目にした瞬間、ある種の衝撃をともなって
自分が直面している現実をうたがってしまう。
または夢の中にはまってしまったような。
そんなふうにして出会った絵がある。

昨年12月、ホノルルマラソンに参加するためハワイへ行った。
テレビ局、空間デザイナー、銀行員、有機農業
アコーディオン奏者、劇団スタッフなどの友人10名が
年末の忙しい時間をやりくりして1週間の休みを
つくりハワイに集合した。

しばし仕事から解放され、マラソン当日までのつかの間の休日を楽しもうと
バカみたいなアロハを着たりして、けっこう浮かれた集団であった。
さっそく赤いオープンカーを借りて東のほうのビーチへ向かった。
途中スーパーマーケットに寄って
ワイン、チーズ、生ハム、ターキー、ピクルスなどをドッサリ買い込んだ。

ひとけの少ない、静かなビーチを見つけて落ち着くと
買ってきた食材をおもいおもいにパンにはさんで食べワインを飲んだ。
青い空にきらきらと光を反射しながら白くくだける波。
パームツリーを微かに揺らすやさしくかわいた風。
ひかりにあふれた空間で細胞のひとつひとつが深呼吸をした。
美しいビーチでゆったりとそれぞれの時間を気持ちよく過ごして
満ち足りた気分でコンドミニアムにもどった。

2ベッドルームのコンドミニアムの部屋割りジャンケンに
みごと勝ち個室を選んだ。喜び勇んで、部屋のドアを開けると
びゅーっと風のような何かがからだの横をすりぬけ
1枚の絵が瞳の中に飛び込んだ。
その絵は昼間にビーチで見ていた風景とまったく同じだったのである。

ベッドの上にかかったそれは、青い海、白い砂浜
沖に見える赤茶色にとがった島、砂浜に沿ったパームツリー
そして、視界の右隅にかすかに見えていた
ぐにゃっとした形の木の根まで同じだったのである。
   




ホノルルからもどって約1週間後、お気に入りの六本木にある
タイ料理のレストランに行った。
おいしくたっぷり食べて飲んで、会計をすませていったん店を出た。
その時なぜかこのまま帰ってはいけないような気がして
ふり返って店の中を見た。

すると壁に掛かったある絵にすべての感覚が吸い寄せられた。
そこには、ずっと忘れることのできなかった大好きな絵があったのである。

アジアの赤いジャングルで赤い民族衣装を着た女の子が二人踊っている絵。

今までポストカードでしか見たことがなく
実際のおおきささえ知らなかったものが
二メートル四方ものおおきさと迫力で目の前に存在している。

近くにいた店員の女の子に思わず
「この絵いつからあったんですか」と聞いていた。
その子は怪訝そうな、そして不思議そうな顔で
「どうしてそんなことを聞くんですか」と聞いてきた。

「金子さん、こんな絵好きでしょう。友達の友達が個展やるんだ」と
数年前にもらったポストカードのこと。
その友達の友達の美大生が、
国立市のギャラリーでおこなった個展に結局いけなかったこと。
そして、ずっとこのポストカードの絵が忘れられなかったこと。
などを話した。

「この絵、私が描いたんです」

ふたりともこの不思議な出会いに驚いた。
おたがいのアドレスを交換した。
「次に来るときは、私に連絡してください。
 絵の前のテーブルを予約しておきますから」

新しく年が明けて「来週あたり行ってみようかな」と
思いながら、昼飯を食べている時、ニュースで殺人事件が報じられた。
例のタイ料理のレストランで店長が刺されて
死んでいたのが発見されたのである。
あの赤い女の子たちが間違いなく見ていたであろう場所で
倒れていたのである。
お店は白い幕で覆われしばらく営業される気配はない。

                        
                                   2000年8月11日