変だし・・・
うーん・・・
そうだ。
所蔵品展はどうだろう。
お金持ちのコレクターや美術館が所有している作品を集めた展示は実際にある。
個人の所有する作品群には、それだけで、ある種のセンスが現れるだろう。
一見、バラバラであったとしても、所蔵品展と銘打てば説得力もあるだろう。
おもしろいかもしれない。
綾ちゃんの100号の赤いジャングルもある。
kaoちゃんの初期の作品なんて、見たがるファンが多いんじゃないか。
木澤くんの椅子も見て欲しい。
キューバとベトナムで買ってきた絵も良いな。
そうそう、WILD BUNCHの絵本もあった。
個展をやったことのある人は結構いるが、所蔵品展なんていないだろう。
偉そうだけど何かそれも良いな。
こういうのを全くの無名な、いちサラリーマンがやるからクールなんだ。
アートを身近に感じてもらえるかもしれない。
五つの展示のひとつなら、こういうのもありだろう。
自分の作品も飾ってしまえ。
全て自分の部屋にある物を使ってディスプレイしてみようか。
これだって所蔵品だし、部屋を想定した展示会だ。
アートアパートに自分の部屋を作ろう。
良いじゃん。
よし、やってみよう!
「金子 鉄朗 所蔵品展-ART APART 2002.room5-」
2002年7月31日(水)〜8月4日(日)
10:00〜20:00(入場無料・期間中無休)
三鷹市芸術文化センター(東京・三鷹)
出品者
水越 綾
平尾 香
joeogawa
竹林 柚宇子
WILD BUNCH
kizawa ko-ki
Nicola
沢田 としき
JULIETA(from CUBA)
BUI CONG KHANH(from VIETNAM)
金子 鉄朗
出展者紹介・CRICK!
*「金子鉄朗 所蔵品展」は「ART APART 2002」の一部として行われます。
「ART APART 2002」は六部屋からなるアート・イベントで
六つの展示会が一同に会したような展示会です。
そのなかの一部屋を「金子鉄朗 所蔵品展」としてプロデュースします。
*「金子鉄朗 所蔵品展」に個展「終わらない魂 旅する生命-act.2-」として
自作品を出展します。
アートアパートが行われる約5ヶ月前の3月、会場の下見に行った。
そこは想像していた以上に広大な空間だった。
実際のスペースを前にすると、見取り図を見て頭で思い描いていたことが
全く現実的で無いことが分かった。
何をどうやって展示したら良いのか途方に暮れた。
木澤くんが救ってくれた。
彼は会場に着くとメジャーを取りだし、てきぱきとあちこちを測り始めた。
ノートに何やら書き付けている。
そして、いろいろと具体的な提案をしてくれた。
「絵本は、ダンボールとアクリル板で台を作って飾りましょうよ。僕、作りますよ」
既に、DM作成、額装、作品運搬などで30万円ほどの出費があることが分かっていた。
コストパフォーマンスを考えた木澤くんの数々のアイディアには、ホント助けられた。
ネームプレートや挨拶文が書かれたプレート等は志乃ちゃんが作ってくれた。
彼女には、個展やグループ展の際に、美術を担当してもらっている。
いつも原稿がギリギリで迷惑をかけている。
今回は、所蔵品展の挨拶文がなかなか書けなかった。
そうこうしているうちにフジロックに行く日が来てしまった。
しばし、東京を離れて4泊のテント暮らし。
越後の山の中でロック・フェスティバルを楽しむ。
数千のテントが張られているテントサイトで原稿を書いた。
何かを所有するということ。
書きながら、もう二度と会うことの出来ないであろう人を思い出した。
2日目の朝日があたり始めた頃、やっと書けた。
「フジロック、サイコー!キヨシローを見ました!今日はポラリスです!
スカタライツもデターミネーションズも元ちとせもパティ・スミスも見ちゃうぜ!」
原稿の隅に書き添えた。
FAXのある旅館を探して、休日出勤をしている志乃ちゃんのオフィスに送った。
7月30日、祖師谷大蔵の個展 act.1の搬出。
7月31日、三鷹の所蔵品展 act.2の搬入。
8月1日、高田馬場の個展 act.3の搬入。
8月4日、三鷹の所蔵品展 act.2の搬出。
なかでも7月31日の搬入が一番の山場だ。
実際に作品を入れてみないと、どんな空間になるか分からない。
不安もあるし、大変な重労働でもある。
この日を乗り越えたら、あとは何とかなるだろう。
7月31日、朝7時、赤帽の4トン・トラックが時間通りやってきた。
今回のメイン作品、水越綾ちゃんの100号の油絵を運ぶためには
この大きさのトラックが必要なのだ。
数々の作品。竹の椅子、テーブル。
バナナ皮のスタンド。ラジカセ。観葉植物。etc....
何度もマンションの階段を往復して、荷物をトラックに積み込んだ。
会場でも汗だくになるだろう。着替えを用意した。
トラックの助手席に乗せてもらい、荷物と一緒に会場に向かう。
米澤が会社を休んで車を出してくれた。
荻窪で木澤くんと別の荷物を乗せて会場に来てくれる。
お手伝いを申し出てくれた恵さんとまこちゃんが会場に来てくれる。
この日、手伝ってくれる予定だった水越綾ちゃんは
偶然にも、急遽、バリ島・ウブドでの展示が決まり、前日に日本を発った。
搬入は木澤くんが大活躍でどんどん進んだ。
指示を出すまでもない。
みんな、それぞれにやることを見つけて、次々と片づけてゆく。
ひとつの空間の中に、所蔵品展と個展が自然に溶け込んだ。
最後にバリ島の田圃の写真を竹のチェアーの上に掛けた。
この写真は、実際の自分の部屋でも、この位置に掛けてあるのだ。
予定時間より遙かに早く終わった。
会場を見渡す。
大満足だ。
「見に来て下さい!」と自信を持って言える展示になった。
午後から仕事のある木澤くんは、Yシャツに着替えると
「じゃ、これで!」と颯爽と走り去った。
「スーパーマンのようだねー」
手伝ってくれた残りの3人を連れて、近くのファミレスに向かった。
他のスペースは、まだ、あれこれと作品の位置を決めている段階で
準備の半分も終わっていないようだった。
かんぱーい!
この展示がどうなるかずっと気がかりだっただけに
晴々とした気分で飲んだビールは、最高にうまかった。
木澤くん!米澤!まこちゃん!恵さん!志乃ちゃん!
ホントにありがとう!
本日は「金子鉄朗 所蔵品展」にお越しいただきありがとうございます。
世界にふたつとない存在。
それを自分だけのものにする喜び。
後ろめたさ。
所有するという行為には、常に喜びと後ろめたさが伴います。
そして、それが優れたものである程、大きくなります。
しかし、自分だけのものなんて、そもそも存在するのでしょうか。
出会い、同じ時を過ごしているという事実だけが存在するのだと思います。
本日は、出会い、同じ時間を過ごす喜びと共に
アートは身近なものである事を確認していただけたら幸いです。
ピース!
2002年
盛夏 金子 鉄朗
この近所に住んでる者で、水越さんの絵葉書に誘われてやって来ました。
水越さんの絵は、何かゴーギャンを思わせますね。
また、アライユミ(WILD BUNCH)さんのイラストも、何て楽しいんでしょう。
見ていて心から楽しくなってしまいます。
竹林さんの絵も、何か懐かしさを感じます。
小さいときに私も、こうして何かを見ていたのかも・・・
平尾香さんは、とてもサワヤカです。
きっと、そんな方なのでしょう。
そして、最後に金子さんのお写真、大変、インパクトが強く私の心の中に入って来ます。
何ででしょうか?
今日、ゆっくり考えてみます。
次のGallery Barの写真展、是非、足を運んで見たいと思います。
今、三鷹に居るのを忘れています。
(ありがとうございます!)
印象的だったのは水越さんの絵と椅子です。
水越さんの絵はポストカードの印象と違い、柔らかな雰囲気があって、きれいでした。
やっぱり、なんでも本物をみるのが一番なのでしょうね。
「芸術」とか「アート」というものは、自分とは遠いところにある気がしていました。
でも最近は近いところにある感じがします。
アートアパートも、近い感じがよかったです。
(MKさん、ありがとう!)
出展者紹介・CRICK!
アートアパートには総勢40名近いアーティストが参加した。
それぞれにテーマを持った個性的な5つの部屋と
なんでもありのエクストラルーム。
たくさんの人が見に来てくれた。
エクストラルームには、幅10メートルほどの紙が貼られ
参加者と見に来たお客さんが次々と描き込み、ひとつの愛ある絵が完成した。
2日目にはギターを持った人が所蔵品展の会場に入ってきた。
良く見ると・・・あれ・・・はじめさんじゃん!
フジロックのステージで初めて見た「はじめにきよし」
いっぱつでファンになった。
はじめさんはフジロックの帰りに寄ってくれたらしい。
一度しか会ったことがないのに、こんな所まで来てくれるなんて感激した。
感激ついでに、ずーずーしくも演奏をお願いした。
はじめさんは快く引き受けてくれた。
ほのぼのミニコンサートの後は、ノコギリ演奏の講習会となった。
はじめさんはノコギリ演奏の名人でもあるのだ。
エクストラルームではゴスペルのミニコンサートも行われた。
「すいません。太鼓を叩いてもらえませんか」
当日、いきなり言われた。
ディスプレイ用として持って来ていたジャンベを即興で叩いた。
歌うことを心から楽しんでいる笑顔がステキなゴスペル隊だった。
楽しかった。
アートアパートは5日間の日程で幕を閉じた。
すごく良い展示会だったし、準備も大変だっただけに
こんなすぐに終わってしまうのが残念だった。
でもそれが良いのかもしれない。
総合プロデュースのがどちゃん(我童)、ろぐちゃん(ROGMA
6)、お疲れさま!
ありがとう!
見に来てくれた、みなさん、ありがとうございました!
古いバーがあった。
分厚い扉が入り口だった。
扉の向こう側は、どうなっているのだろう。
18歳の自分は、ほぼ毎日、その店の前を通り過ぎていた。
図書館での受験勉強の帰り道。
賑やかな繁華街の夕暮れ。
その店は、他の飲食店とは明らかに違う
濃厚な空気を発していて、扉を押すのを躊躇った。
一体、どんな店なんだろう。
異次元に迷い込んだようだった。
狭く薄暗い店内に、無造作に置かれたランプが、ぼーっと灯っていた。
古ぼけた書籍をはじめ、ガラクタのような物が山のように溢れ
全てのテーブル席と、カウンターの半分を覆い尽くし
座れるのは、入り口から6席のカウンターだけだった。
カウンターの中には老夫婦がいた。
愛想笑いなど絶対しそうもないマスターは、肩くらいまでの白髪を撫でつけていた。
Michelobというビールを頼んだ。
ひとりで酒を飲むのも、バーに入るのも、初めての経験だった。
ポツポツと常連客がやってきてカウンターに座った。
「この店は客を選ぶんだよ」
「すいません。満席です」
マスターは、入ってくる客を、空席があっても時々断った。
どういう基準で選んでるんだろう。
「お兄さんくらいの年の人は珍しいよ。
まあ、もともと若い人はめったに入ってこないけどね」
予備校の仲間とは、時々居酒屋に行ったが
ひとりで飲みたい時は、その風変わりなバーの扉を押した。
演劇をやっている客が多かった。
常連客が持ってきたカセットを勝手に鳴らす。
オーティス・レディングがソウル・バラードを歌いだす。
I'll be the ocean so deep and wide and catch
the tears
Whenever you cry now I'll be the breeze
After the storm is gone to dry your eyes
And love you on and on
That's how strong my love is
Baby ,that's how strong my love is now
お腹が空いているとマスターはインスタント・ラーメンを作ってくれた。
オーティスを聞きながら、バーカウンターでラーメンをすする。
「下条アトムって知ってる?」
「いや、知らないです」
「お兄さんの隣の人がそうなんだけど」
「あ、すいません」
「俺、温泉で起こる殺人事件にはよく出てるんだ」
下条アトム、本人が言った。
やがて大学に受かり、自然と店から遠ざかった。
時が流れて、懐かしい街に住むことになった。
「サントリーコーナー そめ」
あの頃と同じ看板が掛かっていたが、店は終わっていた。
あの扉の前を通り過ぎながら、いくつもの夜も過ぎた。
もう、扉の向こうには行けないのだろうか。
ある夜、扉の向こうが見えた。
古ぼけた分厚い扉は、店内の見えるガラスのドアに変わっていた。
見違えるような明るい店内。
店内に溢れていたガラクタは無い。
カウンターの中には若い女性がいる。
店の名前は「Gallery Bar 26日の月」
金子鉄朗 写真展 「終わらない魂 旅する生命-act.3-」
2002年8月1日(木)〜8月31日(土)
18:00〜26:00(定休日:月曜日)
Gallery Bar 26日の月(東京・高田馬場)
仕事から戻りシャワーを浴びる。
引かない汗をタオルで拭きながら
26日の月に向かう。
部屋から歩いて3、4分。
風呂上がりの一杯を目指す。
誰かが練習するピアノの音が聞こえる。
紫の花びらが風に散る。
野良猫が振り返る。
夏の夜の匂いがする。
通りに出ると焼き鳥を焼く匂いが混ざる。
カウンターにもテーブルにも友人がいる。
「おおお、来てくれたのか。ありがとう!」
風呂上がりの生ビールで乾杯!
2002年の夏の夜が今宵も始まる。
酒と写真とジャズとおしゃべり。
思いがけない友人が店に入ってくる。
それぞれのリアリティが出会って、それぞれの場所に戻ってゆく。
ささやかな「yes」の瞬間。
7月に見に行った、金子鉄朗 写真展 「終わらない魂 旅する生命」
どうしてもまた見たくて東京へ行った。
3部に分かれた写真展の最終回が行われてるのは、
高田馬場にあるGallery Bar 26日の月。
夜9時近く、地図を頼りにお店を探してドアを開けると、思ったより狭い店内はほぼ満席。
壁にはずらっと金子さんの写真が。
金子さんや初めましての方々と写真を見ながら話して、飲んで、とっても楽しい時間だった。
金子さんの写真は外国でのものが多いのに、なんでか
ふらっと近所を散歩して撮って来たような印象を受ける。
キューバもベトナムもインドネシアも、金子さんが撮るととても身近だ。
寝転がってぼぉ〜っと眺めていたいような写真ばかり。
「良い表情を撮ってるのに、狙ったって感じが少しも無いよね」
カウンターのお客さんが言った。そうそう。私もそう思う。
構図とか色合いとか光の具合とか、うまくバランスがとれてるのは偶然みたいに感じられて
計算されたとこが少しも見えない。多分してないんだろうな。(笑)
テクニックやセンスじゃなくて、感性でひきつけられる作品が好き。
改めて、表現っていうのは人の内側の部分から産み出されるものなんだなって思った。
(MMさん、ありがとう!)
人の表情から息使いが伝わってきます。
そこに自分が居るかのように、写真の中の人達に話しかけたくなるような写真です。
いつもは気づかずに通り過ぎてしまう感動を分けてもらえた気がしました。
金子さんの世界の「見方」と「切り取り方」がステキだと思いました。
(RGちゃん、ありがとう!)
アクト1、アクト2を見に来てくれた両親に
3つ目も見てもらおうと東京に出てきてもらった。
せっかくなので和食の店の個室を予約し、ゆっくりと食事をした。
こんなふうに、家以外の場所で、3人で向かい合うのは初めてだ。
父親とビールを飲んだ。
少しずつ出てくる料理を、父も母も喜んで食べてくれた。
思いがけない話を聞いた。
戦争で焼け出される以前、家には写真を現像するための暗室があった。
使っていたのは父方の祖父。
その祖父は、実はフランス人とのハーフなのだそうだ。
ということは自分にはフランスの血が8分の1入ってるのか。
今まで知らなかった。
綿々と旅する血や遺伝子を思った。
その先端に今の自分が存在しているのだ。
食事の後、タクシーを拾い26日の月に向かった。
西日が射す、明るい夏の夕暮れは、とても平和に見えた。
開店したばかりの店は、ドアを開け放っていた。
エアコンディショナーに慣れた体に、
夏風と通りのざわめきが心地よかった。
バーカウンターに座り店内を見回す両親。
前の店で飲み続けた父と自分は、
メーカーズ・マークをソーダで割ってもらった。
母親にはグレープフルーツ・ジュース。
ゆっくりと幸せな時間が流れた。
23時を過ぎると知り合いで賑わっていた店内も
だんだん普段の落ち着きを取り戻してゆく。
常連客と話しながらメーカーズ・マークを飲む。
「今日、金子さんは来ますか」
カウンター奥の男性が、オーナーである明日香さんに声を掛けた。
「あ、俺ですけど。あれ、え、鯉登(りと)?」
「そうです。金子さん?えー分かんなかった」
隣に席を移った。
ひさしぶりだなあ。
彼に会うのは、これが2回目。
しかも、4、5年振りだ。
以前、月に一度くらいのペースでフリーマーケットを行っていた。
目玉商品はフリオ・イグレシアス等身大パネル。
最大のお薦め商品なのだが、なかなか売れない。
「どうですか。奥さん」
結局、売れずに数年が過ぎた。
本当に気に入ってくれる人が現れたら
こちらがお金を払っても良いとまで思うようになった。
それを買ってくれたのが鯉登くん(本名)だ。
会った瞬間、ピンとくるものがあった。
彼は人混みの中、Mr.フリオを見つけると、瞳を輝かせて、早足に歩み寄ってきた。
「これ、売ってるんですか?」
内心「きたーっ」と思った。
フリオとの別れは淋しかったが、喜んで鯉登くんにお持ち帰りしてもらった。
アドレスを交換して握手で別れた。
その時以来なのだ。
彼は作曲をしたり演奏をしたりと音楽で身を立てている。
この日も山梨で演奏してきた帰り道なのだそうだ。
お互いの近況を話す。
展示しきれなかった写真のファイルを見てもらう。
彼は、こんな話を始めた。
「喜多郎って知ってます?
そうそう、シンセサイザーの。
彼のスタジオは富士山近くの山の中にあるんですよ。
で、喜多郎は山の中で写真を撮ってね、それを見ながら作曲をするんです。
今まで、僕は、何だそりゃーと思ってたんですけど、分かるなー、今は。
金子さんの写真、すごくイマジネイシュンが湧きますよ。
幾らでも曲が出来ます」
彼は店内にある、キーボードを指さした。
「あの、今、弾いて良いですか?」
明日香さんが快くオーケーした。
彼はキーボードの前に座ると、写真を楽譜のように立てかけた。
写真を見ながら、ゆっくりと鍵盤に指を置く。
魔法のように、優しく流れる旋律が、解き放たれた。
空気の色がセピアに変わる。
静かに揺れて、遠い何かを思い出しそうになった。
金子さんの写真を見ていると、その人の人生が垣間見れる気がする。
そこが好きなところ。
(SRさん、ありがとう!)
何気ない日常の瞬間を掘り下げると、ここまで多くの物が見えてくるのですね。
感動しました。
(SJ、ありがとう!)
写真をいっぱい見せていただいて、本当に感激しました。
金子さんがカメラ越しに見るものみんなに、
愛おしさのようなものを感じているのだろうな、というのが、
私にもすーっと入ってきて、
帰り道は足元のおぼつかない酔っぱらいすら幸せに見えていました。
(NMさん、ありがとう!)
今日で全ての個展、終了ですね。
ありがとう、金子さん。
とても贅沢な夏でした。
(Mちゃん、ありがとう!)
「26日の月」の明日香さん!
いろいろどうもありがとう!
見に来てくれた、みなさん、ありがとうございました!
みんなに会えたこと。
写真を見てもらったこと。
飲んで話したこと。
いただいた言葉。
いただいた気持ち。
おかげさまで特別な夏になりました。
全てが大切な宝物です。
ホントにホントに、ありがとう!
また、次ぎに進みます。
夏が終わりました。
旅が終わりました。
ひとつの旅が終わり、また、ひとつの旅が始まります。
長い旅が続きます。
これからも、よろしくお願いします。
金子 鉄朗