いつもより早い時間のバスは

     いつもよりもずいぶんと混んでいた。


     両足で踏ん張りながら

     両手でオカリナを包んで指だけを動かしていた。


     「それ、良い音するんだよね」

     不意に声を掛けられた。


     そんなふうに、おばあさんと話を始めた。


     カエルを飲み込んだヘビがいた。

     「あんた、そんな、ご馳走にありつけて幸せだね」

     おばあさんは、ヘビに言った。

     すると、ヘビはひっくり返って、お腹を見せた。

     「地面がコンクリートばかりになって

     エサを捕まえるのも、楽じゃないんだ。

     大変なのは、おまえさんだけじゃないぞ」

     白い腹を見せながら、ヘビが言った。


     おばあさんは、山道を歩いていて、疲れて横になった。

     そのまま、しばらく歌を歌っていた。

     野ウサギがやってきて、ジッと聞いていた。

     おばあさんが歌をやめると、ウサギは帰ろうとした。

     おばあさんは、ウサギを呼び止めて言った。

     「あんた、何も言わずに行ってしまうのかい」

     ウサギは振り返って、あかんべーをして行ってしまった。


     おばあさんは、そんな童話のような話をしてくれた。


     山で採ってきたタラの芽がおいしかった。

     人からは怖い顔をしていると言われる。

     おひたしに添えるゴマを摺るのは疲れる。

     感謝しながら生きれば、健康でいられる。


     童話みたいな話以外にも、そんな事も言っていた。


     静まり返った通勤時間のバスの中で

     おばあさんと自分のちいさな声だけが聞こえていた。

     会社への約20分のバスの中を

     おばあさんと話しながら、楽しく過ごした。


     一緒に並んで座っている空間が、何とも良かった。

     一緒にいて流れる時間が、何とも良かった。


     自分の中で停滞していた何かが流れ出すのを感じた。


     おばあさんの事は何も知らない。

     おばあさんの言葉も半分は聞き取れなかった。

     しかし、こういった感覚は本物だと思う。

     こういった感覚を信じる。



     言葉の分からない国を旅している時は

     こういった感覚を頼りにしていることが多い。


     騙そうとしてる奴、お金をまきあげようとしている奴。

     利害が絡んだ関係は不思議と分かってしまう。

     その逆に、言葉は分からなくても

     不思議と通じる何かを感じる人もいる。


     根源的に大切な何かは

     国籍や民族や地位や所属などとは

     無関係な所に存在しているのであろう。


     普段の何気ない生活の中で

     私達は言葉や文字や意味による

     コミュニケーションに頼りすぎているような気がする。

     あるいは利害関係とか。


     お互いがお互いに向かって開かれている時に感じる何か。

     結果や意味が求められる世情の中で

     そんな感覚を大切にしてゆきたい。


     基本的に人間が傲慢で脳天気なのだろう。

     自分が楽しい時は、相手も楽しいのだろうと思っている。


     その為には、常に頭に血が昇ることなく

     広い視野を持っていたい。

     そして自分自身を開いて

     大切な人と自分が楽しいと思える時間を過ごしたい。







                              2001年11月7日