時刻は、お昼休みを過ぎたくらい。

ラジオからチャボロ・シュミットの演奏が流れる。

音符から音符へ

メロディはリズム

軽やかに 陽気に

メロディは奔放なリズム

開放的に 情熱的に

メロディは駆け巡るリズム

自由に エレガントに

放浪するジプシーの音楽がジャズに出会った。

スウィング!スウィング!スウィング!

エネルギーにあふれた音楽が軽やかに解き放たれてゆく。

会社のデスクで足を踏みならす。


最後の指が弦を弾く。

チャボロ・シュミットに映画「僕のスウィング」のコメントが求められる。

「あの映画は、全くの現実ではなくジプシー文化の良い面を描いている」

「現実には、迫害もあるし、差別もある」

思わず仕事の手が止まる。




嘘の中で生きる者は嘘のない文化に感激する。

自ら捨てたものをノスタルジーと表現する。

ラインを引く

あれは別世界のこと


自己防衛のためにラインを引く

変化を恐れてラインを引く

無意識に

もしくは気づかぬふり

あれは過ぎ去ったこと


事実さえも忘れる

問われるべきは非当事者のスタンス



「ガッジョ・ディーロ」

「ラッチョ・ドローム」

トニー・ガトリフ監督


最新作「僕のスウィング」

「ひと夏のちいさな恋の物語」がキャッチ・コピー

開演のベルが鳴る。

照明が少しずつ落ちる。

チャボロ・シュミットが弾き出すジプシー・スウィング。

ジプシーの娘スウィング

白人のそばかす少年マックス

自由な 陽気な 奔放な

音楽や文化に惹かれ

自由な 陽気な 奔放な

スウィングに惹かれてゆく



楽しげな演奏シーン

誰からともなく始まる

煙草の煙

笑顔

ラッパ飲みのアルコール

スウィング!スウィング!スウィング!

生活の中の音楽

民族の歴史が透けて見える


個人の生きざまが垣間見える

奔放なリズムが部屋中に広がる

それを子供達が見つめている。

スウィング!スウィング!スウィング!

メロディが舞い上がる。

輝く瞳

憧れが生活の中に存在する。



1000年以上昔

北西インドを旅立った

放浪の民

インドから西へ

ペルシャへ

バルカン半島へ

ヨーロッパへ



マヌーシュ(フランス北部)

ジタン(フランス南部)

ヒターノ(スペイン)

ツィガーノ(イタリア)

ジプシー(イギリス)


それぞれに流れた土地と結びつく

独自の文化に昇華する

さまざまなるジプシーの音楽



ひっそりと暮らす放浪の民

老婆の重い口が語る。

「旅も音楽も取り上げられてしまった」

ナチスによる虐殺

50万人ともいわれる失われたジプシーの魂

老婆の顔に刻まれた深い皺。

語られることのない痛み。

歴史が覆い尽くそうとする。

当事者でない者の在り方は問われない。



引いたラインの向こうにだけ見える

暖かさ

安らぎ

生命力

優しさ

ラインの内側は何も変わらない

死んだような目をして

優しくないまま

優しさの本質を理解しないまま

善良なる優しい人々



沖縄

キューバ

ジプシー

どこか似ている。

明るい人々

明るい音楽

悲しい歴史

歌い

踊り

生きる



歴史が覆い尽くす


善良なる優しい人々が押し流す

繰り返す

喜びも

悲しみも


歌も

踊りも

繰り返す

あくびして

背伸びして

歩いて

汗をかいて

立ち止まって

何度でも繰り返す

少しでも良い方向へ進むために

繋がってる命が通る道を何度でも歩く

喜びも悲しみも

繰り返しながら









2003年1月18日