はじめに・・・


星があった。光があった。

空があり、深い闇があった。

終わりなきものがあった。

水、そして、岩があり、

見えないもの、大気があった。


雲の下に、緑の樹があった。

樹の下に、息するものらがいた。

息するものらは、心をもち、

生きるものは死ぬことを知った。

一滴の涙から。ことばがそだった。


こうして、われわれの物語がそだった。

土とともに。微生物とともに。

人間とは何だろうかという問いとともに。

沈黙があった。

宇宙のすみっこに。




樹が言った。きみたちは

根をもたない。葉を繁らすこともない。

そして、すべてを得ようとしている。


日の光りが言った。きみたちは

あるがままを、あるがままに楽しまない。

そして、すべてを変えようとしている。


けものたちが言った。きみたちは

きみたちのことばでしか何も考えない。

そして、すべてを知っていると思っている。


樹は、ほんとうは、黙って立っていた。

日の光りは、黙ってかがやいていた。

けものたちは、黙って姿をかくす。


どこでもなかった。ここが、

われわれの居場所だった。

空の下。光る水。土の上。




じっと見つめることをまなんだ。

そしてじっと考えることをまなんだ。

考えるとは、深く感じるということだ。


そのようにして、人は火にまなんだ。

そして、火に、運命をまなんだ。

人の、人としてのあり方をまなんだ。


われわれは火の人種なのだと思う。

われわれとは火を共に囲むもののことだ。

火のことばが、われわれのことば。


火が、ささげる祈りだった。

火が、かかげるべき理想だった。

火が、あかあかとした正義だった。


こごえるものは、火をもとめた。

みずから信じるものは、火をかざした。

われわれの歴史は、火の歴史だ。


ときに、われわれの愚かさゆえに、

家々は火にのまれ、火につつまれた。

町は燃えあがり、燃えつきた。


業火である、身を灼く火。

戦火である、にくしみの火。

却火である、地をおおう火。


われわれは災いを、火にまなんだ。

そして、絶望を、火にまなんだ。

われわれは怒りを、火にまなんだ。


にもかかわらず、われわれは

何より、うつくしさを、火にまなんだ。

火を入れる。それは浄め、極めることだ。


火はつねに、本質をとりだす。

目に見えないうつくしさを、目に

はっきりと見えるようにするのは、火だ。


われわれの日々の悦びは火の贈り物さ。

火の食事をして、火の時間を過ごす。

火の書物を読み、火の音楽を聞く。


近きにあって、遙かより望める火。

明るさであって、その外に

濃い闇を浮かびあがらせる火。


火を、われわれは神々から盗んだのだ。

火を盗んで、われわれは

魂を、かがやく無を、手に入れたのだ。


火という隠喩がなければ、われわれの

精神は、ずっと貧しかっただろう。

三本の蝋燭が、われわれには必要だ。


一本は、じぶんに話しかけるために。

一本は、他の人に話しかけるために。

そしてのこる一本は、死者のために。




生命は

自分自身だけでは完結できないように

つくられているらしい

花も

めしべとおしべが揃っているだけでは

不十分で

虫や風が訪れて

めしべとおしべを仲立ちする


生命は

その中に欠如を抱き

それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分

他者の総和

しかし

互いに

欠如を満たすなどとは

知りもせず

知らされもせず

ばらまかれている者同士

無関心でいられる間柄

ときに

うとましく思うことさえも許されている間柄

そのように

世界がゆるやかに構成されているのは

なぜ?


花が咲いている

すぐ近くまで

虻の姿をした他者が

光りをまとって飛んできている


私も あるとき

誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき

私のための風だったかもしれない




わたしは何処へ

行くのでしょう

人生は荒野だ

とはいっても

歩いて行かない

わけにはいかないのです

風のつよい日

潅木のしげみがさわいで

わたしの髪も みだれました


日も 月も

流れて行きます

愛もまた流れ去る

とはいっても

愛なしで生きて

いけるでしょうか

風のつよい日

思い出がめくれて

癒えたはずの傷がまた いたみました


白い道は どこまでも

つづいています

人生はひとつの旅だ

とはいっても

小鳥のようにとまる枝が

あってのことでしょう

風のつよい日

遠くの野には花があると

じぶんにいい聞かせて 歩きました