courtesy of BABY-Q


              


































































          今より、もっと、無邪気で。

          今より、もっと、世界の中心に住んでいた頃。

          今より、もっと、感情と肉体は密接な関係にあった。


          例えば、膝を擦りむく。 泣きだす。

          例えば、好きな子ができる。 花を摘む。

          例えば、お腹が減る。 ちゃわんを叩く。



          ある友人と7年ぶりにブラウン管の中で再会した。
 
          7年ぶりに観る、その彼女のダンスだった。


          教会の中で行われたダンス・ユニットのパフォーマンス。

          BABY-Q



          凶暴でノイジーなギターが大音響で鳴り響く。

          ダンス、音楽、映像、アートが一体になって挑戦的に投げつけられる。

          すさまじい世界が繰り広げられる。


          その世界の中心で、彼女のダンスがドクドクと脈打っていた。

          すべての企画・構成・演出・振付も彼女によるものであった。



          彼女とは大阪に住んでいた頃

          喫茶店の席が、偶然に隣り合わせた事により知り合った。

          そして、その直後に自分は大阪を離れた。


          時々、彼女から届く手紙には、いつもダンスのことが書かれていた。

          踊ることが何よりも好きな様子が素直に伝わってきた。


          7年前、大阪まで彼女の踊りを見に行った。

          まだ、モダン・バレエを中心に踊っていた時期で

          所属していた舞踊団の発表会であった。


          そのモダン・バレエのステージは、彼女には窮屈そうに見えた。

          何かが、彼女の中でくすぶっているのを感じた。

          たくさんの、やりたいことを抱えているのだろう。



          その後、7年間という時間の中、彼女はずっと踊り続けた。

          自分の感情と肉体に忠実に踊り続けた。

          確信をもって踊り続けた。

          そんな彼女に様々な才能が集っていった様子がうかがえる。



          当時から感じていた彼女の情熱とセンスから想像して

          送られてきたビデオを見る前から

          彼女ならではの成長した表現を見せてくれるのは分かっていた。


          7年ぶりに見るダンス。

          懐かしい横顔。


          瞳の放つ光の強さ。

          しなやかに、力強くうねる筋肉。



          呆然とした。

          想像以上だった。



          年月は、ここまで人を成長させるのか。

          まさに、感情と肉体が、ひとつになったダンス。


          感情と肉体が、ひとつになった無垢な状態を魂と呼ぶ。

          魂ある表現は、人を動かす力を持つ。



          現在、彼女のダンスと

          魂の表現者、我童氏の創り出すマスクとの

          コラボレーションを進めている。


          例えば、初めて「ロッキー」を観た時のように、走り出したい気分である。








                                 2001年5月25日